●atone-21:誤算×メイズ
何となくの、神経の太いところあたりに纏わりつくような、嫌な予感はぬぐえなかったものの。
それでも私は走る。機体を自分の身体の如く、いやそれ以上に操りつつ。
足元に延びる硬質樹脂で舗装された道を、へこませ傷つけないようにしながら、制動はきびきびと、しかして着地は軽やかに。
二階建ての屋根に左手で掴まった瞬間、そこを支点としてこれまた体重をふんわりかけるようにして、住宅に損傷を与えないように細心の注意を払いながら跳び越えていく。
運動はからきしダメな私が、こと機体に乗ると、まるで超人になったかのような気分にさせてくれる。どんな苦境にあっても、つい笑顔がこぼれてしまうような、恍惚の一瞬ではあるものの。
それに浸っている場合でもない。膝・腰・腕まで使って荷重をずらし散らしながら、ほぼほぼ無音で、人っ子ひとりいなくなっている地区を跳ね飛び駆けていく。目指す目標たちに近づいて来た。視界を遮っていた5階建てくらいの石造りの建物の隙間から、それらと思われる黒い影が画面越しに目に飛び込んで来たから。
が、だった。
予想していた形状と違う……!? そしてその挙動も予期できなかったものであったわけで。
「……!!」
判断がコンマ2秒ほど遅れてしまった。まばたきひとつの合間に、黒い影のうちのひとつが、機体の身長と同じくらいの建物間の隙間にいた私に向けて弾け飛んできた……!!
右側……っ、とか思って咄嗟に両腕を交差させてその巨大な球形を受け止めようとしたものの、建物の壁にわざと衝突したその回転体は、思っていたよりも鋭い反射角で私の正面を横切ると、反対側の壁にまた当たり、今度は緩い角度で突っ込んで来る。
機体の、ガラあきになってしまっていた、左側面に。
「くっ……!!」
操縦席をも激しく揺らす衝撃に、操縦桿から指がずれてしまう。何とか地面をまだ捉えている右爪先を足首の動きだけで蹴らせるようにして、相手の勢いを殺す方向へとステップを何とか、かましてみるものの。
衝突してからも、いや、してからさらに回転を上げながら、その「球体」は機体に絶え間ない振動と断続的な衝撃を与えて来るのであった。改めて間近で見ると(見させられると)、硬そうな「甲殻」を全身に纏った形状は何かの記録で見たことはあったものの、「丸まってえらい速度で回転して移動して、しかもぶつかってくる」なんてことは書いてなかったよね……いや、
そうだよ、こいつらに対してはあまり先入観とか過去の知識に頼り過ぎちゃあダメなんだってことをいま、再認識させられた。身をもって。というか忘れてたよやっぱり平和ボケは如何ともしがたく私の中に無意識に流れていてしまっていたようだよくそぅ……
こいつらは、途轍もない速度で、「進化」をする。それも、ひと個体の中で。
外部から与えられる刺激を即座に感知し受け取り、それを自らの中にある「情報」に照らし合わせて「最善」を探り……「変化」を遂げていくのだ。細かな変化はそれこそ秒単位で起こる。
それこそがこいつらの厄介なところ。迂闊な攻撃が命取りにもなりかねない。だからもう出現したら確実に息の根を止める必要があるんだけれど、「学習」した一個体が出す伝達物質みたいなのは空中に容易に撒かれて、それが周囲の同種個体へと易々と伝播してしまうという、さらなる厄介さをも有しているわけで。
「同種の群れ」というのは、殲滅を続けていくほど、個体数は減らせるけれど、各個体の「厄介さ」はどんどん上がるという、気の抜けない相手たちなのである。いや、
落ち着け、落ち着くのよアルゼ。
いやな冷たい汗が、首から下を隈なく覆う「耐衝撃服」の中で滲んでいるという気持ち悪さを、いったん身体をぶるりと震わせて払いのける。
まずはこの「一体」をどうにかしないと。止まらない黒い「回転球」は、ジェネシスの半分くらいの大きさしかないけれど、内部で推進力を生みだしてでもいるのか、さらに回転速を上げてきてこちらをぐいぐいと押してきている。球が接面しているのは、機体の左肩、左こめかみ辺り。この位置も癪なほどに絶妙であって、頭部にある操縦席に常に揺さぶりと頭の痛くなるような擦過音を鳴り響かせてくることもさることながら、
左腕は、まるで極められたかのように動かせない。右手を伸ばして剥がし払おうにも、指が触れた瞬間に弾き飛ばしてくるほどの凄まじい回転だ。かえってその反動で機体を右後方へと振られてしまった私は、たたらを踏んで無様にしりもちを突いてしまい、さらにその勢いで上半身も後ろに流れそこにあった建屋へと突っ込んでいってしまう。
ジェネシスの硬い「肩部プロテクターパーツ」が、五階ほどの集合住宅の石壁をあっけなく突き破り、中の調度品を根こそぎ無慈悲になぎ倒していくのが見えおる……ごめんなさぁい、と思わず叫びそうになったけど、そんな場合じゃあない。
いやな金属音がずっと操縦席に響いてきている。音の質が変わったように、私はガタガタと揺らされる中、感知はしていた。かろうじて視角に入って見える「奴」の回転する甲殻(の右端部分)、先ほどまではほんとの「球」に近い滑らかな形状だったと思われるけど、今はそれがでこぼこの残像を見せてきているわけで。
「棘」か何か、突起状のものを、甲殻表面に現出させてきている……!! それも最初は粗いやつでこっちの滑らかな外装甲をへこませ、次にそのへこみにかかるような「鉤」状のものを現出させて、削り割ろうとしてきやがっている……職人のような手際よさだよ……
学習速度早過ぎっ、というかその場その場での適応力・応用力もハンパなさすぎっ、うちの組織に即欲しいくらいだよッ、とやけくそ気味に私は思いながら、装甲をやられたらまずい、との切迫感をじわじわ口の中に広がってきた苦みと共に呑み込むと、打開の策を必死で頭の中で構築させていく。ぬおおおお、知恵で人間サマに勝てると思うなよぉおぉぉおおぉおおッ!!
とか無理やりに意気込む私であったけど。どんどん重圧の増してくる左側と、押し付けられている右側との狭間で、なす術がなくなってきている……
刹那、だった。
ギョシィッ、というようなこれまた神経に来る呻き声のようなものが、私のすぐ左側で発せられた。瞬間、機体にかかっていた圧やら振動やらから解放される。
「……!!」
機体をその大小の棘で削り割ろうとしていた球は、力を失ってそこからぽろりと剥がれ落ちていく。球状から、身体の力を弛緩させたそいつは、硬そうだけどだるだるの腹部の皮膚を晒しながら、あっさりと沈黙していたわけで。
平べったい感じに変化しつつあるそいつが、なぜそうなったのかは、その尻付近から一直線に頭部まで撃ち込まれた金属の「槍」状のものを見た瞬間、察せられたのだけれど。
<なにやってるの? アルゼ……>
建物の隙間から音も無く、今度は白い「球」が、半身(?)くらいにこちらを覗き込むような仕草で、そののっぺりつるりとした面を向けてきた瞬間、言いようもない恐怖で思わず叫びそうになるのを、必死で下唇らへんの筋肉を最大稼働させて押し留めることしか出来ない私がいる。




