始まりのブザー音ーシャドウ学園へようこそー
ほんのりBLファンタジーを久しぶりに書こうと思いまして
昔のノートを引っ張り出しました。
不器用な彼らの一部でも知って
楽しんで頂けたら幸いです。^^
なかなか昔の作品なので若干の恥ずかしさもありますが
ゆる~りと楽しんでお読みください♪
山里離れた奥地に歴史ある建物がそびえ建っている。重厚な外観に壁から屋根へと隅々まで蔓延った蔦はある種のお化け屋敷か何かだと思わせる全寮制の【シャドウ学園】。ある者は怯え、またある者はその趣に酔いしれ、羨望の眼差しでそこへ出入りするものを羨む。襟元まで詰めた仕立ての良い制服は、歴史あるその建物といい具合に調和がとれている。しかし、ある一人の転入生によってこの学園はある転機を迎えることとなる。小柄な身体に襟元からつま先までをきちんとただす由緒正しきツヴァイク家の跡取りであり、後にこの学園の支配者にすら動じないこの物語の主人公リオ・ツヴァイクである。
「はー…緊張する…」
13歳になったばかりの彼は、あどけない瞳を揺らしながら憧れの学園へ一歩踏み出す。幼き頃からの夢がようやく、念願かなってこの学園への転入が認められた。家柄だけでなく学力、人徳に富んだものでなければ、学園への敷地内へ入ることすら許されない…はずだったのだが、ある支配者が独裁を行ない、現在の学園は見るに堪えないと地元の大人たちは匙を投げてしまった。彼が入る中等部は、いったいどんな所なのか、期待と不安を胸に募らせながら、入口の門で佇んでいると、格子状の扉のブザー音が鳴り響いた。
けたたましく金属の地面を引きずる音を鳴らしながら門が開くと両サイドにはしっかりと手入れされた庭園と季節の花たちが出迎えてくれた。
「うわ~綺麗…」
肩から斜め掛けしている指定の鞄の革の紐をきゅうと握る。噂に聞いていた学園のイメージより比較的明るい。期待と不安が入り混じりながら一歩ずつ確実に庭園の間の道を進んでいく。
「ここが入口…で合っているのかな」
重厚な門とはまた違った細かな装飾がなされたセンスのいい両開きの扉。
深く息を吸いながら落ち着かせようと胸に手を当てて、一度深呼吸しながら肩を回した。
転入初日、これから始まる新生活に若干の不安と、期待が入り混じる呼吸を整えて過ごした。それがまさかこんなことになるとは欠片ほども思いもしなかった。
月夜に照り輝くその姿は、手に持っていた蠟燭を落としそうになるくらいに圧巻だった。静かに後ずさりしようとしても、足が石のように動かない。その間にも、逃げ出したい衝動とこのままずっとここに居たい気持ちとが交差する。
「…う、あ、…あの…」
ドキドキと心臓が波打って、声がしっかり出ない。
目の前にいる、噂で聞いた”モンスター”がこちらへ振り返った。
綺麗な影のシルエットが少しずつ、こちらに歩いてくる。
―――妖しい笑みを浮かべながら。
「…っ…っあ…」
怖い、恐ろしい、なのに身体を動かすことが出来ない。
どうしようもない恐怖と、止まりそうになる息。
「大丈夫?今年は君がスリルデーのターゲットなんだね。」
「え…?」
”モンスター”だとは思えないほどに優しく、甘い声だった。
そのギャップにあまりに驚いて、腰を抜かしてしまいそうに…がくっとバランスを崩した。
「おっと、ここは暗いからよく見えないけれど、顔色が悪そうだ」
「だ、大丈夫です…帰りますから…」
思わず見つめてしまった”モンスター”の顔は、麗しすぎで…支えられて触れられると気づくと、自分でも分かるくらい、赤くなってしまう。
「本当に…?帰る時気をつけてね?あ、そうだ」
「…??」
「これをあげる。秘密だよ、貴重な飴だから…誰にも内緒」
にこりと手渡された小さくてわずかに月の光で反射したそれは、青いビー玉のような飴。
「ん、んぐ…」
舌の上で転がる爽やかで甘すぎない飴。少し強引に口に入れられ、びっくりしつつも何か不思議な味に疑問符を頭の上に浮かべていると、飴の内側からあふれてくるのを感じた。
「…またね、会った時に仲間を紹介するよ」
そこで、ぼや~っと視界からその”モンスター”は消えてしまった。
「…んぅ、うー、」
「やっと目が覚めたのかい?!ほら、太陽はもうあんなに昇っているよっ!!」
まだ寝ぼけ眼のリオ・ツヴァイク。二度目の紹介であるが、この作品の主人公である。
軽くぼーっとしながら起き上がると、体形がふくよかで快活な女性が忙しなく駆け寄ってきた。
「ここは…?僕は…」
「覚えていないんだね、ほら朝ごはんだよ食べな!」
横になっていたのはベッドで、白くてふわふわな布団と柔らかい手触りの毛布で自分が寝ていることに気づいた。辺りが見たことのない場所だとようやく分かってきた。
近くのテーブルに湯気の立つ器が置かれた。ベッドから降りて軽く口をうがいするように言われるままに終えた後、テーブルの席に着いた。快活な女性は目の前に座ると大きく口を開けながら笑った。
「がははは!立てるじゃないか!良かったよーそこまで被害が無くてさっ」
「…あの、あ、あなたは…?」
「アタシの事かい?アタシはランナジ・ミルニフ。皆はパンプキンマダムって呼ぶんだけどね。ここはアタシの作業小屋兼住処だよ。学園の東側にあって狭いが気に入ってんだ。ごちゃついてるのは仕様だよ」
確かにオレンジ色のふわふわした髪と、深緑の長いドレスがカボチャカラーと言われてみれば分かる気もする。テーブルに乗っているのも細かくカボチャが刻まれた美味しそうなスープだ。ふわりと香ってくる匂いにお腹が鳴りそうになる。
「僕は、リオといいます。昨日学園へ転入してきました」
椅子に座ってぺこりと頭を下げた。
「あぁ、分かっているよ。…何でここにいるのか?って聞いたね」
「はい」
「昨日の夜中にここへ尋ねてきたんだよ。お前が一人でいるから何事かと警戒したがそのまま寝こけるもんだから驚きはしたが…やはりね」
思い出せない。昨日の夜に何があったのか…
ふと着ていた制服のシャツの左ポケットが気になった。
中に何か入れたっけ…と探してみると、包み紙のようなものが出てきた。
「その紙は…!見せてみな」
「はい…」
ランナジ・ミルニフもとい、パンプキンマダムはその包み紙を見ると少し険しい顔をする。まじまじとその紙を見つめ、ふうとため息を吐いた。
「あの、その紙がどうかしたんですか?」
「ほらここを見てみな。変にゴツゴツしたドクロのような模様があるだろう」
と、紙を広げながらマダムはリオへ見せた。
「その模様が何か…?」
「このドクロが示すのはね、お前が高等部の”モンスター”に会ったって証拠なんだ」
「えぇ!!」
リオは驚きながらもハッとした。そして少しずつ、昨日の夜の事を思い出す。
あの輝く綺麗なシルエットを―――。
「この包み紙があるってことは飴を食べただろう?小さいこんくらいのを」
「はい、食べちゃいました…」
正確には食べさせられたのだが。落ち込むリオは眉間に皺を寄せてガクリと肩を落とした。
「いいかい、お前はこれから大変な思いをしなくちゃならないが、決してへこたれんじゃないよ。せっかく転入してきたんだ。楽しむことは無理だろうが、落ち込むことはないんだ。わかったね?」
「はい、」
力強くテーブル越しに肩を掴まれて、たじろぎながらも頷いて見せた。
「よし、不安は空腹に助長する作用があるからね、マダム特製のスープだよ。たんとおあがり」
「ありがとうございます、マダム」
肩を落としたリオだったが、先ほど見せた眉間の皺は少し薄くなっていた。
マダムの特製スープを味わった後、自分の寮へ行って支度をするために世話になったお礼をマダムに告げて出た。ある『変化』に気づいたのはすぐだった。
「失礼ですが、転入生のリオ・ツヴァイク様ですね」
「はい、そうで…うわっ!なんですか!!」
全身黒のスーツで顔を隠しながら3人の大人が近づいてきた。
返事の途中でリオは両腕の自由を奪われ、そばに置いてあった台車へ詰め込まれた。
周りから見えないように布を掛けられ、大声を出しても聞こえないように口をガムテープでふさがれる。マダムの家から遠ざかるのは分かるが、どこへ向かっているのか、大人たちの目的が何なのか、分からないことだらけで心臓の鼓動が馬鹿みたいに早くなる。
転入早々何をしたというのだ。
移動しながら3人のうちの誰かが口を開いた。
「あなたにはこれから高等部直属の世話係となって頂きます。」
「(ええ!どういうことですか!)」
「私共の主人、バルマ様がお決めになったことですので従っていただきます」
黒づくめの3人は台車から車へリオを移すと、高等部へ、黒い車を走らせた。
カラスがどこかで妖しく鳴いた。翼をはためかせる音がやけに響いて、うるさく響く心臓に拍車をかけた。
「中へどうぞ、荷物は既に部屋へ運んでおります。では失礼いたします」
車からゆっくりと降ろされ、両隣の黒づくめの大人に口に貼られたテープをゆっくりはがし、黒づくめの3人は足早にどこかへ去っていった。
改めて目の前の大きい館を見上げる。同じシャドウ学園と疑いたくなるほど古ぼけた外観だが、レンガが積まれた外観には細かいところまで装飾がしっかり彫られていて歴史を感じる。趣深さを感じるが、やはり妖しさの方が勝ってしまうのは仕方がない。朝なのに、このほの暗さは何なのだろう。好奇心は不思議と湧いてくるのだからつくづく自身の置かれている状況に疑問が再び浮かび続ける。
ギイ…と木が軋みながら音を立てて出来るだけ静かに大きな扉を開けてみる。全体的にレンガが積まれていて鉄格子が張り巡らされていた外観とは違い、内装はいたってシンプルだった。
リオはビクビクとしながらも少しずつ館内へ入っていく。薄暗い天井にはほのかに見える明るさで古めかしいシャンデリアがある。木目の床は一歩ずつ進むたびに軋みと履いている革靴が奏で、それも妖しさを助長している。
館内へ入った扉がガチャリと閉じられた。
「わ!…急に連れてこられても困るよ…バルマ様って何者…?」
「ボクの事だよ、リオ・ツヴァイク。あの時は暗くてよく見えなかったね」
びくぅっ
「あなたは…!あの夜の!」
月夜に照らされた姿よりはっきり、近くにいる”モンスター”。ますます近くで見る綺麗なその姿に畏怖すら感じるリオ。
「まあ改めて会うのは二回目になるのだけれど。ボクの名前はバルマ。中等部の子たちには”モンスター”なんて呼ばれているんだ。もっとも…」
「え…」
「呼ばれているのはボクだけじゃない。彼らもだ」
と、名乗った美しき”モンスター”もといバルマは、周りを見渡した。
すると、次々に姿を現す”モンスター”たち。
「モンスターなんてヒドイ呼び方だよなぁお前ら?」
一人は長身でがっしりとした体つきで、低めの太い声。かきあげた前髪が鋭い目元をより目立たせる。
「別に、誰になんと思われても気にしないし。呼び方なんて今更!どうでもいい」
先の一人とは全く正反対の体格の小柄な少年。リオと同じくらい細身で目が丸く大きい。
「……」
もう一人は深くフードを被った、目や顔立ちすらはっきり見えない。何も言葉にせず、ただこちらを眺めている。
全員が散りじりにいるため、四方から囲まれている。
「リオくん、ほら前に会った時飴をあげたでしょう。包み紙持ってる?」
「は、はい…」
例の左胸の制服シャツのポケットに入っている紙を取り出す。
「ふふ、やっぱり。パンプキンマダム、盗聴なんて趣味、やめた方がいいですよ」
バルマはリオから包み紙を受け取ると、優しくそれに囁いた。
「盗聴…?」
囁く姿も美しくて、若干驚くタイミングが遅れたリオ。
どういうことかとそのまま見守ると、その視線に気づいたバルマは背をかがめてリオへ包み紙を見せながら優しく話しかけた。
「ほらここの辺りにボクが付けたまじないなんだけれどね、すっかりなくなっているでしょう。多分ボクがあげたこの包み紙に上乗せしてまじないをかけたんだよ。現在地を知らせる盗聴魔法をね」
「なんで盗聴なんか…?」
「キミのことが心配だったんじゃないかな。でもこうすれば効力は無くなる」
ビリビリ…
綺麗な顔立ちと流れるような所作で一瞬脳が情報を処理しきれなくなってしまう。細かく破られた紙だったものはボウと一瞬で燃え上がり灰になって手から床へ舞い落ちた。
「ねぇ無くなったでしょう。そうだ、仲間を紹介するって言っていたね」
和やかな笑みとは裏腹に燃え上がった紙の突然の結末に思わず怖さがぶり返した。