平日の朝編-その1
斎藤和一、十七歳、男、彼女いない歴=年齢、の朝は早い。
毎朝五時半、目覚まし時計が鳴り始めると同時に目を覚ます。目を覚まして数秒で完全覚醒。もじゃもじゃ天パの骸骨男は、見た目に似合わず健康優良児、いつも目覚めは爽やかだった。
「うむ、今日もいい調子だ」
洗面所で顔を洗い、身支度を終えたところで朝食の準備を始める。といっても手の込んだ料理はできず、お湯を沸かし、通いの家政婦さんが作ってくれた朝食用のおかずを温め、トーストを焼く、その程度であった。
「おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう、亮二!」
六時を過ぎた頃、彼が溺愛する弟、亮二が起きてくる。弟が身支度を整えている間にパンと飲み物を用意し、兄弟仲良く「いただきます」。時計代わりのラジオに耳を傾けつつ、目を皿のようにして弟の体調をくまなくチェック、今日は元気そうだと大いに満足し、爽やかな気分で四枚切りの食パン三枚を平らげて朝食終了である。
「いってきまーす!」
「おう、気をつけてな!」
七時過ぎに弟を送り出し、食器の片付けと洗濯物を干したら自身の身支度。だいたい七時四十分に家を出て、徒歩で高校へと向かった。
家から高校までは、徒歩で約三十分。
自転車で行きたいところだが、先日名前もよく知らないヤンキーに不意打ちされ、自転車を壊されてしまった。高校入学以来、これで八台目。両親には「もう徒歩で行け」と言われ、運動がてらそれもいいか、と徒歩通学に切り替えたところである。
「んー?」
てくてくと歩いていた斎藤が、駅前を通り過ぎたところで首をかしげた。なんだかいつもと違うな、と思うのだが、違和感の正体がわからない。ウンウンと唸っているうちに目つきが悪くなり、彼を中心に半径二十メートルから人気がなくなっていったが、それはいつものことなので違和感の正体ではない。
「はて、なんだろう?」
結局、学校に着くまでわからなかった。多少の気持ちの悪さは残ったものの、大したことではないだろうと、斎藤は気持ちを切り替えて教室へと向かう。
「おお、一番乗りか」
八時ちょうど、なぜかいつもより十分ほど早く教室に到着。誰もいない教室の空気はややひんやりしている。なかなかに気分がいいものだ、と思いつつ教室のど真ん中にある席に座った。
「うげっ」
カバンから教科書やらノートやらを取り出していると、クラスメイトの一人、高田沙奈江が登校してきた。教室に斎藤一人なのを見て、露骨に嫌な顔をする高田。そんな顔をしたらせっかくの美人が台無しだろうに、と思う斎藤だが、めんどくさいので相手にしない。
「予習でもするか」
斎藤はカバンから、英語の教科書を取り出した。ヤンキー少年ではあるが、斎藤は割と真面目に勉強している。なぜなら、赤点を取って補習になったら、弟のために使う時間が減るからだ。かわいい弟のためならどこまでも努力を惜しまない、それが斎藤和一という男だ。
「……ヤンキーが真面目に予習かあ」
そんな斎藤を見ていた高田が、独り言にしては大きな声でつぶやいた。しかし斎藤はすでに集中しており、高田のそんな声は聞こえない。
「ふんだ」
無視されたと思い、頬を膨らませる高田。
しかしそれ以上は何もできない。何せ斎藤は、この辺り一帯のボスと言われるヤンキー少年。ちょっと顔がいいだけの一介の女子高生が、面と向かって逆らえるやつではない。
とまあ、以上ここまで、多少の相違はあれど、平日朝のいつもの光景だった。
しかし本日は、ここからがいつもと違う展開となった。




