表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/51

お料理編-その1

 とある平日の夕方。

 斎藤和一さいとうかずいち、十七歳、男、女性との交際歴なし、は、駅前のスーパーで特売品のニンジンを手に、険しい顔を浮かべていた。


 「おりょっ、斎藤くん」


 そんな彼に声をかけてきたのは、斎藤のクラスメイト宮城早苗みやぎさなえ、十七際、女、彼氏なし。ボブカットにクリクリとした目の、なかなかに可愛らしい女子高生だ。


 「あぁん? なんだ、宮城か」

 「ニンジンにガンつけて、なにしてるの?」

 「どっちがいいか選んでただけだろうが」

 「いやいや、斎藤くんの眼光は、ホントに怖いんだってば」


 やたらと背が高いくせにひょろひょろとした体型の彼は、風貌がまるで骸骨。私服はなぜか黒ばかりで、天然パーマで赤みがかった髪が乗っかれば誰もがビビるヤンキー少年だ。

 そんな彼が、険しい顔をしていれば誰も近寄りたくないというもの。事実、たいして広くもないスーパーだというのに、彼を中心に半径十メートルには誰もいなかった。


 「きっと眼光だけで、ニンジンを茹で上げることができると思うんだよね」

 「ほっとけ」


 斎藤は「よしこっち」と右手に持ったニンジンをかごに入れると、次なる食材を求めて歩き出した。

 そんな斎藤に、宮城が当たり前のようについてくる。


 「ねえ。斎藤くんって、今日は体調不良で早退したんじゃなかったっけ?」

 「あぁん? 俺じゃねえよ、弟だよ」


 斎藤には溺愛する弟がいた。これが兄とは正反対の、穏やかで儚げな「美少年」としか言いようのない子だ。現在九歳の、小学二年生。喘息で一年休学したことがあるゆえか、弟に対する兄の気遣いは少々度が過ぎており、普通の人ならドン引くレベルだ。


 「昼前に『熱が出た』て、小学校から電話かかってきてな。迎えに行ったんだよ」

 「第一報が斎藤くんに来るの? 保護者じゃなく?」

 「亮二の保護者といえば、俺しかいないだろう!」


 聞けばもともとは母親に第一報が入るよう届け出ていたそうだが、斎藤が自ら小学校に乗り込んで、連絡先を変えさせたらしい。


 「それは怖かっただろうねえ、小学校の先生」


 のどかな春の夕方、帰宅する児童を見送り、ホッとしたひと時を迎えた職員室に乗り込んでくる真っ黒な骸骨。

 その光景を思い浮かべ、宮城はあきれ度百パーセントの声で告げたのだが、斎藤はドヤ顔で胸を張る。


 「亮二のためなら、俺は世界とだって戦うぜ!」

 「斎藤くんの人生は、弟くんのためにあるんだねえ」

 「ま、今のところはな」

 「変わる予定あるんだ」

 「まあな。俺だって好きな女ができたら、亮二より恋人を選ぶぜ」

 「ふうん。それはいいことを聞いた」

 「ま、そうなっちゃ困るから、当分彼女なんて作る気ないけどな!」

 「……あげといて落とすか、コノヤロウ」


 何やら小声でモゴモゴとつぶやく宮城。そんな宮城に気づく様子もなく、斎藤はジャガイモを手に取った。


 「お、ジャガイモも安いな。ラッキー」

 「ふうん」


 宮城は斎藤の買い物かごを覗き込み、なるほど、とうなずいた。


 「今夜は肉じゃがですか」

 「よくわかるな」

 「そりゃまあ、その材料だしね」


 ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、いんげん、そして豚のこま切れ。まごうことなき、典型的な肉じゃがの材料である。


 「亮二がなあ、熱出すとなぜか肉じゃがを食べたがるんだよ」

 「おかゆとかじゃないんだ」

 「あいつ、おかゆとか雑炊とか嫌いなんだよなあ。俺は好きだけどな」

 「ほう、なるほど」


 宮城は何やら小さくガッツポーズしている。よくわからない行動だ。


 「今日は親父もお袋も仕事で帰らないんでな。ま、シェフ・斎藤の出番というわけよ」

 「ふうん、いいお兄ちゃんだねえ」

 「だろ? 惚れるなよ?」


 なぜか絶句し、怒ったような顔で真っ赤になる宮城。ううむ、軽い冗談のつもりだったが、不快にさせてしまったか、と斎藤は心の中で反省した。

 肉じゃがの材料を一通りカゴに入れると、斎藤はまっすぐにレジに向かった。


 「あー……ところでお前、買い物は?」


 斎藤がレジに並ぶと、宮城もまた一緒に並んだ。しかし宮城は手ぶらである。ここはスーパー、何か買い物があってきたと思うのだが、よいのだろうか? とは当然の疑問だ。


 「えっ? うん、まあ、私は……そう、あれを買いに来ただけ」


 宮城が指差したのはレジの向こうにある大判焼きのお店だ。この近辺で一番美味しいと評判のお店であり、斎藤もたまに買うことがあった。


 「……じゃ、さっさと並んで買ってきたらどうだ?」

 「うるさいな、私がどう行動しようと勝手でしょ」


 斎藤の質問に、宮城はまたもや不機嫌になる。

 はて、こいつはどうして怒っているのか?

 相変わらず、何がスイッチかわからんやつだ、と斎藤は頭をかく。しかしこれ以上怒らせて実力行使に出られたらまず勝てない。

 触らぬ神に祟りなし。

 斎藤はそれ以上追求することをやめ、宮城とともにレジ待ちをすることにした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ