初デート編-その7
シャーペンを買った後は、特に行き先を決めず、気の向くままにぶらぶらとした。
「お、柴犬」
「かわいいね」
途中、通りがかったペットショップで柴犬の子犬を見たとき、斎藤は「そういえば」と思い出した。
五月の中旬、たまたま出会った宮城と、迷い犬を探して町中を歩いた。
あのときは、弟の亮二に「デートとはどういうものなのか」と聞かれ、答えを求めて悩んでいた。そんな斎藤に、宮城が「じゃあ犬探しを手伝え」と言って始まった犬探しだった。
「……コマチ、元気にしてるかねえ」
「コマチ?」
「んだよ、忘れたのか? 五月に二人で犬探ししたじゃねえか」
「ああ。そっか、あの犬、そんな名前だったね」
ちらり、と宮城が斎藤に視線を向けた。何かもの言いたげな視線に視線を返すと、宮城は慌てて視線を逸らした。
「あれって結局、その、無駄足だったよね」
「いやまあ、無駄足っちゃあ無駄足だったけどよ。楽しかったぜ」
答えてから「あれ?」と首をかしげる。宮城が言う「無駄足」は、迷子の犬なんていなかったことだろうか。それとも、斎藤がデートの何たるかを理解できなかったことだろうか。
「あ、そうなんだ。楽しかったんだ」
「え、お前、つまらなかった?」
「ううん、楽しかったよ……うん、無駄足だったけど、あの日はホント楽しかった。でも、最後はちょっとケンカになっちゃったから、さ……」
「ん、ああ……そうだったな」
宮城がちょっと複雑な笑顔を浮かべた。楽しかった、本当に楽しかった、でも……と言葉を濁す宮城の顔に、ほんの一筋の不安が見えた。
それを見たとき、斎藤の頭の中に、雷のようなものが鳴り響いた。
そして、唐突に理解した。
あの日の別れ際、どうして宮城は不機嫌になったのか。仲良く、楽しく、笑った時を過ごしたはずなのに、どうしていきなり怒り出したのか。
あれは、怒っているんじゃなくて、悲しくなったからではないか。
宮城が一番知ってほしいことが伝わらなくて、スネてふてくされて、あんな態度になったのではないか。
「……ああ、そうか。そういうことか」
昨日、急にヘタレて落ち込んだのも、同じ理由だとしたら。
宮城は不安になったのではないだろうか。「また今日も同じ結果になるんじゃないだろうか、せっかくここまで楽しかったのに」なんて考えて。
「斎藤くん?」
宮城に声をかけられ、斎藤は我に返った。
宮城が不思議そうに斎藤を見上げている。
朝からずっと楽しそうな宮城。今日は絶対、宮城をこの笑顔のまま帰らせたい。楽しい日の思い出は、心からの笑顔で終わるべきだ。
だったら斎藤がやることは何だ。宮城が笑顔のまま、楽しかったと心から言える結末は、どうしたら迎えられるのか。
「えと、どうかした?」
「あ、いや、その、な……」
斎藤の頭脳がフル回転する。しかし頭の中に答えが見つからない。
どうしよう、どうしたらいい。俺は宮城に、笑顔のまま帰ってもらいたい。
ならば……ならばここは……やるべきことは。
「……宮城」
「なに?」
真っ白になった頭の代わりに、ぴょんこぴょんこ飛び跳ねていた心から、言うべき言葉が浮かんできた。
「その、ちょっと暑いけどよ……日も暮れてきたし、のんびり歩いて帰らねえ?」
そしてそこでやるべきこともまた、心の中から浮かび上がってきた。




