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期末テスト編-その3

 宮城母・姉による斎藤の面接は三十分ほどで終わり、ようやく勉強会が始まった。


 「それで宮城、どの教科が不安なんだ?」

 「うーんと、英語と数学と現国と古典と生物と日本史と美術と情報」

 「……全部じゃない」

 「ほ、保健体育と家庭科は大丈夫だもん!」

 「僕も宿題やっちゃおーっと」


 一時間が経過した。


 「だーかーらー! なぜそこでその公式を使うんだ、宮城!」

 「え、あれ、ええと……なんで?」

 「あんたこれで四回目よ? いい加減答え覚えるでしょ?」

 「こ、答えじゃなくて、解き方覚えろって言ったし!」

 「兄ちゃん、僕、由紀おねーさんに本借りてくるねー」


 二時間が経過した。


 「あんたさあ、平城京と平安京って、中学で習ったよね?」

 「ええっ、そうだっけ!?」

 「宮城、泣くよウグイス、だ!」

 「えと、えと……藤原京?」

 「……それを憶えていて、なぜ平安京を忘れる?」

 「兄ちゃん、僕、ちょっと道場を見せてもらってくるね」


 そんな調子で三時間が過ぎ、お昼となった。

 ときどき様子を見ていた宮城・母は、すでに頭がショートして知恵熱を出している娘を見て頭を抱えた。


 「しっかりしてると思って……放任しすぎたわ」


 母に代わって家事全般をソツなくこなし、これと言って問題も起こしていない。そんな娘を母は信頼し、あまり口うるさく言うまいとしていたのだが、それが裏目に出たらしい。


 「母さん、私にはあんなにうるさく言ってたのにね」

 「あんたはしょっちゅうトラブル起こしてたでしょ。何回学校に呼び出されたと思ってるの」

 「えー、いちいち数えてないよー」

 「由紀おねーさん、モンダイジだったんだ」

 「見えないですねー」


 知恵熱出してダウンしている宮城を「大丈夫か、まだ戦えるか!?」とうちわであおいでいる斎藤。そんな二人を横目に、他の面々は稲荷寿司にざるそばという昼食を堪能していた。


 「そりゃまあ、今は猫被ってるからね。ちなみにあの子、学校ではどう?」


 ズルズル、とそばをすすりつつ尋ねる宮城姉。


 「まあ、どっちかというと一匹狼ですね」

 「相変わらず女子グループに入ってないのかぁ」

 「まあ、グループって言ってもゆるいし、みんなには一目置かれてる感じですけど」

 「そ。仲良くやれてるならいいけど」


 かぷり。もぐもぐ。


 「でもまあ、最近は狼というより犬化してますね」

 「それは斎藤くんに対して?」

 「はい。今日も尻尾ブンブン振ってかわいいねえ、てみんなでほっこりしてます」

 「それって、早苗の気持ちは、もうバレバレってことね?」


 ちゅるん。ズゾゾゾゾ。


 「はい。あれでなぜ斎藤くんは気づかない、てクラス全員で首傾げてます」

 「気づかないふりをしている、てことは?」

 「うーん、そうなのかも、て思うことは多々ありますけど。どう思う、亮二くん?」


 宮城母娘(おやこ)と高田の視線を受けて、亮二は少し考え、天使のような笑みで答えた。


 「わざとじゃないと思います。兄ちゃん、ほんっと鈍いんです」

 「タチ悪いわね」

 「ええと、すいません」


 ちゅるちゅる。ごくん。


 「でも、もう気づいたんじゃないかなあ、て思いますよ」

 「……というと?」

 「んーと、今日の朝ですけど。スーツで行った方がいいかな、て真剣に考えてました」

 「いやいや。結婚のあいさつじゃあるまいし」

 「ですよね。勉強会なんだから普段着でいいと思うよ、て慌てて止めました。それと……」


 亮二は箸をおき、お茶の入ったコップを手に取った。


 「手土産にクッキーを持っていこう、て準備してたんですけど。僕の好きな味じゃなくて、宮城おねーちゃんの好きな味にするから、て言ってました」

 「え、マジで!?」


 それがどれだけ驚愕すべきことか、宮城母娘にはピンとこないが、高田にはわかった。

 斎藤が持つ愛は、そのすべてが病弱な弟に向けられている。その愛は非常に重く、例えば弟が一緒に遊びたいと願えば友人との約束をドタキャンしてでも優先する、「日本海溝とタメ張れる」と豪語したほどのものだ。


 その斎藤が。

 弟の好みではなく、宮城の好みを優先したという。


 「なので、僕、ピーンと来ちゃいました」


 亮二が笑いながら兄を見た。生まれて以来、いついかなる時も弟を優先してきた兄が、今日は弟をほったらかして宮城の世話ばかりしている。それはつまり。


 「あ、僕が一番じゃなくなったんだな、て。ほら、今日はずっとそうでしょ? 僕が何しても気にせず、宮城おねーちゃんばかり気にしてる」

 「言われてみれば……」


 亮二の言葉にうなずきつつ、高田も斎藤を見た。

 ようやく起き上がった宮城に「大丈夫か?」「傷は浅いぞ」と声をかけつつ、うちわであおいでいる斎藤。まるでお姫様を介抱する従者のようで、誰がどう見たってラブラブカップルだ。


 「なるほどぉ。ついに早苗に彼氏ができるか」

 「まあ、しっかりした子だし、問題ないでしょ」

 「なによ……結局見せつけられるために呼ばれた感じじゃない」

 「だけど、僕としては一つだけ心配が」


 すでに祝福ムードの母、姉、友人。そんな三人に、亮二は声を潜め、心配事をそっと告げた。


 「兄ちゃんの愛は、ほんっと深くて重いんで。宮城おねーちゃんが潰されないよう、当分は僕が見張っておきますね」


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