期末テスト編-その2
「いまさらだけど」
高田沙奈江、ついに十七歳、女、紅茶党、は、出迎えてくれた宮城を不機嫌そうに見つめた。
「なんで私まで、あんたの家での勉強会に招かれるわけ?」
「ここまで来て、ホントいまさらだね!」
「やっぱさー、フラれて一週間でその相手と一緒に勉強会なんて、ちょっとキツいなー、て」
高田が斎藤に告白し、断られたのは先週の土曜日。まあそうだろうなと思っていたから未練はないが、斎藤の顔を見るとまだ心のどこかがシクンと痛む。
「それとも何? 私の目の前で告白して勝利宣言でもする気?」
「そ、そんな度胸があるなら、とっくに告白してるって」
「それもそうか」
「こ、今回は、純粋に勉強会だよお……」
今にも泣きそうな顔で頭を下げる宮城を見て、高田はやれやれとため息をついた。
中間で赤点を取ったことがバレ、親にめちゃくちゃ怒られた。ついては期末テストに向けて勉強会をするので一緒に勉強してほしい。というか勉強、教えてください。
そんな風に頼まれたのが昨日、金曜日の昼休憩。しかし高田も人に教えるほど成績が良いわけではなく、なんで私にと首をかしげた。
そもそも、そのために毎日放課後に斎藤の家に押しかけていたのではないのか。
「じ、実は、斎藤くんにも来るようお願いしてる」
「なら私、いらないじゃん」
この地域一帯のボスと言われるヤンキーでありながら、斎藤は学年トップグループに食らいつく成績上位者だ。そんな彼がいるのなら、わざわざ高田を呼ぶ必要はないはず。
「その……斎藤くん、生物と日本史とってない」
「あー、そういうこと」
しかし、あんな覚えるしかない教科、どう教えろというのか。どうにも裏がありそうでうさん臭い。
「……ま、来ちゃったものは仕方ないか」
「そーそー、さ、あがって。ぜひあがって。ゆっくりしっかり勉強していって!」
宮城がどうして高田を呼んだのか、その答えは斎藤が弟とともに宮城邸へやってきて十分ほどでわかった。
「ども、おじゃまします!」
「お休みのところすいません。本日はお邪魔します」
どっちが小学生かわからない挨拶をした二人に、宮城の母と姉は「いらっしゃい」と満面の笑顔で応じた。
斎藤和一、男、十七歳、コーヒー党(ブラック)。
斎藤亮二、男、九歳、ココア党(ミルクたっぷり)。
骸骨顔でひょろりと背の高い天パのヤンキーと、絶世の美少年としか言いようのない小柄な男の子。こうして並ぶと本当に兄弟なのかと疑ってしまうが、父母ともに同じ、正真正銘の兄弟だ。本日は両親が留守で弟の面倒を見なければならなかったのだが、無理を言ってこうして弟ともども来てもらった次第である。
そして「さっそく勉強会」ということにはならず、斎藤は宮城母、姉が待ち構えるリビングへと招かれた。
「初めまして、斎藤くん。以前は娘がご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、なんてことないっすよ!」
「早苗、学校でやらかしてない? ほんと雑な子で」
「んなことないっすよ! 俺も色々助けてもらってますし!」
宮城母・姉の接待攻勢に、嫌な顔一つせず応じている斎藤。その横ではらはらした顔をしている宮城。
そんな四人を少し離れたところで見ていた高田と斎藤の弟・亮二は、声を潜めて会話する。
「……兄ちゃん、面接されてる?」
「そうみたいね」
宮城邸での勉強会、真の目的はこれか、と高田は察した。しかも宮城が望んでではなく、母と姉の強い意向でセッティングされたらしい。
「じゃ、じゃあ斎藤くん、さっそくだけど勉強しようか!」
「あら、まだいいじゃない。もう少しお話させてよ」
「いや、無理言ってきてもらってるから! 高田さんもいるし!」
「なら早苗の試験勉強対策について聞いておこうかしら?」
「家庭教師じゃないんだよ、善意の協力者だよ! ほら、高田さんも待ちくたびれてるから!」
宮城は「高田さんが待っている」と連呼し、なんとか家族から斎藤を引き離そうと必死である。これは確かに、高田や亮二がいなかったら勉強会どころではなさそうだ。
「しっかしまあ、斎藤くんは動じないねえ」
宮城家の母・姉 vs 妹の攻防を見守りながら、高田は感心する。目の前で壮絶な綱引きが行われているのを目の当たりにしながら、斎藤はニコニコ笑って平然とお茶をすすっているのだ。
「兄ちゃん、たまにお父さんと一緒に会合に出てたりしてるから。ああいうの慣れてると思うよ」
「へえ、そうなんだ。そういえばお父さん、お仕事何してるの?」
「政治家だよ」
はい? と高田は目を大きく見開いた。
「せ、政治家?」
「うん、県議会議員。春に駅前で、首相と一緒に演説してたでしょ?」
「え……うそっ、あれお父さんなの!?」
県議会議員、斎藤賢三、五十一歳、男、ココア党(ミルク少な目)。保守派政党の県連合会で幹部を務め、次は国政への進出もささやかれている、今注目株の保守政治家。それが斎藤和一と亮二の父親だった。




