期末テスト編-その1
ぽい、とスマホを放り投げると、そのままベッドに寝転んだ。
「……どうしよう」
宮城早苗、十七歳、女、コーヒー党(ミルクあり)、は恋する乙女である。一年前から片思い(※主観)している男の子がいて、その男の子に、クラスでも一番の美少女が告白した。
「振られたー。好きな子いるんだってー( ;∀;)」
そんな結果報告が届き、ほっとするやらヤキモキするやら。「当分彼女なんて作る気ない」と豪語していたはずなのに、「好きな子がいる」とはどういうことだ、と宮城は頭を抱えたくなった。
「斎藤くんの好きな子……誰だろ? 私だといいなあ……」
願望を口にして猛烈に恥ずかしくなり、宮城は「きゃーん」なんて言いながら枕を抱えてベッドの上を転げまわった。
すると。
「ふーん、なるほど。これが恋する乙女かー」
「ひっ!?」
なにやら感心する声が聞こえてきて、宮城は慌てて起き上がった。
「お、お、お姉ちゃん!? なんでいるの!?」
「はっはー、ただいまー、久しぶりだね、妹よ」
宮城由紀、二十二歳、女、コーヒー党(砂糖・ミルクあり)、は驚く妹にヒラヒラと手を振った。三年前、「私は美容師王になる!」と海賊漫画の主人公みたいなセリフを残して家を出ていった姉。美容師学校を出た後、遠く離れた地で忙しい毎日を送っているはずなのだが。
「美容院が休みになったんでね。久々に帰省でもするか、て思って」
姉はニマニマ笑いながら、きょろきょろと部屋の中を見る。
「んで、写真とかないの?」
「え、写真?」
「好きな人できたんでしょ? 見せなさいよー」
「な、な、な、な、なんのこと!?」
「わかりやすいキョドりかただなー」
ふっふっふ、と笑いながら姉は妹に迫った。妹は慌ててスマホを手に取ると、逃げ場を求めて目を泳がせる。
「ほうほう、そこか。いい子だから、おねーちゃんにスマホを貸してみな」
「だ、だめ!」
伸びてきた姉の手をとっさに払う妹。しかし姉も負けてはいない。
シュバッ。
シュバッシュバッ。
シュバッシュバッシュバッシュバッシュバッシュバッシュバッシュバッ……
「や、やるようになったわね」
「こちとら、毎日鍛錬続けてるっての」
「ふふん、私に勝ったことないくせに」
「い、今は絶対、私の方が強いもん!」
「その挑発、乗った!」
◇ ◇ ◇
十五分後、姉妹は仲良く居間で正座していた。
「全くあんたたちは。小学生の男兄弟か」
スマホをめぐる攻防は、いつしか達人同士の本気の戦いとなり、結果として妹の部屋は地震でもあったのか、という状況になってしまった。
「いやー、早苗がなかなか降参しないから、つい」
「つい、じゃないでしょう」
「だって早苗が惚れた男だよ? 見たくない?」
「そうね、ぜひ会いたいわね。斎藤くん、だったわね」
「だ、だからなんのこと!?」
やれやれ、と宮城孝子、四十八歳、女、抹茶党、は肩をすくめた。姉のように男を手玉に取る小悪魔になられても困るが、高校生だというのに小学生並みの反応しかできないというのもまた困ったものである。
「お礼が言いたいから家に連れてきなさい、と言ってもなかなかだしねえ」
「だ、だから斎藤くん、いろいろ忙しいんだってば。弟さんの面倒見なきゃいけないし」
「で、あんたが毎日通ってるわけね」
「え、通い妻してるの? やるう!」
「ちーがーうー! 勉強教えてもらってるだけ!」
「なるほど、そういう口実で。うまいわねえ」
「ああもう、この恋愛脳! 私はマジで成績がヤバイの!」
「……マジでヤバイ?」
母の声が低くなった。ハッと我に返った妹は失言に気づいたが、後の祭りである。
「そういえば中間テストの結果、見せてもらっていないわね」
中間テストは五月の中旬、もう一ヶ月以上前である。期末テストが来週に迫っている中、まだ結果が帰ってきていないということはありえない。
「出しなさい。今すぐ」
「い、いや、その、部屋がぐちゃぐちゃで……」
ギロリ、と睨まれて姉妹ともにすくみ上った。武道において達人と呼ばれるレベルの二人だが、母はそんな二人を軽く凌駕する。もはや化け物か神かというレベルの母に睨まれて、逆らえるわけがない。
「す、すぐに探して持ってまいります!」
「わ、私も手伝うわ、早苗!」




