蛍狩り編-その5
「うわー、すごい! 宮城さん、早く行こうよ!」
「え、あ、ちょっ、ちょっと待って……」
亮二の巧みな誘導で、宮城はなし崩し的に斎藤や高田とは離れて行動することになった。優しい性格でありながら、時には強引にもいけるらしい。斎藤亮二、本当に末恐ろしい男の子だった。
「おお、これはすげえな」
「でしょ?」
六月も終わりということで、ピークは過ぎている。それでもまだ結構な数の蛍がいて、夜の闇をスイスイと飛ぶ光の光景はとても幻想的だった。
みんなと少し離れて、高田は斎藤とともに川沿いを歩いていく。蛍の光の中、どうでもいい話をしながら斎藤とのんびり歩くのは、思った以上に楽しくて、うきうきした。
なるほど、私も恋する乙女してたのか。
そんな感覚になったのは初めてのことだった。これまでも好きになった人はいたけれど、こんな気持ちにはならなかった。
やっぱ、今日はやめようかな、と思った。
私だって素敵な恋愛がしたい、と高田は常々思っていた。できれば両想いになって、楽しいこととかつらいこととか一杯経験して、素敵な思い出を作りたい。後から思い出して「恋愛してたなあ」なんて思える恋ができたら、どれだけ高校生活が楽しくなるだろう。
だけど、そうなりたいと思った相手には、もう好きな子がいる。
はたから見ててわかるのに、本人がどうして気づかないのかがわからない。本当に迷惑な男だと思う。しかもその迷惑な男は、誰もが憧れるようなイケメンではなく、ガイコツみたいな顔をした、ゴーイング・マイウェイのヤンキー。
そして高田が欲しいと望み続け、手に入れられなかった「強さ」を持つ、本物の男の子。
「ところで斎藤くん」
蛍狩りをしながら散策することしばらく。気が付けば高田と斎藤は、人気のない川のほとりに立っていた。
「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
「私ねえ」
言葉を一度きり、深呼吸。生まれて初めての告白だ、噛んだりしたら一生後悔する。
「斎藤くんが好きなんだよね。恋人にしてくれないかな?」
は? と斎藤が絶句した。蛍の光以外、何も照らすものがない場所だ。すぐ隣にいるというのに、斎藤がどんな顔をしているのかよくわからなかった。
「いやいや、お前な……」
「私は、冗談でこんなこと言いません」
高田はピシャリと斎藤の逃げ道をふさいだ。
「本気も本気、ガチの本気です。OKしてくれたら、ここでキスしたってかまわない、ぜひキスしてください、てぐらい、本気です」
「お、おう、そうか……」
しまったな、と高田は思った。今どんな顔してるんだろうか、高田の告白への返事はどんな顔でするんだろうか。それをちゃんと見られる状況ですればよかったな、といまさらながら後悔した。
だけど、もしも斎藤の顔がはっきりと見えたなら。
返事を言葉にしてもらえる前に答えがわかり、このドキドキの時間を持つことができなかっただろう。
失恋したとわかって、未練がましくする自分じゃない。
一秒でも長く斎藤に恋しているためにも、顔が見えなくて正解だった。
「お返事、聞かせてもらえますか、斎藤くん?」
口から心臓が飛び出そうなほど緊張する。ひょっとしたら、もしかしたら、と一縷の望みをかけてしまう。
「……ありがとうよ。でも、悪い、俺……好きな子いるわ」
高田が惚れた男は、高田が予想した通りの答えをしてくれた。そっか、やっと気づいたか。全くこの男はめんどくさい、と高田は大きく息を吸い。
うん、そうか。やっぱ斎藤くんは、私が思った通りのいい男だね。
そう返事をしようとして何も言えず、代わりにポロリと涙をこぼしてしまった。
高田沙奈江、まもなく十七歳の、誰もが認める美少女。
そんな彼女の初めての恋は、予想通りの、ほろ苦い結末で終わった。




