挙動不審編-その6
本気を出した宮城にかなうわけはなく、斎藤は十分ともたずに敗北した。
そして、教室の後ろで正座させられ、洗いざらい吐かされた。
「し……信じらんない」
斎藤が見た夢の内容を聞いて、宮城は顔を真っ赤にして頬を膨らませた。
「斎藤くん、今までも、ずーっとそういう目で私を見てたんだ」
「違う、断じて違う! 俺はお前をそんな風に見たことは、ただの一度もない!」
「……それはそれでムカつく」
「なんでだよぉぉぉぉっ!」
ああもう、と宮城はしゃがみこむと、抱えた膝に顔をうずめた。
「み、宮城?」
「黙って!」
「あ、はい」
斎藤が自分のことを女の子として意識している、と言われて正直うれしかった。クラスメイトに背中を押されて、この勢いで告白してしまうつもりだった。
だけど、女の子として意識する=裸を想像される、というところまでは思い至らなかった。
恥ずかしい。実際に見せたわけじゃないのに、なんだかすごく恥ずかしい。その恥ずかしさのあまり、頭に血が上って斎藤とケンカを、それも口ゲンカではなく、殴り合いのケンカをしてしまった。
やってしまった、と宮城は後悔でいっぱいになった。
「これじゃ男女って言われても仕方ない……」
「え、なに?」
「うるさい、ちょっと反省してるんだから黙ってて!」
「あ、はい」
斎藤の素直な返事に、申し訳なさでいっぱいになった。自分の体をエロい目で見られていた、それは思春期の女子にとって決して気持ちのいいものではないが、だからといってここまでやる必要があったのか。そもそもそうなるきっかけを与えたのは自分ではないか。
「斎藤くん……」
深呼吸を何回もして、ようやく気持ちを落ち着けたのち、宮城は少しだけ顔を上げて斎藤を上目遣いで見た。
「その、思い切り殴って……ごめん……」
宮城の右手がクリーンヒットした斎藤の頬が少し腫れていた。ケンカ慣れした斎藤だからこそ、ヒットした瞬間に勢いを殺すように飛んで致命傷を避けていたが、そうでなければ相手に大けがをさせていただろう。
ああもう自分はどうしてこうなんだ、と泣きたくなった。
「ん? ああ、ちょっと痛かったな」
しかし斎藤は、あまり気にした様子はなかった。宮城の言葉に顔をしかめつつ頬をさすったが、すぐに破顔した。
「ま、さすがは宮城だな。いいパンチだったぜ!」
「……それだけ?」
「え? ああ、まあ、そうだけど……」
「私、怒られても仕方ないと思ってるんだけど」
「うーん、でもなあ。エロい目で見てたのは事実だし」
「それでも、やりすぎたと思ってるけど」
「まあ、いいんじゃね? 大したケガしてねえし」
「そういう問題かな?」
「ま、お前反省してるし、俺は気にしてないし。それでいいんじゃね?」
──そうだよ、こういう奴だったよ、と宮城は斎藤の笑顔をまぶしく思った。
細かいことにこだわらない。というか、こだわらなさすぎる。最初それは適当でいい加減な奴だからだと思っていたけれど、そうじゃない。たいていのことは受け入れて、笑って済ませられる、そんな強さがあるからだ。
だから、その強さにあこがれて。
気が付けば好きになっていた。
「ま、なんにせよ、ガチで殴り合いができて、しかもあとくされのない相手ってのは貴重だしな! 一発食らってすっきりしたところで、お互い、水に流そうぜ!」
「どこのバトル漫画のライバルだよ」
宮城の目からポロっと涙がこぼれた。悲しいからじゃない。嬉しいからだ。一発殴ったぐらいで壊れるような関係じゃないと、太鼓判を押された気がしたのだ。
「え、あ、おい、どうした?」
「なんでもない……あーもー、無駄な時間使った」
宮城は涙をぬぐって立ち上がった。
「さて、と。遅くなっちゃったね、帰ろうか」
「お前、俺に何か用事あったんじゃねえの?」
「あー、いい。なんかもう、そういう気分じゃなくなった」
この流れで告白してもいけそうな気がするが……殴り合いのけんかの後で告白した、なんていうのはさすがに女の子としてナシだろう。
「また日を改めて。あ、そうだ。今日この後、時間ある?」
「おお、あるぞ」
「じゃ、うどん食べに行かない? 駅前に新しいお店できたの、いっぺん行ってみたかったんだ。殴ったお詫びに、おごるよ」




