挙動不審編-その2
「話があるから、ちょっと残ってて」
HRが始まる直前、宮城にそっと耳打ちされた。
まるで内緒話をするかのような至近距離での、甘い口調のささやきだった。耳元に宮城の吐息を感じた斎藤は、心臓をドキンと飛び跳ねさせ、「あ、ああ、わかった」とどもりがちにうなずいた。
一体、何の用だ?
そわそわしながらHRを終え、教室のど真ん中の席でクラスメイトが帰っていくのを見送った。どういうわけか宮城も一度教室を出ていく。声をかけようとした斎藤に、「しーっ」と口元に人差し指を立ててウィンクした宮城。そのイタズラな笑顔に斎藤の心臓は再びドキンと飛び跳ね、教室を出ていく宮城を見送るしかなかった。
『ちょっと用を済ませてくるから、待ってて』
直後に、宮城からそんなメッセージが届いた。仕方ねえな、と斎藤はカバンから教科書を出し、数学の課題をやっつけることにした。
宮城、何の用だろ?
放課後、女子から呼び出しを受けて一人教室に残る。一般的にこういう状況で次に何が起こるのかといえば、呼び出した女子と二人きりになって、その女子から告白なんぞされてしまう、というあれだ。
「いやいや、俺に限ってそれはないな」
はははっ、と笑いながら課題に取り掛かろうとするのだが、斎藤は全く集中できなかった。「うーむ、どうした俺」とそわそわ落ち着かない気持ちを貧乏ゆすりなんぞで表現して、深呼吸する。
「……背中の感触」
宮城をおんぶして家まで連れて帰ったその夜、弟に聞かれたことをふと思い出す。答えはいまだに出ておらず、何やらモヤモヤとしたものがずっと胸にわだかまっている。そのせいか、今日はずっと宮城の胸が気になっていて、気が付けば宮城の胸元を見てしまっていた。
宮城に気づかれたら、すげえ怒られるな。
なんとかしなければならない。しかしどうすればいいのか、斎藤にはまるでわからなかった。
「ちっくしょー……どうしちまったんだ、俺は?」
「斎藤くん、悩み事?」
「うぉあっ!?」
いきなり背後から声をかけられ、斎藤は仰天した。振り返ると宮城がいて、慌てふためく斎藤を見て楽しそうに笑っていた。
「お待たせ、斎藤くん」
「み、宮城、気配殺して近づくな!」
「だーって、気づかないんだもん。面白くて」
クククッ、と宮城は楽しそうに笑った。なんというか、これまでに見たことのない、妖しい感じの笑顔だった。
「まったくよお。で、用ってなんだ?」
斎藤が立ち上がろうとすると、宮城が「そのまま座ってて」と肩を押さえた。
「お? お、おう、そりゃいいけどよ……」
ワイシャツ越しに感じる宮城の手の温もりに、斎藤の心臓がまたドキドキし始める。「なんだ、どうした、俺は一体何を緊張している?」とドギマギしていると、宮城が「斎藤くん」と静かに呼びかけてきた。
「ん? なんだ?」
「今日さあ……」
宮城は斎藤の肩から手を離すと、斎藤の正面に回った。
「ずっと、私の胸ばかり見てたでしょ?」
あぐぅっ、と斎藤は奇妙な声でうめいた。宮城はクククッと笑うと、「エッチ」と言って斎藤のおでこを指で弾いた。
「い、いや、そのな、なんていうかだな、亮二が変なことを言ってだな……」
「亮二くんが?」
斎藤はやむなく亮二に聞かれたことを宮城に話した。
「ふうん、なるほど。それで、私の胸が気になっちゃったんだ」
「い、いや、その……す、すまん。以後、気をつけるから……」
「別にいいけど」
「へ?」
予想外の返事に斎藤が驚いていると、宮城はニコリと笑って、セーラー服のタイを解いた。
「お、おい……宮城?」
「この前助けてくれたお礼、どうしようかな、て悩んでたんだけどね」
シュルシュルと音を立てて解かれたタイが、ふぁさっと机の上に置かれる。
「そういうことなら、ちゃーんと感じさせてあげる」
「は、はぁっ!?」
仰天する斎藤の目の前で、宮城はゆっくりと上着のファスナーを下ろした。
「い、いや、ちょ、ちょっと待て宮城! 待て待て待て!」
「亮二くんに聞かれたんでしょ? ちゃんと答えてあげないと」
「いや、そうだけど……ああ、違う! 待て、宮城、ちょっと待て!」
宮城が上着を脱ぎ、下着に手をかけたので斎藤は慌てて背中を向けた。
「ふふ、紳士だね、斎藤くん」
「い、いいから服を着ろ! 誰か来たらどうする!?」
「そうなったら、責任とってね」
パニック状態の斎藤を笑いながら、宮城が背後から抱きついた。
「はい、どうぞ」
「うぉぉぉぉいっ!」
「なーんにも着てないよ。しっかり感じてね」
「宮城!? 待て、ちょっと待て、これ冗談じゃすまないぞ!」
「うふふ。斎藤くん、慌てちゃって。かーわいい♪」




