挙動不審編-その1
宮城早苗、十七歳、女、甘党、は、ベッドの上で悶々としていた。
「……どうしよう」
三日前、体調不良で歩くこともままならなかった宮城。そんな彼女の前に、さっそうと(注:主観)現れ、家まで背負ってくれた男の子、斎藤和一、十七歳、男、意外に甘党。
「ああ……もう! もう! 私ったらもう!」
あの日、弱っていた宮城は、募らせていた恋心を爆発させ、斎藤の背中で「好きだよ」とツイートし、「胸を押し付けるようにしがみつく」なんてことまでしてしまった。
そして近々、絶対に告白してやると誓ってしまった。
だが。
しかし。
体調が回復して気持ちが落ち着いたところで己の行為を振り返ると、「やっちまった」感が込み上げてくる。次の日に会ってお礼を言い、それで済ませていればまだマシだったかもしれないが、回復しきれず休んでしまい、そのまま週末に突入したから始末に悪い。
とどめを刺したのが、同級生である高田沙奈江、もうじき十六歳、女、かなりの辛党、からのメッセージだ。
『あんた、斎藤くんにおんぶしてもらって帰ったんだね~♪』
ご丁寧に写真付きである。写真を見て、ほてった顔をニヤけさせた宮城だが、写真を撮ったのは高田ではなく別のクラスメイト、と知って恥ずかしさがこみあげてきた。
「帰りたい、あの日の自分に帰りたい! そして自力で帰ってきたい!」
これが「恥ずか死ぬ」というやつか、と宮城は悶えた。高田ほか、恋バナ好きのクラスメイトにからかわれるのではと思うと頭が痛くなる。そんな話を耳にした斎藤が、宮城を変に意識したらと思うと、どうしていいかわからない。
「……ん? それはいいのかな?」
目下のところ、斎藤に女の子としてまったく意識されていない、それが問題である。だから今回の件で、宮城のことを女の子として意識してくれるなら望むところではないか。
「でも……今までみたいに話できなくなったら、やだなあ」
ああもう、どっち、どっちなの私、わかんないぃぃぃっ、と枕を抱えてベッドを転げまわる宮城。
すると、あきれた声が宮城にかけられた。
「何してんの、あんた」
「ひっ……お、お母さん!?」
いつの間にか母が部屋の入口に立っていた。転げまわるのに夢中で全く気が付かなかった。
「ちょっ、あ、開けるなら、ノックぐらいしてよね!」
「いや、開けっ放しだったんだけど?」
蒸し暑いので扉を開けっぱなしにしていたのは宮城自身である。あわわ、と慌てた宮城だが、母は娘の奇行については何も言わず、用件を切り出した。
「明日早いから、先にお風呂入るけどいい?」
「あ、うん……どうぞ」
「悪いけど、洗濯機セットもお願いね」
「はーい」
ほっとしつつ宮城が返事をすると、母は「ふむ」と娘を見つめた。
「……なに?」
「いやね……ああ、そうそう、思い出した。この前、あんたを連れて帰ってくれた男の子、一度家に呼んでちょうだい」
「え、なんでっ!?」
「お礼言いたいからに決まってるでしょ」
「ええっ、恥ずかしいよ!」
「なんであんたが恥ずかしいの? お礼言うだけでしょう」
いぶかし気な顔になった母。「あう、墓穴掘ったか」と冷や汗をかく娘。
「それとも……何か、呼べない理由でもあるの?」
「い、いやいや、そんなのないよ? あるわけないじゃん!」
宮城は笑ってごまかした。
「ただ、斎藤くんも予定あるだろうし。無理にお誘いしてもね。お礼なら、私が言っておけばいいかなぁ、て」
「まあ、そうかもしれないけどね。でもまあ、一度聞いてちょうだい。いいね?」
「わ、わかった」
宮城が渋々うなずくと、母はさっさとお風呂に入りに行った。
「どうしよう……」
斎藤を家に呼ぶ。それ自体は決して嫌ではない。だが母がいるところに呼ぶというのは恥ずかしい。母は武道の達人、相対する者の心理を読み「後の先」を取ることに長けた化け物みたいな人だ。
そんな母の前で、好きな人と一緒にいる……うん、一発でバレるに決まっている。いつかは呼ぶことになるとしても、せめてちゃんと告白した後にしたい。
「……都合がつかない、て断られたことにしよう」
◇ ◇ ◇
だが、娘は母を侮っていた。というか、自分自身を知らな過ぎた。
「我が娘ながら、わかりやすいこと」
武道で鍛えた洞察力など使うまでもなく、娘が「斎藤くん」に恋しているのは明らかだった。枕を抱いて転げ回るなんて、あの子も年頃の娘らしくなったか、と母としての感慨にふけりながら、手に持っていたスマホで素早く文字を打ち、メッセージを送信する。
──早苗に好きな男の子ができたみたい。
『kwsk!』
即座に返事が返ってきた。メッセージの相手は宮城由紀。三年前に家を出て行った上の娘、つまり早苗の姉だった。




