女の子編-その6
頭から湯気を立たせながらお風呂へ向かった兄を見送ると、亮二は自分の部屋に戻り、はぁぁぁぁっ、と大きなため息をついてベッドに倒れこんだ。
「つかれたぁー」
もうこのまま寝てしまいたい、と思ったが結果を報告しなければならない。亮二は枕元に置いていた携帯ゲーム機を手に取りスイッチを入れた。
すぐに「チロリン♪」と軽やかな着信音が響いた。メッセージ送信者は「Ran」。小学四年生の女の子の友達、蘭だった。
『こんばんはー』
『どうだった、亮二くん?』
亮二は画面をタップし、返事をした。
──言われた通りやったよ。
──ああもう、すっごいはずかしかった。
『ありがと^^』
『これでお兄さん、宮城のおねーちゃんを女の子として意識するよね』
──どうかなあ。
──お兄ちゃん、ホンット鈍いから。
『これで意識しなかったら、お兄さん、ちょっとおかしい』
──キビシー^^;
そう返したものの、亮二も蘭と同じ気持ちだ。小学生ですらわかる宮城の想いに気づかないなんて、亮二の兄は鈍すぎるにもほどがある。
しかし、と亮二は首をかしげ、気になっていたことを恐る恐る聞いてみた。
──ねえランちゃん、ホントによかったの?
『……ふーん』
『亮二くん気づいてたんだ』
まあね、と亮二は画面を見ながらうなずいた。
年上の姉がいるせいか、蘭はとても大人びた女の子だった。恋愛ものの漫画やドラマが大好きで、自分もいつか素敵な恋がしたい、と小学二年生の頃から話している。
そんな蘭の初恋の人が、なんと亮二の兄、和一だ。そうと気づいた時は本当にびっくりした。
『いーのいーの』
『今の私じゃ、お兄さんロリコンになっちゃうし』
『私がお兄さんとお付き合いできるようになるの、あと八年かかるし』
『それまで誰とも付き合うな、てさすがにひどいでしょ?』
──十八歳になってからチャレンジしたら?
『そうしてもいいけど』
『お兄さんが選んだ、ちゃんとした人なら仕方ないよねー』
『もちろん、私は厳しくチェックするけど』
どうやら宮城は、蘭の目から見て合格だった、ということらしい。
色々思うところはある亮二だが、本人がそれでいいなら、と納得することにした。
──わかった。
──じゃあこれからは、二人が恋人になれるよう、応援するの?
『え、なんで?』
──違うの?
『私の好きな人奪うんだよ?』
『宮城のおねーちゃんには、自分でがんばってもらわないと』
──え、じゃあ今日の作戦は、なに?
『お兄さんが鈍すぎて、ニヤニヤ度が足りないの』
──はい?
『だーかーらー』
『お兄さんに宮城のおねーちゃんを、もっと女の子として意識させて』
『ああもう、さっさとくっつけやー、て感じを見て楽しむの♪』
──ええーっ^^;
『失恋の、ささやかな復讐』
『次はどんな感じになってるのかなー、楽しみ♪』
『バラしちゃダメだからね、わかった?』
──あー……うん、わかった。
『いい子だね、亮二くん』
『じゃ、私もう寝るね。また明日、遊ぼうね!』
──うん、おやすみ。
蘭がログアウトするのを見てから亮二もログアウトし、ゲーム機をパタンと閉じた。
「あーもう……女の子って、怖いなあ」
なんだかどっと疲れが出て、急激に眠くなってきた。
亮二は、ふわっ、と大アクビをしながら布団に潜り込むと、電気を消し、あっという間に夢の世界の住人となった。
◇ ◇ ◇
その頃、亮二の兄、斎藤和一は。
「背中の感触……」
弟の問いへの答えを求めて、風呂の中でぼんやり考えていた。弟の問いに答えられない、そんなことがあってはいけない。それが兄たる者の務めと、求道者もかくやという真剣さで考え続けた。
しかし、考えても考えてもわからない。
調子の悪そうな宮城を一秒でも早く家に送り届けることに必死で、そんなことを考えている余裕はなかった。
だが、しかし。
静かに、深く、よーく考えると、確かに。
温かくて柔らかくて、いい匂いだなぁ、と思ったような、そんな気がする。
「あれが……女の子の感触、てやつか?」
それをおんぶして、どう思った?
背中に何を感じた?
それこそが亮二の問いへの答えの……はず。
「……あん?」
考えて考えて、なんとなく答えが見えたような気がした時、斎藤の全身がカッと熱くなる。
そして、男としてごく真っ当な反応を示してしまった。
「あぁん?」
そんな自分の体を見て、斎藤は眉をひそめ、首を傾げた。
はて、これはいったい……どういうことだ?
宮城のことを考え続けたその果てに、今までになかったモヤっとしたものが胸に広がるのを感じ、しかしその正体がなんなのかよくわからない。
だが、確実に。
斎藤の中で何かが変わった、そんな夜のひと時であった。




