迷い犬編-その2
宮城早苗は、とても変わった女子である。
まず女子とつるまない。別に仲が悪いわけじゃない。どちらかというと人気者で、クラス内で一目置かれている。ただ、特定の誰かと仲が良いということはなく、いつも一人でふらふらしている。学校での役職、クラス委員とか体育委員とかそういうもの、には一切ついておらず、担任に頼まれても断っていた。
そこそこ可愛いので男子に告白されたりもしているが、OKしたことはない。恋愛に興味ないのだろう、と思われているが、なぜか骸骨男・斎藤和一だけには話しかけ、何かとちょっかいをかけていた。
「これ、お前の犬?」
「違うよー」
「じゃ、知り合いの?」
「ううん、歩いてたら落ちてた」
家にいても暇だったので散歩に出たところ、風で飛んできたので拾ったという。
「なんだそれ? お前、暇なの?」
「そう言ったじゃん」
ケラケラ笑って答える宮城に、斎藤はため息をつく。
「お前、やっぱりよくわからん」
「よく言われるなー、それ」
公園を出た二人は、なんとなく犬が行きそうな場所を目指すことにした。思いつくまま気の向くまま、ふらふらと東へ行っては川沿いを歩いて探し、南へ向かっては裏門から小学校へ入って探してみたり。
「いないねー」
「手がかりもねえな」
チラシの犬はおろか、犬と呼ばれるものを一切見ていない。これでは見つからないのでは、と斎藤は打開策を考えるべく「ううむ」と腕を組む。
「斎藤くん、斎藤くん」
斎藤が目を閉じて考え込んでいたら、笑いを含んだ声で宮城に呼ばれた。
「んだよ?」
「真面目に犬探しをしてくれてありがたいんだけど、斎藤くんはそもそも何をしてたんだっけ?」
「ああん?」
宮城の質問に、斎藤は首をかしげ、すぐにハッと思い至る。
「おお、そうだ。デートとは何か、を考えていたんだ」
「そうそう、忘れちゃダメだよ。大事なことだからね」
「そうだな、思い出させてくれてありがとよ」
「どういたしまして。もう忘れないでね」
「おう」
二人は小学校を出ると、次は北へ向かった。テクテクと黙って歩くこと一分。
「ねえ、斎藤くんは、どんな小学生だったの?」
「なんだよ、突然」
「黙って歩くのも退屈だな、と思って」
「あー……別にごく普通の小学生だったと思うぞ?」
「なるほど。じゃ、いつから普通じゃなくなったの?」
「俺は今でも普通だぞ?」
「いやいや、それは賛同しかねます」
宮城は実に楽しそうに笑う。何が楽しいのか、と斎藤は呆れる。
「私はねえ、退屈が大嫌い。小学生のころからね」
どう答えようかと考えていたら、待ちきれなかったのか、宮城の方から話し始めた。
「今もそう。だから、目的もなく散歩をするのは好きじゃないの」
「だから迷い犬探ししてるのか?」
「そ。でも散歩って、目的もなくするから散歩なんだよねえ」
「まあ、そうかもな」
「では、今私がしていることは、散歩でしょうか? そうじゃないとしたら、何でしょう?」
「はあ……お前、何が言いたいわけ?」
「なんでしょうねー」
宮城はやっぱり楽しそうだった。わけがわからんなあ、と斎藤はやっぱり呆れる。
「よくわからんが、楽しそうだな、お前」
「うん、楽しい」
「ま、それならいいけどよ」
「斎藤くんは、やっぱつまらない?」
「いや、お前と遊ぶのは、基本楽しいからな」
「……ほえ?」
斎藤が素直な気持ちを伝えたら、宮城が素っ頓狂な声を上げた。
「え、ええと……あの、そうなの?」
「おう。お前っておもしれえと思うよ。俺、結構お前好きだぜ」
「ふぇっ!?」
宮城がさらに素っ頓狂な声を上げ、「ち、ちょっと待って、そんないきなり」とそっぽを向いてしまう。
何か変なことを言ってしまっただろうか、と少々焦る斎藤。
しかし待てと言われたので、待つしかない。
「あー、うん、よし、よしよし、オーケー、私、いくぞ、おー!」
待っていたら宮城が何やら気合を入れ始めた。何が始まるのだろうか、と身構える斎藤。
「ええと、斎藤くん。この際だから……私も思い切って言うけど」
「おう、なんだ?」
宮城が何か重大な決意を秘めた目で斎藤を見た。
謎の殺気が宮城から立ち上り、思わず身構える斎藤。あれ、ひょっとして俺殺されるのか、こいつなら一撃で俺を殺せるよな、やべえ俺こいつの間合いの中だ、弟よ元気で生きてくれ、と斎藤が思わず死を覚悟したほどの迫力だ。
「あ、あのね、私も実は……」
「ぐうぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜っ」
宮城が口を開いた、まさにその時、斎藤のお腹が盛大に鳴った。
それは十秒以上も鳴り響き、最後に「きゅるきゅるっ」というエコーまで残して消えていく。
「あー、すまねえ。そういや今日、朝飯食ってねえや」
斎藤はポリポリと頭を掻く。宮城はがっくりと肩を落とし、盛大にため息をついてから斎藤を見上げた。
「……ねえ、狙ってやった?」
「できるか、んなこと」
「斎藤くんならできそうな気がするけど」
「できねーよ。しっかし、腹減ったな」
「そうね……もう一時だしね」
時計を確認した宮城は「しょうがない」とため息をつき、ぱんぱん、と自分の頬を叩いた。
「どした?」
「気を取り直しただけ。気にしないで」
「わかった。気にしない」
「……それはそれでムカつく」
「なんで!? 俺どうすりゃいいの!?」
「あー、もういいから。一旦休憩しよ。ランチしながら次の手を考えよう」
「おう、いいぜ」
しかし宮城は何を言おうとしたのだろうか。
斎藤はちょっと考えてみたが、さっぱりわからなかったので、考えるのをやめた。