王子様編-その5
王子様・亮二。
斎藤の弟は、小学校でそう呼ばれている。上は六年生から下は一年生まで、彼を知らない児童はおらず、男女を問わずいつもたくさんの友人に囲まれて過ごしているという。
ちなみに、本日の遊び相手が女の子ばかりなのはたまたまらしい。ちゃんと男の子とも遊んでいる、とは亮二を溺愛する兄の証言だ。
「いやー、亮二は体が弱いから、いつも誰かが一緒にいてくれるのはありがたいよな」
亮二の兄、斎藤和一の言葉に、小学生ズは「まかせてー」と元気よく手を振った。
ちなみに、あれからどうなったかというと。
「歩いて帰る」と言う亮二を女の子たちは決して許さず、やむなく宮城が斎藤に電話をして迎えにきてもらった。その後、「お礼するからうちに来いよ」と誘われ、小学生ズ全員と一緒に斎藤の家に来た次第である。
「ふわー、斎藤くんの家、お屋敷だね」
当然、高田もついて来た。住人である斎藤が誘っている以上、宮城に帰れという権利はない。
「宮城にはお世話になりっぱなしだな。この前は肉じゃが作ってもらったしよ」
「あれ、とっても美味しかったです。ありがとうございました」
「ど……どういたしまして」
斎藤兄弟の言葉に、小学生ズがニヤニヤ笑い、高田が「ふうん、肉じゃが作ってあげたんだ」と目を細める。
宮城は斎藤の彼女。
亮二が言い放った言葉を、宮城は全身全霊で否定した。
「た、ただの仲のいいクラスメイト。彼女とかじゃないから! ほんとだから!」
顔を真っ赤にし、しどろもどろになって主張する宮城を、小学生ズは「あーそういうこと」と納得顔で、高田は「それでいいなら構わないけど」と呆れ顔で、そして亮二は「兄ちゃん、なにやってんの」と同情顔で見つめ、それ以上は何も言わなかった。
「しっかし弟くん、モテモテだね」
十三人の女の子に囲まれて楽しく笑っている亮二を見て、高田がクッキーをサクリとかじる。
ちなみにこのクッキーが、斎藤が弟と交わした約束の正体だ。「おいしいクッキーが食べたい」という弟のために、家政婦にレシピを教えてもらい、斎藤が作ったという。軽い食感でなかなか美味。包丁の握り方も知らなかった斎藤がここまでのクオリティで仕上げるとは、弟への愛の重さは相変わらずのようだ。
「俺がモテない分もモテてる、て感じだろ? すげえよな、亮二は!」
「……それでいいんだ」
「いいんじゃね? 俺を好きになる女子なんていないしな!」
ケラケラ笑う斎藤を見て、小学生ズが同情した眼差しを宮城に向けてくれた。高田もため息をつき、宮城に優しい声をかけてくる。
「宮城さん」
「なに」
「がんばろうね」
「……うるさい、だまれ」
おやつを食べながら五時過ぎまで遊んだのち、小学生たちは解散、宮城と高田は片付けを手伝って斎藤家を後にした。
「いやー、楽しかったねー。斎藤くんの意外な面を見れちゃった」
「そうだね」
骸骨顔のバリバリヤンキー。そんな風貌だというのに、斎藤は小学生ズには人気者だった。遊んで遊んで、とまとわりつかれ、困り顔になりながらも根気よく付き合ってやっていた。なんというか、面倒見の良い男だ。保育士とか向いてるのかもしれない。
「あんた、男見る目あるじゃん」
「は? なんのこと?」
「まったくもう」
不機嫌な宮城の声に、高田は呆れて肩をすくめる。
まもなく高田の家に着いた。礼を言う高田に「それじゃ」と踵を返した宮城だが、すぐに高田に呼び止められた。
「なに?」
「一ヶ月待ってあげるから」
「……なにを?」
「一ヶ月経ったら、私、本気で狙いに行くからね。取られなくなかったら、さっさと告っちゃいなさい」
宮城が何も言い返せないでいるうちに、高田は「じゃね」と家に入ってしまった。
「……好き勝手言うな」
ぽつり、と宮城はつぶやいた。
弟命、の斎藤。すべてが弟最優先で、自分の事は後回し。その上、自分の容姿では女子に好いてもらえるはずがないと思い込んでいるのか、宮城のアピールに一切気づく様子がない。
はっきり言わないと伝わらない、それはもう十分わかっている。
だけどそれが、宮城は怖くてたまらない。
──男女に告られても迷惑だっつーの。
斎藤はあの男の子とは違う。
それはわかっている。よくわかっているが。
怖いものは、怖いのだった。




