平日の朝編-その5
高田沙奈江は、中学を卒業する少し前からアイドル活動をしていた。いわゆる地下アイドル、もしくはライブアイドルというやつだが、そこそこ人気があったらしい。
しかし、活動方針をめぐるイザコザから他のメンバーや事務所と衝突、いわれのない誹謗中傷を受けてメンバーを外され、この春に事実上クビになったそうだ。
そのイザコザはファンの間でも噂になっていたらしく、高田がクビになった直後からファンと事務所が衝突し続けていたのだが、そんなファンの一人が暴走し、高田をメンバーに戻そうと学校へ乗り込んできたというわけだ。
「なるほど」
事件の翌日は休校となり、次に斎藤と宮城が登校したのは二日後だった。いつも通りの朝、学校への道をてくてく歩きながら、斎藤は宮城が教えてくれた顛末にうなずいた。
「迷惑な話だよねえ」
「まったくだ。いらん疑いかけられるし」
宮城が男を叩きのめした直後、駆けつけた警察、教師にしょっぴかれたのはなんと斎藤である。不良同士の抗争、と決めつけられ、斎藤が疑われたのだ。相手はオッサンだというのに、なぜ不良同士の抗争と考えられたのかは謎だ。
宮城が抗議し、高田が名乗り出ることで斎藤はすぐに解放されたが、気分がいいものではない。やはりその風貌が第一印象に大きく影響しているのだろう。
「斎藤くん、ここはちょっとイメチェンしてみたら?」
「俺が? どんなふうに?」
「ええと……」
絶句し、腕を組み、天を仰ぐ宮城。「うむ、それが答えだな」と斎藤はゲラゲラ笑う。
「俺は俺だ。誤解されてもいいとは言わねえけどよ、周りに媚びる気はねえよ」
「……かっこいいこと言うじゃん」
「だろ? 惚れるなよ?」
「……あほ」
こいつはこれがうまい冗談だとでも思っているのか、とモゴモゴつぶやく宮城。しかしそんな宮城に斎藤は気づかない。
だが、別のことには気付いた。
「お? あーなるほど、そういうことか!」
「なに、どしたの?」
突然声を上げた斎藤に宮城が驚くと、斎藤が「いやな」と笑う。
「おとといの朝、学校行く途中でなーんか違和感あったんだけどよ、理由がわかったぜ!」
「ふーん。なんだったの?」
「おう、お前がいなかった」
「へ?」
家を出て十分ほど歩いた頃に宮城と合流、そのままバカ話をしながら学校へ行く。
それが二年生になってから毎日繰り返されている、朝の登校風景だった。斎藤は宮城と別に約束をしているわけではないのだが、偶然会うことが続くうちに、なんとなく一緒に行くのが普通になっていた。
「おとといは、お前寝坊して遅れたろ? 駅前を通る時に一人だったから、ちょっとさびしかったんだな、俺」
「わ……私がいなくて、さびしかったんだ」
「おう、お前とバカ話しながら登校するのは、俺の日常になってる、てことだな」
いやー、謎が解けてよかった、と笑う斎藤。そんな斎藤の横で、宮城はゆでダコのように真っ赤になりつつも……嬉しくてたまらない、という顔をしていた。
「ん、どうした? 顔赤いぞ?」
「な……なんでもない……」
「お、そうだ宮城。よかったらID交換しねえ?」
「ふ……ふえっ!? なに、突然!」
「いやー、昨日みたいに遅刻するとき連絡入れといてくれたらよ、こっちも心配しなくて済むだろ?」
「い、いや、それは、その……それってさ、まるで……」
「あ、やっぱ迷惑か? まあ、無理にとは言わねえけど」
「い、いえいえっ、ぜひにも! その、あの、妙な心配かけちゃ悪いし!」
「よし、それじゃさっそく」
「それ、私もお願いしていいかな?」
不意に、二人の背後から一人の女生徒が声をかけてきた。
二人が驚いて振り返ると、長い黒髪をたなびかせたザ・美少女、高田沙奈江が満面の笑顔を浮かべて立っていた。
「お、高田じゃねえか」
「おっはよ、斎藤くん、宮城さん。おとといは助けてくれてありがとね」
「まあ、助けたのは宮城だけどよ」
「んー、でも斎藤くんが、私のために立ち向かってくれなかったら、宮城さんは間に合わなかったしね」
「私のために」を妙に協調して言うと、高田はとびきりの笑顔でウィンクし、斎藤の隣に並んだ。
斎藤の両隣に二人の女の子。まさに両手に花の斎藤に、「むむむ」と宮城は複雑な顔になり、高田は「ふふん」と笑う。
「あ、もちろん宮城さんにも感謝してるよ。噂には聞いてたけど、ほんっと強いのね、ちょっと尊敬しちゃった」
「そりゃどうも」
高田の言葉に、ますます複雑な顔になる宮城。なにが楽しいのか、高田はくすくすと笑いながら、軽い足取りで二人の前に出る。
「二人にはちゃんとお礼したいけど、ちょっと今バタバタしててね。改めて連絡するから、ID交換、お願いします♪」
「おー、まあいいけどよ。お礼とか、別にいらんぞ?」
「そうもいかないって。私の気も治まらないし」
「んじゃま……」
「あーっと、私が先ってのは悪いから。宮城さんからどうぞ♪」
「は? 順番なんて関係ないだろ?」
「いやいや、女の子には大事なことだよ。ね、宮城さん」
「そうなのか?」
高田に言われて宮城に確認する斎藤。しかし宮城はなにやら不機嫌そうな顔で黙りこくっている。
「ほらほら、早く宮城さんと交換してあげて」
「お、おう」
斎藤は首をかしげながらも宮城とIDを交換、それから高田と交換した。
「ありがと。じゃ私、職員室に呼ばれてるんで先に行くね!」
「おう、またあとでな」
朗らかに手を振って走り去る高田を、やはり手を振って見送る斎藤。
「……よかったね、美少女とID交換できて」
そして妙に不機嫌な宮城。
「お前、なに怒ってるの?」
「別に、なんでもない」
宮城は口をとがらせ、ぷい、と斎藤から目を背けた。わけわからん、と頭をかきつつスマホをポケットに入れる斎藤。
同じくスマホをカバンにしまおうとした宮城だが、カバンを開けたところでスマホが鳴り、メッセージが届いたことを知らせた。
嫌な予感がしつつも、メッセージを確認する宮城。
「……こっ……コノヤロウ」
「あん? どうした?」
「なんでもない!」
ほんの数分前までの浮かれた気持ちは吹き飛び、宮城はメラメラと怒りを募らせる。
宮城を怒らせたメッセージの送り主は、先ほど別れたばかりの高田沙奈江。
そしてそのメッセージとは。
『ID交換の一番は譲ってあげたけど、女としての一番は譲らないからね』
宮城早苗、十七歳。
生まれて初めて、恋のライバルができた瞬間であった。




