平日の朝編-その4
「なんだ、お前は……」
勢いよく教室に飛び込んできた宮城に驚いていた男だが、我に返り、どすの利いた声を出した。
「さては……お前も、さなえちゃんの未来を邪魔する奴かぁっ!」
男は斎藤に向けていたアーミーナイフを宮城へ向け、「なら、まずはお前から殺してやる!」とわめいた。
その瞬間。
宮城の細胞レベルにまで叩き込まれた、武道家のスイッチが入った。
ナイフとともに向けられた殺気に対し、宮城の心身は即座に戦闘態勢に入る。目にも留まらぬ速さで肩にかけていたカバンを床へ落とすと、男がナイフを振りかぶると同時に前に倒れ込むように床を蹴った。
縮地法。
古武道で使う移動方法で、宮城は一瞬で間合いを詰めた。男には、まばたきをした瞬間に宮城の姿が消え、目の前に立っていたように見えただろう。
「なっ、なっ!?」
いきなり懐に入られた男は、恐怖に悲鳴を上げ、振りかぶったナイフを宮城の頭に向かって降り下ろそうとした。
だが、できなかった。
ナイフが振り下ろされるより早く、宮城の右足が垂直に跳ね上がった。宮城の足が男の顎を蹴り抜き、ゴキリ、という嫌な音が響く。顎を蹴り砕かれた男は悲鳴をあげることすらできず、痛みに悶絶しつつ宙を舞った。
「せい……やぁっ!」
裂帛の気合いとともに宮城が床を蹴って飛び上がり、男が床に落ちる前にとどめの回転蹴りを叩き込んだ。針金のような体の男は軽々と吹き飛ばされ、突っ立ったままの高田に向かって飛んだ。
「ひっ……」
引きつった声をあげるだけで、避けようとしない高田。恐怖で体がすくみ、頭が真っ白になって動くことができなかった。
「高田ぁっ!」
そんな高田に向かって斎藤が猛然とダッシュした。いくつもある机を跳ね飛ばしながら突進し、今にも男と激突しそうな高田に飛びついた。
「きゃっ!」
斎藤の腕の中で高田が悲鳴をあげた。斎藤はそのまま高田を床に押し倒す。斎藤のほんの数センチ上を宮城が蹴り飛ばした男が通過し、ガツン、と大きな音を立てて壁に激突。男は短いうめき声をあげてそのまま気を失った。
「あ、あっぶねえ……」
あのまま突っ立っていたら、高田は男と激突していただろう。男が壁に激突した勢いを考えると、華奢な高田は大ケガをしていたかもしれない。
「高田、ケガはないか?」
「う、うん……」
そうかよかった、とほっと息をついて、斎藤はハッとなった。
腕の中に感じるぬくもり。華奢で柔らかな感触。鼻をくすぐるシャンプーの香り。そして数センチ前にある整った美しい顔立ち。
ザ・美少女が、腕の中にいた。
何もかもが男とは違う。弟こそすべて、の斎藤ではあるが、十七歳の健康な男子だ。この状況には、さすがに少々ドギマギした。
「あ、ありがと……」
数センチの距離で見つめ合い、嫌がられるかと思ったら……予想外にもほんのりと顔を赤らめて礼を言われた。嫌がられることには慣れている斎藤ゆえに、真逆ともいえる反応にはどうしていいかわからない。
「斎藤くん……いつまで高田さんに抱きついてるわけ?」
惚けて頭が真っ白になった斎藤に、過去最高に不機嫌な宮城の声が落ちてきた。
斎藤は「うげっ」とうめき、これまた過去最高の冷や汗をかきながら慌てて高田から離れた。
「い、いやまて、これは不可抗力だ! やむにやまれぬ緊急事態だ!」
なぜだか全力で宮城に言い訳をしなくてはいけない気分になり、斎藤は土下座せんばかりの勢いで「不可抗力だ、わざとじゃない」と繰り返した。
そのまま高田などそっちのけで口喧嘩を始める斎藤と宮城。
高田は、いきなり始まった口喧嘩にしばらく呆然としていたが。
「……へえ、そゆこと」
不意に全てを理解した顔になると、「さて、どうしたものかな♪」と楽しそうにほくそ笑むのだった。




