平日の朝編-その3
宮城早苗、十七際、女、彼氏なし歴=年齢、ただし告白されたことはあり、は朝が苦手である。
「ふぎゃっ!」
そんな彼女が、午前四時という時間に、とんでもない夢を見て飛び起きた。
「な……な……あわっ、あわわわっ……」
急いで枕元の電気をつけ、宮城は全身をチェック。下着はもちろん、パジャマの上下ともしっかり着たまま、ボタンの一つだって外れていない。気づかないうちに脱がされてもう一度着せられた、そんなことも勘ぐったが、もちろんそんな痕跡も一切ない。
確認してホッとした宮城。しかし、今度は猛烈に恥ずかしくなって顔を真っ赤に染めた。
「わ、私ってば何て夢を……あうう、あううう……」
宮城は頭を抱え、のたうち回った。寝る前に読んだ漫画がいけなかった。数年前に一人暮らしを始めた姉が置いていった漫画だが、アダルティな大人の女性向けであり、男の子と付き合ったことすらない宮城には、かなり刺激的な内容だった。
「う、うう……斎藤くんのスケベぇ……乙女に何てことしやがるぅ……」
ドキドキしてすっかり目が冴えてしまったが、起きるにはまだ早い。宮城はもう一度寝ようと思ったが、あまりにリアルな夢の内容を思い出し、何度も悶えて転げまわった。そんな時間が二時間ほど続き、外が明るくなり出した午前六時ごろ、宮城は急激な睡魔に襲われてまた眠ってしまった。
そして、母親に叩き起こされたのが、午前八時である。
「うっそぉっ!」
宮城はベッドから飛び起き、大急ぎで着替えて家を出た。宮城の家から学校までは普通に歩けば十五分ほど。しかし家を出たのが八時十五分だ、歩いていては間に合わない。
家から駅へ向かう道を全速力でダッシュ、そこから右に折れ、住宅街を突っ走る。すでに登校する生徒もまばらであり、このままでは完全に遅刻だ。
「ええい、こうなったら!」
宮城は、よし、と気合を入れると、いつもはまっすぐに進む道を左に折れた。その先は神社があって行き止まり。遅刻しそうなのにいったい何を、と首をかしげるところだが、そこには宮城なら行ける近道があった。
「とりゃっ!」
神社のお社の裏に回り、軽やかな身のこなしでフェンスを飛び越える。その先は手入れも不十分な雑木林だが、宮城は一瞬でルートを見定め、トトトンッ、と軽やかに木に登って枝から枝へと飛び移っていった。
これこそ母直伝の木登り技を応用した、対遅刻用最終超絶ショートカット。
宮城の身体能力があってこそのルートであり、良い子は決して真似してはいけない。この近道により、通常なら五分はかかるところを一分で踏破。そのまま学校の塀に飛び移り、平均台より細い塀の上をほぼ全力疾走。最後に校舎裏手の大きな木の枝に飛び移り、するすると降りて着地を決めた。
「ん?」
宮城が着地したときに、上の階から悲鳴が聞こえた。何やら騒がしい。なんだろう、と首をかしげながらも、あと二分で予鈴が鳴ると気づき慌てて下駄箱へと走った。
小学生の頃から「走ってはいけない」と言われ続けている廊下を疾風となって駆け抜け、四階までの階段を十秒足らずで登り切る。さすがに息が乱れてきたが、二年一組の教室はすぐ目の前。
「よっしゃ、セーフ!」
ガラリ、と扉を開けて飛び込むと同時に予鈴が鳴った。「なんとか間に合った」と肩で息をしながら顔を上げ、しかしそこで目にした光景に眉をひそめた。
夢の中でフトドキでケシカランことをしてくれた斎藤が、高校生のコスプレをしたオッサンと向き合っていた。それぞれの手には、分厚い世界史の教科書と物々しいアーミーナイフ。さらに二人の向こう側には、長い黒髪をたなびかせた美少女、宮城と同じ名前の高田沙奈江が、青ざめた顔を引きつらせて立っていた。
「は?」
予想もしなかった光景に、宮城の思考が追いつかない。宮城が遅刻を免れるため全力を尽くしていたときに、ここではいったい何が起こっていたのだろうか。
「……斎藤くん、何してるの?」
考えてもわからなかったので、宮城はとりあえず斎藤に聞いてみた。
しかし、斎藤はちらりと宮城を見ただけで答えてくれず、どうしたものか、と宮城は途方にくれた。




