迷い犬編-その1
五月半ばの、よく晴れた日曜日。
斎藤和一、十七歳、男、女性との交際歴なし、は、とある公園の池のほとりで、腕を組んでウンウンと唸っていた。
「おりょっ、斎藤くん」
そんな彼に声をかけてくる者がいた。
彼が「あん?」とねめつけるように声の主を見上げると、七分袖のシャツにGパンという、まことにラフな格好の少女が立っていた。よく見れば、同じクラスの女子生徒、宮城早苗である。
「そんなに睨まなくてもいいじゃん」
「ああん? なんだ、宮城か」
やたらと背が高いくせにひょろひょろとした体型の彼は、風貌がまるで骸骨。しかも初夏だというのに黒いシャツに黒いジーンズという黒ずくめ。そんな真っ黒骸骨に天然パーマで赤みがかった髪が乗っかっていれば、誰もがビビるヤンキー少年のでき上がり。しかも近視なので目つきも悪く、宮城を見る目には異様に力が入っていた。
「悪いな、メガネ修理中なんだ」
「予備のメガネぐらい持ちなよ」
「予備も含めて修理中なんだよ」
「なに、また不良に絡まれた?」
「まあな。まったく、めんどくせえ」
見てくれにふさわしく、彼は腕っ節も強い。何か武道をやっていたわけではなく、やたらと売られるケンカに必死で対応していたら強くなっただけである。望んで強くなったわけではないが、今では誰もが一歩距離を置く大物不良として認識され、事実上彼がこの一帯のボスだった。
そんな彼にビビることなく話しかけてくる女の子は、世界広しといえども彼女くらいだろう。
十七歳女子のごく平均的な体型に、クリクリとした目の女の子。なかなかに可愛いが、この見た目に騙されてはいけない。抜群の身体能力を生かした戦闘力はかなりのもので、彼女を強引に恋人にしてアレやコレやをしようとした名高い不良グループのリーダーは、ボコボコに伸されてこの町から逃げていった。なんでも彼女の母親が古武道の使い手で、彼女も小さい頃から護身術としてそれを習っていたらしい。
まあ、護身術というレベルはとっくに超えているのだが。
「ここで何してるの? メガネしてないあんたは、迷惑防止条例違反だよ」
「お前、ひどいな」
だが事実として、彼を中心とした半径三十メートルには人がいなかった。そのあまりに異様で迫力ある風貌に、誰もが彼を避けてしまうのだ。
「実は、弟に質問されてなあ」
「亮二くんに?」
彼の弟、斎藤亮二は、現在九歳。彼と同じ遺伝子を有しているとは思えない、色白で華奢な「あんた天使か!」と叫びたくなるぐらいカワイイ美少年だ。難点といえば、少々体が虚弱なことだろう。
この兄は、そんな弟のことを溺愛している。どれぐらい溺愛しているかというと、弟の喘息が悪化して一年休学することになったとき、弟に付き添うため自分も休学したいと言い出すぐらいだ。
弟への愛が重い、少々困った兄である。
「何を聞かれてるの?」
「デートってどんなものか、だとさ」
「デート?」
「クラスの女の子に、デートしようと誘われたんだってよ」
「ふーん。ま、あの子モテそうだしね」
色白で華奢な、さらには病弱な美少年。その儚げな雰囲気と柔らかい物腰はまさに王子様。あんな美少年、女の子のほうが放っておかないだろう。
「誘われた以上、ちゃんとデートをして相手を楽しませたい、だから教えてくれ、て言われたんだよ」
「それ、質問する相手が間違ってるね。詳しそうな人、紹介しようか?」
「で、ここってデートスポットだろ? だから、見てれば何かわかるかなあ、と思ってな」
彼女のツッコミは見事にスルーされた。この男、弟に頼まれたことは自分でやらないと気がすまないらしい。本当に、愛が重い。
「そっかー。あんた、相変わらずバカだねー」
「ああん?」
「その口癖もやめなって」
彼の「ああん?」は「誰だてめえ?」とか「文句あるのか?」という言葉の接頭語ではなく、「ええと」とか「そうなの?」という意味で使われる。誤解を招くから改めろ、と彼女は何度も言っているのだが、もはや染み付いてしまっているようで、なかなか改まらなかった。
「ま、ここにいてもわからないと思うよ」
「んじゃ、どうするんだよ?」
「そうねえ……とりあえず」
彼女は手に持っていたチラシを彼に見せた。
「暇そうだし、ちょっと手伝ってよ」
彼女が見せた一枚のチラシ。
それは「迷い犬を探しています」と書かれた、探し人ならぬ探し犬のチラシだった。




