第一部 第二篇「悲劇の汽笛」
名家の晩餐会である新聞記者が出会ったのは謎の紳士。
憑りつかれたかのように紳士の屋敷に吸い込まれた私は
名家の隠された秘密を知ることとなる。
ここで語る内容は公にできないと彼は言うが、私はこうして手記に認めている。
彼はそのことを嫌がる様子もなく、また認める様子もない。
ただ、静かに語りだすのである。
《竹馬の友》
あの名家には二人のご子息の他にジョンという方がおられました。ちょうど私とジョンは同い年であり、我が家はあの名家に臣従する立場ではありますが、そのような身分の違いを越えて幼い頃より懇意にさせていだだきました。 私は身分でこそ彼に劣っていたため、その他の部分で勝とうと躍起になっておりましたが、彼は常に優秀でした。頭もよく体力もあり、人望もあったのです。そのため18歳にして高等学校を卒業され、国内の最高学府たる名門大学に進学され主席を取られるまでに至ったのです。才色兼備を体現したかのような御方であり、学生生活は常に充実していたはずでした。ただ、彼は私に口癖として「寂しい」とばかり呟いておりました。私はそれが不思議でならなかった。私からすれば、地位も能力も外見も、全てを手に入れ成功への道が用意されている何とも羨ましい存在でしたからね。私も自分の夢に向かって邁進している何とも輝かしい時期でした。
《出路》
卒業式間近には、彼はずっと希望していた外務省に就職が決まり、私もまた希望通りに国家保安局への就職が決定したのです。 卒業式の日には、お互い歩む道は違えども必ず立身出世して高みを目指そうと約束させていただきました。 ただ、彼は着任していきなり隣国への大使館勤務が決定したのです。私は彼と離れ離れになってはまた彼の悪い癖が出るのではないかと危惧しておりましたが、彼は不安よりも期待を胸に隣国へ旅立つ支度をしておりました。 ー寂しくなったらまたいつでも帰ってくればいいー
出発のその日、駅には彼のご家族と私、多くの従者たちが見送りに来ておりました。 「元気でな…」 「ああ、また連絡する…」 彼と交わした会話はこれだけです。 彼は私と抱擁を交わし、特急列車に乗り込まれました。 アナウンスが鳴り、特急列車はゆっくり動き出し、彼は窓を開け手を振っておりましたが、その姿がだんだん小さくなっていきました。それは私と彼の中に渦巻く期待、いや不安が大きくなっていくのとはまさに対照的でしたでしょう。
《訃報》
私の不安はまさに現実のものとなりました。彼の赴任していた大使館で不幸が起きたのです。彼との別れの1年後に、その街で暴動が起こり、我が国の領事館は全焼しました。あなたも記者でしたらこの件はご存知でしょう。
ー隣国で労働者たちが暴動を起こし、隣国王家の人間や貴族たちを惨殺したという事件ですか。確か16年前くらいでしたね。あの事件では他国の領事館もかなり襲われたみたいですが、あの時は我が国の領事館の被害だけは有耶無耶にされていた記憶があるのですがー
その時、我が国の領事館からは身元不明の男女の死体が発見されました。無論、焼死体であるためはっきりと誰であるかは分かりませんでしたが我が国から派遣された捜査担当者は直ぐにこれを隣国王家のお嬢様であると断定し、そして我々のもとにこの上なく悲しい知らせを届けてきたのです。
ーあの男性の遺体はジョン=ランカスターなる邦人であるとー
我々はこの訃報を受け取るやいなや深い悲しみに包まれました。あの家の中で最も明るく気丈に振る舞われていた彼だからこそご家族の悲しみは想像するに耐え難いものだったでしょう。私も暫くは親友を失った悲しみに打ちひしがれ、仕事にも身が入らずに自宅での療養を勧められるまでに追い詰められました。
そう、あの世間を恐怖に陥れた忌まわしき悪魔が現れるまでは。
雨は一層強くなってった。
外の陰湿な空気を嫌い、紳士はカーテンを閉めた。
部屋の灯も頼りなく、異様な幻想が私たちを包んだ。
その美しさは不気味な輝きを放っている。
彼との長い夜はまだ続く。