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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ひどい話、またの名は繁栄(三十と一夜の短篇第45回)

作者: 実茂 譲

 十二歳のアレックスは生まれつき足が癒着していた。

 太腿も脛も二本あるのに足だけが足首と踵と親指で一つに癒着し、土踏まずがなかった。アレックスは一本足の化け物みたいにぴょんぴょん飛ばなければならなかった。当時、病院にいた外科医で彼の足を二つに分離することのできるものはおらず、国にもおらず、世界にもいなかった。それだけならば、まだ救いもあるが、二か月か三か月に一度、くっついた足が二つに分離しようとして物凄い力が発生する。肉や皮膚がちぎれかけ、骨が軋み、途方もない痛みに襲われ涙を汗のように流すアレックスにできることは専用の万力で足を両側から挟んで締め付けることくらいだったが、それもまた苦痛に満ちた治療であり、また完全な回復からは程遠いものであった。



 その日、ついにまちに地下鉄が開通し、燕尾服にシルクハットの市長が鋳鉄細工の美しい地下鉄の門のテープをカットした。七色の風船が飛んでいき、花火がぽんぽんとなった。まちの人々はその地下鉄がよそのどこのまちにも見られない立派なものだったので、誇らしげだった。地下鉄の駅には磨かれた真鍮の改札や大理石のプラットホーム、あつあつの牡蠣を売る小さな店があり、駅員は本物の軍服よりもずっとかっこいい制服を着ていたが、何より誇らしいのは国で一番の工場に特注した車両だった。五両の列車は遠い南の国でしか生えない美しい大樹でできており、それを辛抱強く磨いていくと、とてもきれいな赤が出る。赤く艶やかな高級木材でできた列車を誇りに思わないものがいれば、まちの人々は怒り狂ってその皮肉屋を文字通り八つ裂きにしかねなかった。



††

 十三歳のスーザンは直径五十センチの円の上をぐるぐると走るのだが、疲れ果て、めまいで立てず、食べたものを吐きだしても、まだスーザンはぐるぐる走るのだが、それが彼女にとって辛いことであるのは間違いなかった。走っているあいだ、彼女は辛くて辛くて、大粒の涙をぽろぽろこぼしていたからだ。だが、どうあっても走り回るのをやめないので病院のベッドにゴムベルトで縛りつけたことがあったが、スーザンは血が噴くまで歯を食いしばり、頭をふりまわした。一度などベッドの鉄枠に頭がぶつかって頭蓋骨にヒビが入ったことがあった。医師たちはまた消耗すると分かっていながらも、スーザンを縛りつけるゴムベルトを外すしかなかった。



$$

 ウィンバー氏はのちに彼に巨万の富をもたらすことになる食料保存法を思いついたのだが、それは桃やサバなどのいたみやすい食べ物でも二十年はもつという技術だった。食べ物を入れた特殊な壜を彼の発明した機械で密封するのだが、その仕組みは秘密だった。まちのなかの雑貨屋ではウィンバー壜に入ったピクルスや唐辛子とトマトのスープ、頭をおとしたニシンが見られるようになり、人々はますます便利で快適になっていく生活を前にどうあったって楽観的にならざるを得なかった。



†††

 八歳のピーターは皮膚がざりっとざらつき、鱗のように逆立つ奇病に侵されていた。皮膚が鱗と化した四肢は石のように硬直化し、ピーターの意志をまったく受けつけなくなっていた。この不思議な病気はどうやら血管を経由しているらしいと知るや医師たちはピーターの残りの体を救うべく、鱗と化した手を切り落とした。だが、切り落とした断面が快癒するより先に前腕の皮膚が逆立ち、くすんだ色の鱗となっていくと、今度は肘から先を切断しなければならなかった。その後、どうなったか理解するのに特別なカンの良さは必要ないだろう。今ではピーターの腕と脚は付け根から切り取られていた。もし、あの病気がこれでもまだ進行するなら、次はどこを切断しなければいけないか、理解するのに特別なカンの良さは必要ないだろう。



$$$

 我が国初の飛行部隊となる第一飛行連隊がまちに本拠地を置くと、飛行機熱が市内で起こった。社交界では飛行機ダンスが流行り、子どもたちはねじったゴムを動力にする飛行機のおもちゃに夢中になり、雑誌は飛行機特集となった。参謀本部は我が国が優秀な飛行部隊をもっていることを民衆に知らせるのは軍事的に大変好ましいと思い、飛行機ショーを開催した。吸い込まれそうな青い空を背景に複葉機のアクロバット飛行、模擬戦闘、巨大な爆撃機ともっと巨大な爆撃飛行船が観客の度肝を抜き、〈タウベ〉と呼ばれるある単葉機は観客席ギリギリまで高度を下げての低空飛行で突風を巻き起こして観客たちの頭からシルクハットや婦人用の麦藁帽を根こそぎ巻き上げてしまったため、どれが誰の帽子だか分からずわいわい騒ぐ人たちでショーはちょっとした混乱(でも、微笑ましい混乱)を経験した。



††††

 十歳の三つ子、チャーリーとレベッカとセオドアはごちゃまぜになっていた。

 三人はひどく歪にくっついていたが、それがうまれつきでないのは乳鉢みたいに白い皮膚に走るザクロ色の醜い縫い痕の継ぎ目で分かる。誰がこんな医学的には高度だが倫理的には退廃した外科手術をしたのか分からないが、病院が調べて推測する限り、犯人は世界最高水準の外科医であり、世界最高水準の医療施設でこれを行ったに違いなかった。三つの意志は常にバラバラであり、巨大な不格好な肉の塊はいつも左右によろよろと揺れていた。食事についてはチャーリーとレベッカはかろうじてフォークとナイフを使って食べることができたが、セオドアは無理だった。

 施術者がなぜセオドアの口だけをこんなふうにしたのか、病院の医師たちにはさっぱり見当がつかなかった。



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 まちの新しい公共サービスの一覧。

 孤児院。農民銀行。週末読書推進週間。いっぱい食べよう運動。紳士淑女向け海水浴場。アスファルト舗装の道路。鉄道デー。国立作業場。市電改修工事。退役軍人基金。低所得者向け住宅銀行。汚職追放キャンペーン。商業学校。子だくさん家庭表彰運動。市立動物園。旅人ホテル。街灯の電気化。タイピスト養成学校。法律相談施設。無料予防接種。市立菜園。ボーリングクラブ。浄水場。子ども病院。

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― 新着の感想 ―
[一言] 無縁のところに皺寄せがゆく。 世のなかの縮図ですね。 ネット通販の送料無料とか時間指定、24時間営業。 便利さの裏側で......。
[良い点]  文明の発達の中で、公害があり、動物や人体を使用した実験がありました。文中に示されていなくても、何らかの因果関係があるのではないかしらと、ぞろりと不気味です。  ピーターの為に、チャーリー…
[一言] いつも楽しく拝読してますすごいインパクトー、全然ワカラナイ難しすぎて(ありゃ)もるだーあなた疲れてるのよ→着想がぶっとんでいるそうだ。一連ごとの画像、お見事なもんでございますね正月早々見世物…
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