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変異者──menger  ヒーロー先輩と変異者後輩  作者: しゅれねこ
第一章 ヒーローと変異者
6/15

6 青に黒を差す

scp-8900-EXってよくできてますよね……どうやったらあんな発想出来るんだろ

 

 9月20日。


「私は残念でならない。由乃。本当に、残念に思うよ」


「どうしました先輩。可愛い後輩がお見舞いに来たっていうのに、今日も空は青いですよ」


「いや、……負けて入院しているくらいだし……ちょっと回りくどいことしようかと思って」


「確保も収容もされてませんしね、その犯人。……よくもまあぴったりなこと思いついたもんだ」


「………それもあったな」


「偶然かよ」


 ようやく一般病棟に移ったとかで一般人面会可能になった先輩の下へ見舞に行くや否やこのやり取りである。鋼メンタルかよ。少しは落ち込んでいてもいいだろうに。

 まあ、入院から一週間以上経ってるし復調していてもそりゃ可笑しくはないか。


「それで、天下の産巣サマはいつ頃復帰なされるんですか? あまり長い事姿見せないといろいろ言われるんじゃないですかね」


「元々……仕事少ないし、あと2週間、休みたい」


「そんなあと5分感覚で言われても…。あ、これお見舞いの果物です」


「いただきまーす」


「いきなり食うな」


 籠に入ったリンゴに早速手を出そうとしたので引っ込めると露骨に悲しそうな顔をしてこちらを見てくる。捨てられた猫みたいな目してこっちを見て来るんじゃない!


「おじゅ……お邪魔しましたか?」


 騒がしい病室のドアを恐る恐る開けてきたのは、研究員の五香さん。先輩にとっては裏方として働いてもらってる相棒であり、自分にとっては先輩の仕事がらみの話で仲介役をしてもらっている人だ。


 それはそうとして五香さんのこの噛み癖はどうにかならないものだろうか。先輩曰く仕事の時は気にならないそうだが、プライベートが入ると途端にこのザマだという。恐ろしいまでのスイッチの切り替えだ。こういう形で現れるという面も含めて。


「いえ、この食い意地だけは健康優良児の躾をしていただけなので」


「五香……、後輩が図に乗ってる」


「二人ともよくお似合いですよ。息ピッタリじゃないですか」


 お互いが相手に毒を吐いているものの、幼馴染として構築された一種の信頼関係の表れのようなものであくまで体裁だけであると五香は理解している。二人もそういうことを理解しているだろうと考えた上で言っているので、つまりは挨拶代わりのようなことである。


「由乃くん、これが大葉の診断書です。まあ、機密情報もあるからその辺は編集してありますけど、とりあえず期間とか必要な情報は揃ってるからよろしくお願いします」


「いえ、ありがとうございます。念のため欲しかっただけなので。……しかし、これだけの傷って一カ月で治っちゃうものなんですか? 素人目には結構重傷だと思うんですけど」


「その辺りはアイギスの医学薬学とか科学力が業界一位ぃ、ということでぼんやりと理解してください」


「要は先輩の治癒能力が案外優れていると」


「そういうことですね」


「おい」


 先輩が何か不満そうにこちらを見てくるが実際彼女の治癒能力は明らかに凄まじい。一時意識不明になるような怪我をした人が一週間ちょいで一般病棟に移って平然と歩き回るだと? それどころか搬送から一日ちょいで五香さんと会話が出来たと? 冗談も大概にしてくれと言いたくもなる。


 なんでも強化スーツを使用している人には時々見受けられることのようで、その中でも先輩は群を抜いてそれが強く出ているのだという。流石にドン引きだと担当医の方が話していた。医者を引かせる回復能力って何なんだ?


「あ、治療費の方は会社負担なので由乃くんは学業に専念してもらって大丈夫ですよ」


「何から何まですいません……」


「おいこら後輩。売店でミルクティー買ってきて。お釣りはいらないから」


 そう言って渡された一万円の紙幣。売店つーかここにあるのって自販機だけだったような。一万円使えないし、実質人払いみたいなものだなこれは。だからと言って何も買わずにいると十中八九後で襲ってくるので買い物はして来いと。人使いの荒い事この上ない。


「へいへい。とりあえず三十分くらいで戻ってきますよ」


「頼んだぞー」


 病室を出る間際五香さんがくすくすと笑っていたのが視界に入った。全く、あの人がいると調子が狂わされそうになるなあ……。







「出たなmonster……! こんなところでリベンジか!?」


「普通に買い出しだし、俺がいつ負けたんだ。テレート、他のお客さんに迷惑だから騒がしくするのは止めような」


「うっ……ごめんなさい……」


 先輩のおつかいに来たスーパーではこちらも買い出しに来ていたのかテレートが因縁吹っ掛けてきた。当然ながらこちらとしては良識ある対応をする。喧嘩早いテレートだが道理が通っていることには素直に従ってくれる。


 何にせよお互いに平和的に買い物に来たのでそれ以上の争いは避けた。だが、会話が止まったのでも話が進まなかったわけでもない。


「由乃、お前こういうところに来る奴だったんだな。もっと良いとこに行くと思ってた」


「テレートは俺のこと普通じゃないとしか思ってないだろ。ちゃんと一般庶民らしい生活を送ってますよ」


「……聞きたいんだけどさ、何で社長の誘い断ったの?」


 そう、あの日俺は天地さんの申し出を即答で断った。勿論その場のノリでなんて軽率な判断の下で決断したわけじゃない。確かにあの場面では断ることに相応のデメリットが生じるのは目に見えていた。下手をすればMandelbrotを敵に回しかねないかなり危ない選択であったのは確かだ。


 だが、同時に受け入れるということはつまり実質Mandelbrotの支配下に置かれたと同義であることが言外に示唆されていた。あの辺りの言い回しは天地さんがただのオッサンでなく権謀術数にも一家言ある人物であることが読み取れた。

 全く、人は見かけによらないとはよく言うもののここまでそれが如実に出る人は初めてだったから嫌な汗が滝のように流れていたのは秘密だ。


 巧妙な誘いには絶妙に仕掛けられた罠が張り巡らされ、進むも退くにも障害に立ち向かわなければならない状態だった。前門の虎後門の狼ってことだ。厭らしいことこの上ない。


 結局、あの場では妙手を繰り出さなければどっちにしろ詰んでいた。その材料が都合よくあったのは僥倖ではあったが。


「だから自分の情報を売ることにしたと?」


「まあ……あの状況でそれぐらいしかひっくり返すほどの価値があるものって無かったしな。流石に犯罪者の仲間入りをすぐに選べるほど心強くないし」


 いつの時代も情報ってのは上手く使えばどんな武器よりもどんな毒よりも相手を殺し得る最強の矛にも、相手の攻めを巧みに躱し損害を無くす盾にもなる。

 そしてその時自分が持っていた切ることのできる手札ではそれが一番高かったということだ。まあ、詳しいことはまだ決まってないし口約束だからあんまり安心は出来ないけどね。


「あんな厄介な能力だけじゃなくて頭もそれなりに回るって喧嘩売ってんの?」


「いや、これは完全に八つ当たりだろ!? 明らかに運が良かったって話じゃないか!?」


「ふん! 結局世の中才能なんだよ才能!」


「お、おい……」


 そっぽを向いて反対方向に走ろうとしたテレートだったが掃除直後だったのか、床を見事に滑り頭から地面と正面衝突しそうになる。頭に血が上っていたのだろうか、テレートも咄嗟に受け身が取れていない。不味いと思い駆け寄ろうとしたとき通りがかった男性が彼女を優しく抱きかかえた。


「おっと……君、大丈夫? 危ないよ?」


「Ah……、ありがとう、ございます…」


(でけえ……ムキムキだ…)


 その男性はスーツ姿にメガネとインテリっぽい見た目だが服越しにでも分かる筋骨隆々そうな体格と180はゆうにありそうな身長で、少々驚いた。

 しかし、結構な速さだったと思うのだがよく反応出来たな。しかも動きづらそうなスーツで、素晴らしい反射神経だと思う。


「おっと、申し訳ない。これから向かうところがあってね。失礼します」


「………」


「おーいテレート? 大丈夫か?」


「はっ!? な、何でもないし!?」


「─惚れたな?」


「ばっ! 馬鹿! 違う!!」


「いいよいいよ? 年頃だもんな。そういう気持ちは分からんでもない」


「ああああ!! ムカつく!!」


 そんな痴話喧嘩を繰り広げていた時、建物が大きく揺れ変異者の襲撃を告げるアラートが鳴り響いた。割れた窓ガラスからは空を飛び回る黒い影のようなものが見えた。


「おい……あれは」


「うちは関係ないわよ。間違いなく野良ね。あんたと同じよ」


「俺を犯罪者と同列に扱うのはちょっとなあ…」


 周囲は悲鳴、喧騒が乱れる人々の波が出入り口に殺到して自分たちの周りには既に誰もいなかった。周りからすれば窓から空を眺める変人二人に見えるのだろう。


「怪しまれないうちに出ますか」


「そうね」


 ──9月20日。空の日。


 今日も空は青い──ただし、黒が一点、差し込んでいた。


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