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変異者──menger  ヒーロー先輩と変異者後輩  作者: しゅれねこ
第一章 ヒーローと変異者
5/15

5 表と裏

 

「……すごい疲れた」


「おちゅ…お疲れ様、大葉。災難だったね」


 大葉と呼ばれた彼女の身体の各所には痛々しい傷とそれを隠すようにして包帯が巻かれていた。

 またしても噛んでしまったことに関してはいつものことなのでわざわざ指摘はしない。


「災難というか、変異者にここまで圧倒されたのは初めてだし怪我もここまで酷いのもなかったけど、一番厄介なのは上層部のお偉いさん方がなー」


「仕方ないですよ。看板娘が意識不明の重体で運ばれてきたら流石に山みたいに動じない海千山千の役員達も駆けつけてきますよ」


「人を客引きみたいな扱いにして宣伝している社長が血相変えて来たのにはちょっと驚きと胸がすく気持ちだったね」


 真夜中に他の病室病棟から隔離されたこの部屋で二人は気兼ねなくお互いの胸の内を話す。適性検査で目を見張るものを見せそれ以来活躍を続ける大葉と、凡庸ながらも数奇な巡り合わせによって彼女の相方に落ち着いた五香。

 同期である彼女らは唯一無二といっていい気の置けない仲として社内ではそこそこ有名である。


 ──大葉が最終兵器の如き強さを誇る産巣の装着者であること以外は。


「ああ、由乃くんには私から連絡しておきました。彼、大学生らしくない落ち着きっぷりでしたよ。大葉が入院したって聞いても全然動じてませんでしたし。薄情じゃないかなって位で」


「あー、あいつは大抵そんな感じで振る舞うから外には出さないよ。多分驚いていたかもしくは……」


「……? 大葉?」


「……何でもない。寝る」


「……そっか。おやすみ」


 何かを悟ったように五香が白衣を翻すようにして、病室を去る。付け足すようにしてドアを閉める間際に一言。


「耳、赤くなってるよ。お大事にー」


 布団に包まれた彼女の顔は赤くなっていた。






******







「いや、降参だ。全くとんでもない逸材に当たっちまったな」


「……やけに潔いな。Mandelbrotっていうからもっと強引な手に出るかと思った」


「はっはっは! そいつは半分ブラフだ。本当はMandelbrotの末端組織だよ。そう言っておけば一般人は早とちりして大人しくなってくれるだろう? ま、今回はそれが裏目に出たって訳だな!」


 一目しただけではどこにでもいそうなくたびれたオッサンが、末端とはいえ変異者による巨大組織、Mandelbrotの一員だという。

 そういった一般人と区別がつかない程に違和感なく溶け込んでいることがMandelbrotの脅威度の裏返しであろう。


「ところでその厄介なやつを解除してくれねえかな? 迂闊に目を合わせると後ろで跪いてる子みたいになっちまう」


 ()()()()()()()指を指す先には虚ろな目で跪く黒いパーカーの女性がいる。今彼女は恐らく俺の支配下にある。どうやら肉塊には自分以外に精神干渉をする力があるようだ。


 この二人は俺が電話を終えた後に現れ、二、三言話すといきなり女性の方が後頭部目掛けて強烈な回し蹴りをしてきた。あのオッサンの横にいた彼女が消えたと思ったら後ろで襲ってきてたんだもん。めちゃくちゃ驚いたけどまあ、この暗赤色の肉塊に助けられたな。


 見た目とは対照的に鈍く響くような音が展開された例の肉塊からするや否や、後ろ蹴りをした彼女はいきなり地面に膝を付くとそのまま黙り込んでしまった。オッサンは展開されるとほぼ同じくして目を瞑ることで二の舞になることを避けていた。頭回るなあ。


 警戒しつつも埒が明かないことを見越して能力を解除する。

 しかし、よくあの速さに対応できたもんだな…遅れてたらどうなっていたことやら。


「……はっ!? うわっ!? 化け物!!」


「なんつー無礼な奴だ。あんたも同類だろ」


 アイサツは神聖不可侵な行為であると古事記にも書かれているのに…。話の途中でアンブッシュとはスゴイ・シツレイである。

 ま、そこが悪の組織っぽくて今ちょっと興奮しているのも事実なんだけどさ? 格好いいよね、不意討ち。


「お、戻ってるな。ほらテレートちゃんこっち来な」


「シャチョー! こんなの聞いてない! swindler!」


 テレートと呼ばれた彼女の様子を確認してオッサンも目を開ける。しかしあのオッサン社長なのか。というか詐欺師呼ばわりされてるけど大丈夫か。


「いや、それは本部の方に言ってくれよ。俺だって指示受けてきただけなんだしさ…?」


「関係ない! 前情報との乖離が激しすぎる!」


 なんだかなー……俺ここにいる理由があるようには思えないんだけど。ここでこっそり抜け出してもバレないんじゃね?


「ちょっと、何処へ行く気?」


「……ちょっと、オケアノスまで」


「Far eastはここよ」


「うーん、ぐうの音も出ない」


 隙だらけのようでその実、常にこちらの一挙一動は監視されてるって訳か。むしろここで銃を撃ったり攻撃したりしてこない辺り運が良いとしか言えないな…。

 それよりこの子結構力入ってるんだけど。足踏んづけてくるとか容赦ない。簡単にどけられそうだけどここは大人しくしておこう。


「テレート、そろそろ止めな。話が進まなくなるから」


「チッ!」


 強烈な殺気を孕んだ視線と、舌打ちをしながら足を離す。俺、ここまでされる謂れは無いと思うんだけどな…。


「いきなり襲ったことは謝る、申し訳ない。だが、君が変異者であることは既に組織は把握しているし、今回のことで恐らく監視の目は強くなると思う。そこで提案だ」


 ジャケットの内ポケットから名刺らしき紙を取り出すと、何でも無いようにそれを投げた。一瞬驚いたが奇妙なくらいきれいな軌道を描いて自分の手の内に入った。

 さらっとやってるから何でもないように見えるけど実際どんな方法でやってるんだ。もしかしてこれも変異者の能力なんだろうか。


 一先ず向きかけた意識を戻して渡された名刺に目を通す。


「…天地探偵事務所、所長:天地 一薙 ……すいません。失礼なのは分かってるんですけど何て読むんですか」


天地 一薙(あまち ひとなげ)だ。分かりづらいだろ?」


「それでこっちが不法入国者テレート・ポーテーション。一応うちに住み込みでバイトしながら親探ししてる。まあ、変異者としての能力以外は大したことないんだけどね、ってえ!?」


 脛に強烈な蹴りがクリーンヒット! これは暫く残りますねえ。

 テレートの蹴りを見てたらさっき踏んづけられただけで済んだのは本当に良かったと思う…。


「いてて……、それで提案ていうのはMandelbrotとしてではなく、表向きの探偵事務所としてで働かないかって事なんだけどどうか?」


「……つまり、Mandelbrotじゃなくて天地さんの下で、監視されてくれと?」


「話が早くて助かる」、そう言った男の口角は吊り上がっていてその眼光は先ほどまでの様子とは一変した覇気を纏っているように俺は感じた。その提案に俺は……。










「……やっぱり。私の仮説はこれでかなり補強された」


 病室から出た白衣姿の五香は、端末に表示された統計とデータを見比べて淡々と呟いた。


 彼女の見ているそれは、本人どころか会社の誰にも伝えていない彼女が私的に計測し纏めたものだ。その中には第三者が見たら間違いなく騒ぐような代物まで含まれていた。

 だが、彼女は決して漏らすことはない。時機がまだ来ていない、しかるべき時に出す。その思惑の向かう先は大葉本人だけだ。


「社長が研究員時代に持ち出したプロトタイプのスーツが産巣、あくまでそういった位置づけで済ましたいらしいけど……」


「……いずれにせよ、大葉は進化を続ける。最強のヒーローとして。私はその果てに辿り着くまで、側で支え続けるだけ」


 一瞬だけ見せた、その策謀を胸に秘めた表情はヒーローという存在の()()()を体現しているかのようだった。



──……それもまた、別の掌の上にあるということはまた別の話である。



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