13 運命というもの
──運命というものを、信じてますか?
そんな藪から棒に出た質問というか、問い掛けに産巣は─織銀 大葉は首を傾げた。
場合によっては口説いているようにも聞こえるそんな言葉を似つかわしくない状況で、考えづらい人物が言ったことに、その真意を図りかねる。
「いえ、…そうですね、Unfortunateはご存じでしょう? 周囲の運命を操ると言われている奴です」
「それは勿論…。しかし、それがどうしたのですか」
「先程の変異者──『Parallel』、でしたね。奴が悪運に恵まれているというか、どうにも奴にとって上手くいきすぎているというか」
少しの間思考に耽る。確かに結局目的らしい目的が明らかにならなかったパラレルは、拘束具を填められるも力づくで破壊することに成功し、犯人──城後とも交戦したが損害といえるものはなく、葦原による包囲の前後に於いて若干苦しむような素振りを見せるものの、直後出現した味方らしい女性とその場から消えた。恐らくは空間移動、その系統の中でも稀有な瞬間移動を可能とする能力だろう。
ここまでの流れで、そのまま確保されていても可笑しくない状況を複数回切り抜けている。変異者として発現してから一月も経っていないと思われるのに異様なほど場慣れしているようにも見える。それらが偶然であるのならそれは正しく悪運が強いと言えよう。
──大葉としては、彼に対して悪運と表現することに些か抵抗を覚えるが。
「そもそも、将来的に出現するであろう奴らの王たり得る存在、それがRegalisという国際基準のはずです。Unfortunateですらその領域にはありません。変異者には明確な上下関係というのは存在しませんが、一定の実力差があると上位にある側は下位の者の能力を無効化することが確認されています」
──回りくどいな。
いや、かなり自由な立場で仕事している私たちとは違って国防の為という高い志の下に、日々苦しい鍛錬を積んでいる彼らの方が明らかに称賛されるべきなんだよ。それでもこういう中々はっきりと物を言わないのはもどかしくて少々苛立つ。
言わんとしていることは確かに重要なんだけど、それだけなら半分くらい冗長だと思うんだけどな。
「……つまり、Regalisのクラス評価が妥当である、そのことに危機感を持っていると」
「ご理解いただき恐縮です」
独立部隊葦原の隊長、幣原は顔色一つ変えず淡々と応答するのみ。やりづらいんだよなあこの人。
とにかくこの人が言いたかったことは毒を以って毒を制す、つまり変異者には変異者をぶつけんだよ! という理念の下に設立されたこの部隊の全力の妨害を跳ね返して、パラレルが逃げたこと。全力であればRegalis未満のほぼ全ての変異者の妨害が可能な中で、逃げおおせたこと。伊達に、対変異者の砦である訳ではない。だから私も呼んだわけだし。
他には後から出現したあちらの応援も能力が使えたことに関してだけど、それもまたRegalisに分類されるだけの変異者に起こり得る事象という線もあるので後回しなのか?
「我々としては直ちにParallelの追跡及び無力化を遂行したいと考えています。これ以上強大になる前に。ですがそれを実行するとなると多くの人員や労力を要することになり、そして万全を期すためには産巣、貴方の協力が不可欠です。─貴殿の意見を聞かせていただきたい」
「意見も何も、政府や自衛隊の上層部はParallelの即刻排除に傾いているってことですね。でも、暫定的Regalis相当の変異者を一国の判断で排斥するとなれば、国際問題になりかねませんか? 特に、失敗したときの責任を取る、後始末においてどれだけの被害が出るか」
「ええ、だからこちらとしても万全を期したいのです。それでもどれだけの被害が出るか分かりませんが、やっておくに越したことは無いのです。周辺諸国とはまた、その時考えればいいのだと」
私は頭を抱える。どうやっても一個人に任せる裁量とは到底思えない。
あちらの言い分は汲み取れる。そういう考えに至ることもまた、致し方ないと言えばそうだ。だが、その実質的な判断を私に任せるとは……。
「……この場でだけ言います。私がここで貴方の同意を得られないのであれば、この計画は一時的に凍結させたいと思っています。─いえ、させます。これ程馬鹿げた判断はない、国民を守るものとして明らかに釣り合わない作戦には賛同いたしかねます」
「……幣原さん」
お互いに周囲に聞こえないよう、小声で話す。
「parallelは今はまだ対話に応じる温厚な性格と、知能を有しています。それは私が接触して確認済みです。ですが、もし敵性行為を彼に対して行った場合どうなるかは想像もつきません。下手をすれば中東の独裁王のような事態になり得る。……後は、そちらにお任せします」
──明言はしない。ただ伝えるだけだ。
だが、それだけで十分だろう。要は軽率に接触するな、今のままを維持しろ、国家転覆の危機になっても知らないぞ、……そういうことだ。そこまで言えばつまり、私がその計画に対してどんな姿勢なのか誰でも分かるだろう。
幣原も、それ以上は口を開かず一度深く頭を下げてから部隊の方へ戻っていった。これで大丈夫……のはず。その後は政治家とかがまあ、頑張ってくれ。
真犯人だったという城後も、警察の専門部隊によって拘束され既に護送された。正直私がいる意味はもう特にないのだが、入院中だった身だからどうにも動きづらい。
(どうしよ……)
「……産巣さーん? 良いですか?」
「い……宮上研究員。どうかしましたか」
一瞬普段通りに話そうとしてしまった。接し方が五香、私のときと私で殆ど変わらないからこちら側としては区別がつかなくなる。でも良かった。この張りつめた空気からようやく出られそうだ。
「事態が収拾したようなので、専属研究員として念のため視察に参りました。……それで、噂のパラレルくんはどうだったの?」
「……屋上で話しましょう」
******
「ふむふむ。つまり今のところ特に敵対するとかは考えていないと」
「まあ……、それにしては理由も告げずに病院に侵入してくるし、城後に対しては妙に強い敵意を向けてた気もするけど……煩わしいとか」
下では一般の、警察が集まって来て騒がしくなっているが屋上は私と五香の二人だけ。流石にスーツは解除して今は病院服の状態で楽になっている。
「それもそうだけど、意識に変調をきたすやつだけどもしかしたら免疫みたいに一度なったら二回目はならないって本当?」
「んー、城後が何か一度見知ってるような言い方してて直接見ているのに、意識障害とか見受けられなかったからそうかもしれないなーって」
「……一体何が目的の能力なんだろう。あの不気味な装甲? との関連性も見えてこないし。単純に見たら意識飛ばす能力なら分かるけど一度見たら二回目以降は意味がないなら……、一度見たら十分? いや少なくとも変化は……」
これだ。興味あることにはすぐに没頭して周りが見えなくなる。さっきまで隣の人と話していたくせに今は考えながら、その辺りをあっちに行ったりこっちに行ったり。考え事をしながら歩くというのは別に珍しいことでは無いけど、五香の場合はそのままでかなりの距離までいくことがあるからなあ。
──五香の体が前兆もなく、斜めに倒れる。地面に向けてそのまま真っすぐ──。
「五香!? どうしたの!?」
あまりにも自然に、それが自然の摂理であるかのように、彼女の体はコンクリートの地面に向けて一直線に倒れた。しかも、受け身を取ろうともせずに。だから、再びスーツを装着し、手加減なしで走り間一髪のところで顔からぶつかりそうになった体を抱きかかえることができた。
「ねえ! 五香!!」
「ぇ……ぃ……」
「何!? どうしたのっ!?」
「……眠い」
「………」
「っっ!? 痛っ!?」
それが聞き間違いだとかそういうことを念頭に置く前に、彼女の体を雑に、放した。クッションなどないコンクリートにお尻を直接打ち付け苦悶の声を上げてもがく足元の研究員さん。全く、心配して損した感じだよ。
「い、いや、悪かったけど! でも、仕方ないじゃん! 私寝てたのにいきなり夜中の一時過ぎに起こされたら誰でも眠いよ!?」
「それが辛いのは、理解できるし同情するよ。でも、こういう状況でさあ、あんな倒れ方されたら変異者から攻撃受けたって勘違いするから」
「悪かったってば。でも、この睡魔どうにかしてくださいよ神様仏様産巣様!」
「はあ、流石にそれはヒーローの仕事じゃない」
あーだこーだと言い合っている内に、夜の帳が上がって、朝日が顔を出していた。
今日からまた、これまで通りのヒーローとしての日常に戻るのだ。突如現れた謎の変異者とはいずれ、どこかでまた色々問いたださなければならないだろう。
──何にせよ、これが私のヒーローとしての日々なのだ。




