11 クラス:Regalis
「また邪魔しに来たのか…!!」
「え? ええ? 何で変異者なのに私助けてるの?」
間一髪で脳漿を辺りに散乱させられるのを回避し、対象を見失った銃弾が病院の綺麗にワックスがけされた床にめり込んでいるのを見て背筋が凍る。当然と言えば当然なのだが、これが先輩の脳に命中していたらと考えると本当に紙一重のところだったと実感する。
動揺したからなのか犯人の能力も解除されて、先輩にもその姿がはっきりと見えているようだ。
で、やっぱりというか件の加害者と被害者は双方変異者としての俺を知っているようだ。それはつまり俺があの事件の正にその場にいたという当事者であることを示している。つまりは重要参考人ってことだ。
「……そういえば意識失ってないなどっちも」
「あ、私君の能力受け付けないから」
「天敵か……」
さらっと自分の強みを潰される発言をされて内心縮み上がっていたところ、件の犯人が銃を乱射しながらこちらにやってきた。表情は見るまでもなく、怒り心頭といったところだ。というか邪魔しに来たとか俺が先輩の襲撃に際して妨害を行ったような発言が。……あ、そういうことやったから目の敵にしているのか。なるほど、納得。
「死ねやあああ!!」
「邪魔だ!」
あまりに五月蠅いもんだから接近してきた相手の懐に入り込んで思いっきりボディブローを捻じ込む。骨がミシミシという音を出すのが分かるくらい強く入って壁まで吹っ飛ばされる。こっちの方が精神攻撃をもろともしない理由は何なんだろう。
疑問が生まれるのはそれだけでない。そもそも、身体能力が上がってるという前提の上でもこうも容易く、圧倒的に打ち負かせるものだろうか。そしてこう躊躇うこともなく人を殴ることはできるものか? 命の危機か? 否。これは正当防衛ではなく、蹂躙だ。どう見ても。
今の今まで幼馴染である先輩が襲われたことに対する──らしくもないが、正義感だと思っていたそれ。もしかしたら、それは正義感などという清廉なものではなく、変異者としての闘争本能か、もっと悍ましいものでは、と。
「……ちょっといいかな」
「え? あ、はい」
「君は私を襲った張本人ではない、そうだね?」
「そうですね。犯人は……あそこで伸びてる奴だそうです」
「やっぱりか」
わざわざこんな確認をしてくるってことは実は犯人が誰かはっきりとは分かっていなかったとか? うーん、自分でも事件日のことはよく知らないしその辺の経緯はまあ何か機会があったら調べればいいでしょ。まだまだ裏社会では新入りの身なんだから下手に動くのは良くない。
しかし先輩のコスチューム凄いな。ライダースーツみたいな恰好でそこに和風テイストが加わって現代風くノ一のイメージが重なる。実に素晴らしいと思う。やっぱり生で見ると違うなあ! テレビで見る時よりも綺麗に見える。
「んー、君今まで遭遇した変異者の中でも群を抜いて変な奴だね」
「……直球が過ぎる」
「だってすぐに襲ってこないし、普通に会話できるし、かと思えば能力は危険極まりないし。そして正直グロテスク以外の何物でもない見た目。これで普通って言える方が可笑しいでしょ。という訳ではい」
「……これ、変異者用の拘束具ですよね」
「神妙にお縄につけってことで」
「成程」
成程、じゃねーよ!!?? 何あっさり拘束されてんだ俺!? あまりにもいつも通りの感覚で会話してたもんだから全く警戒心薄れてた! ど、これどうするんだ!? は、外れるのか? しかも体から吸い取られるような感覚があるし! え、ヤバい!! 語彙力が!!
「……これ、あまりきつく無いな」
「え。……ちょっと力入れてみて」
手錠とは言えない程大きく頑丈なそれに対して会心の力を入れてみると少しずつヒビが鈍い音と共に入り始めた。横で見ている先輩は興味深そうに、ただ冷や汗を流しながらその光景を眺めている。
さらに力を入れるとヒビが拘束具全体に入り、少しずつ欠片が落ち始めた。この際と思いさらに力を加えるといとも容易く、あっけなくただの鉄くずとなった。
一部始終を見ていた彼女は、一際大きなため息をついて懐から通信端末と思わしきものを取り出すと、憂鬱そうに電源を入れた。
「……はぁ、こちら産巣。暫定クラス:Regalisの変異者事案につき応援を要請します。対象はParallel、精神操作の能力を保持と推測されるため同等のメンタルプロトコル実行を要請」
『了解。到着は約五分後』
「ご協力感謝します」
いきなり事務口調になった先輩が何やら応援だとか通話しているのを見てこれは不味いと思い即座に逃走を図る。
「おっと、逃がすわけにはいかないんだ。大人しくしててくれない?」
「──!」
殆ど映像では流れない先輩の人知を超える神懸かり的な速度をこうして目の当たりにするとその言葉に偽りなしと言える。こうして変異者になって能力も使って感覚も研ぎ澄まされて尚はっきりとは捉えられない速度は相対すると脅威でしかない。
もう下手な変異者よりも化け物じみてないか先輩。あんまり人間って感じがしない。
さて、あそこで蹲ってる犯罪者をスケープゴートにしてでも逃げたいのだが正直、先輩から振り切れる気がしない。いや、装甲で相手のことを考えずにいけばごり押し出来なくもないが個人的にそれはやりたくない。
そもそも犯人をぶん殴って気絶させた段階で俺の目的は達成されてしまっている。
どうしたものか……。
─鼓動が、高鳴る。
******
どうしよう、この状況。
いきなり銃声が聞こえて私を呼ぶ声がするから急いで駆け付けたら噂のパラレルに助けられるし、どうやら銃を持ってた男が私を襲った犯人だというし、もういろいろ起こりすぎて内心パニックだ。
しかも拘束具も力を入れて間もなく壊れて意味をなさないガラクタになって今は床に捨てられてるし。もうどうしようもないから武力だけで言えば国内で右に出る存在はない自衛隊の対変異者部隊を呼んだけど果たしてそれが意味を為すか分からない。
だけど彼? と話している分には全く脅威らしい脅威とか恐ろしさはあんまり感じないんだよね。強さは間違いなく折り紙付きなんだけどさ。なーんか話し慣れているというか親近感があるというか。応援が来たらその辺りもちゃんと聞いた方が良いのか?
だけど、仕事として区切りは付けないといけない。あくまで相手は変異者で、私はヒーロー。
危険だと判断した以上、私は彼を野放しにすることはできない。させない。
「そういえば疑問なんだけど、あそこで伸びているのは良いとして君は何でこんな虎の穴に入るような真似をしたわけ? あっちみたいに無差別殺人しに来たわけじゃないよね」
腑に落ちないのはパラレルがこの場に現れたことだ。まあ、助けてくれた恩はあるけどそれはそれとして、私という変異者からすればこれ以上にない手を出したくない相手に対して無策で立ち向かうのはあり得ない。自分で言うのは恥ずかしいけど。
「……少なくとも、喧嘩を売りに来た訳ではないとだけ」
少しの間、悩みに悩む様子を見せると当たり障りのない言葉でお茶を濁した。それはつまり口には出来ない理由であるという事。ただ私が応援を呼ぶと間髪入れずに逃走を図ろうとしたことからも襲撃が主な目的ではないとも受け取れる。結局何がしたいのかはよく分からない。
「……! 後ろ見なさい!!」
「──」
てっきり気絶したものだと思っていた犯人がいきなりパラレルの背後に回ってナイフをその首元へ向けて真っすぐに振りかざしていた。余りにも突然のことに私も反応するのが精一杯だった。頭の中は驚きによって埋め尽くされていた。
だけど、それは次の瞬間に訪れたさらなる驚愕すべきことによって上書きされることになる。間違いなく頸動脈を捉えたはずのナイフがその刃を宙に飛ばし、金属音のような音が鳴り響いていた。まるで鉄塊を刃物で傷つけようとでもしたのかという。
「全く、……手を煩わせる」
まるで子供を相手にしているような余裕綽々の態度。犯人の方は頭に血が上って銃を乱射しているけど全弾、あの気持ち悪い肉塊に阻まれ傷一つすらつけることができない。完全に相手を手玉に取っている。
それにしても、完全にパラレルのが入って暫くは立ち上がれないと思ったのにどうやって復活したんだろうか。しかも、心なしかさっきよりも目が血走って筋肉の隆起が増している。
そこまで考えたところでさっきまで倒れこんでいた場所に無かった筈のアタッシュケースが落ちていることに気付いた。無かった……、つまりは自分だけでなく物体も消せるということなのか?
「うっわ……、何この注射器。くすねとこ」
アタッシュケースを開けてみると中には毒々しい色の液体が封入された注射器が複数個入っていた。内部構造から察するにこの注射器セットとさっきから乱射している拳銃と弾倉でも入っていたのかな。
「…ただ、見えなくなるだけかと思ったけどもしかして意識とか注意を逸らしたり無くしたりしてたのか? ある意味では隠密行動に繋がると言えば繋がるか…」
「よそ見してんじゃねえぞコラアア!!!!」
真犯人の突如として現れたそのカラクリを考えていると、パラレルを相手にしていた筈がこちらに意識を切り替えて乱射してきた。まあ、かなり撃っているし流石にそろそろ弾切れになるだろう。そうなれば後はどうにでもなる。
そう思いながら苦無片手に最小限の動作で銃弾を弾く。本当に小物だなこいつ。既に切られた蜥蜴の尻尾でしかない。何でこんな頭お留守な奴にボコボコにされたのか分からん。
「くそっ!! クソがああああ!!!」
行動に一貫性が無くて、気分に目標の優先順位が左右されて、頭に血が上ってるから速さはそこそこでも単調な攻めしか出来ない。これだともう並みのレベルでしかない。少しは自分の能力を使うってことを覚えればいいのに。あ、やっぱり覚えなくて良いです。
「さて、そろそろ頃合いかな」
予備の弾倉も切れて予備のナイフで接近戦を挑んできた相手を軽くあしらっていたところで、明瞭としたその声が建物内に響き渡った。その場の全員が声の主に視線を向ける。
「その場にいる全ての変異者に告ぐ! 両手を上げ、跪け!」
国内最強の対変異者部隊のご到着、これで時間切れだ。