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ナティーア・シル・カエノティア

 イーシリアに叱られた。戻る時間が遅すぎて、何があったかを問いただされて吐いた結果だ。食事を挟まなければ、叱られずに済んだかもしれない。

 今日のことは口外しないようきつく言われた。断ったら呪いを掛けられそうな勢いだったので、約束をしてしまった。

 今の所、イーシリアとの約束は全て破っている。しかも三日保った試しがない。それなのに信じてくれるあたり、イーシリアは人が良すぎるのかもしれない。

 アシエルは私の腕が治っているのを確認すると、いつもに戻った。口数が少なくて、人を寄せ付けない雰囲気だ。

 それでも無理やり私は話をした。学校へ戻ったときに必要になる外出した理由のでっち上げに、すり合わせが必要不可欠だったからだ。

 イーシリアとの約束もあるし、私の腕の変異は隠し通す。もう腕は完全に戻っているし、疑われる要因はない。

 そもそも変異は治らないのが一般的らしいから、真実を隠すのは簡単だ。しかし説得力がある外出の理由が必要なのは変わらない。

 考えた結果、まだ敵が残っているとしたら学校内にいるから、安全な外に出たということになった。

 変異種を生み出した者は、変異種を滅ぼした私たちに報復するかもしれない。身を守るために疑わしい学校内の全員から距離を取ったということにする。私の案だ。

 正直、自分で言っていて馬鹿じゃないかと思った。アシエルが頷いたことにも正気を疑った。距離を取るならば、学校に戻ったら駄目じゃないか。

 変異種と戦ってすぐに外出したから、気が動転していたとか精神的に追い込まれていたと付け加えるつもりだ。

 非常に雑な理由だけど、通じると思う。学校では私とアシエルの外出問題よりもずっと大きな問題が山積しているはずだ。あまり私たちに割いている時間はない。

 学校に戻ったのは昼過ぎだった。長時間、平謝りをする覚悟をしていた。

 しかし、私とアシエルは無罪放免どころか、そもそも外出が認知されていなかった。アシエルは救護室の先生に外出を伝えていたはずなのだけど。

 救護室に行って確認をしてみると、変異種に腕を食べられたハバユ先生が、私たちの都合が悪い話を握りつぶしていた。

 正確には、ハバユ先生の指示で外出していたことになっていた。急を要する可能性があったので、外出届の処理は行っていなかったそうだ。自分たちのことなのに知らなかった。

 ハバユ先生からは、外出した真実を求められた。ハバユ先生には『錯乱して外出していました』なんて通らない。変異種と戦った後に平常心でいた姿を見られている。新しい言い訳を作る余裕はなかったので、正直に『言えません』を使った。それで納得してくれた。


 不思議なものだ。変異種が出てから日が明けた。休校になったので時間が余ってしょうがない。

 私が入寮していた第三女子寮は半壊した。そのため私たち第三女子寮の住人は、第一と第二、第四女子寮まで、空いている部屋から空いていない部屋まで、押しかけることになった。

 私は第四女子寮の空き部屋を借りられた。タルハとフェネシェアも一緒だ。三人で一人部屋を使っている。狭くて狭くてしょうがない。でも屋根と壁と床がある。

 第三女子寮が使えるようになるまで、時間がかかるらしい。学校の魔法と職人による全力の作業が日夜続いているおかげで、本来なら何十日もかかることを五日程度で完成するそうだ。早すぎると手抜きが気になるけれど、それ以上に窮屈な部屋から逃げ出したい。

 変異種が起こした問題は、寮以外はほとんど片付いていた。私とアシエルが足止めしたため、被害は皆無。地面に空いた穴が放置されてて、躓きそうで危ないくらいだろうか。寮とハバユ先生の腕以外は、変異種が出る前と変わりない。

 その変異種はというと、よくわかっていない。どうして生まれたのか、作り出した犯人がいるのかどうか。いたとして、それは誰なのか、全く判明していない。

 学校は調査をしているみたいだけど、進展は全くないそうだ。

 犯人がいるとするなら、教員の誰かの線が怪しい。つまり調査をする側にいる可能性が高いわけだ。いい証拠が上がっても、砂を被せているのかもしれない。

 納得できない。引きこもっている犯人が出てこないなら、解決とは言えないではないか。そもそも犯人なんて存在しないのかもしれないけど。

 気がかりに決着をつけられないのは気に入らない。だからと犯人を捏造するのも違う。もやもやした気分のまま過ごすしかなかった。

 仕方がないと諦めるしかなかった。私には他にできることがない。時間だけあって納得いかない毎日に舌打ちをしたい気分だ。

 そんな日を過ごし、授業が再会が決まり、寮が元通りになり、平日に戻っていく。

 元に戻ったわけではない。元に戻ったように見えるだけだ。

 実際には変わったところもある。変異種という存在に対する意識が、まさにその変わったところだ。私は魔法を学ぶ理由に、変異種への対策が加わった。口に出さないだけで、他にも同じように考えている人がいるかもしれない。

 アシエルも考え方を変えた一人だろう。実力不足だと感じて、そのまま放っておく性格ではない。

 アシエルは毎日を忙しくしている。明らかに真剣な時間が増えた。ここ最近では学校一、勉強をしているのではなかろうか。休んでいる姿が全くなくて、見ているだけで私も疲れてしまう。

 息抜きも必要だと思うのだ。適度に気持ちを切り替えられたら、新しい視点も見つけやすくなって万事うまくいく。

 アシエルを誘うなら何がいいかと考えて、一つだけ使えそうな用事を思い出した。これならアシエルも付き合ってくれると確信を持ちながら、私はアシエルの肩を叩いた。邪魔をするなと睨まれたけれど、私は気にしない。

「アシエル、ジハグラドさんに会いに行こうと思うんだけど、一緒に来る? 助けられたわけだし、もう一度、ちゃんとお礼をね」

「ジハグラドというと、あいつか。特級一位」

「そう。変異種をあっという間にばらした人」

「興味ある。行くか」

 息抜きのつもりで誘ったけれど、結局これも魔法の勉強だ。ジハグラドは学校で一番魔法が使えるそうだ。盗める技術があるかもしれない。アシエルはそれを求めているから、付き合ってくれる。

 でも気分転換にはなるはずだ。私が無理やり会話させるし。

 ジハグラドの魔法はアシエルの魔法とは違う系統だと思う。ジハグラドの魔法はまだ良く知らないけれど、アシエルほど派手ではなかった。きっと重点を置いている箇所が違うのだ。ジハグラドの魔法を知れば、頭の使い方も変わってくるはず。

 実は二人の魔法が同じ系統だったとしても問題はない。ジハグラドは悪い人には見えなかったし、いい先生になってくれるかもしれない。

 よりよい休み時間にするために、お茶菓子も持っていく。お礼をする体なのに手土産の一つもないのは、あまりよくない。

 持っていくのはイーシリアのお店から包んで持って帰ってきたお菓子だ。このお菓子は完成してから何日か経っているけど、まだいける。

 お礼の品としてはちょっとどうかと思う。でも学校内で用意できる品なんて限られている。既成品なんて、外出でもしない限りは手に入らない。学校内にも売店はあるけど、贈り物にふさわしい、しっかりとした商品は置かれていない。事実上、手製のものに限られてしまうのが現実だった。だから、お礼の品に関しては致し方ないのだ。

 アシエルがジハグラドにどんな話をするだろうかと想像しながら歩いた。まともな想像はできなかった。一人大喜利大会が頭の中で開催される。

 アシエルが私以外の同年代と話をした場面が、思い出そうとしても出てこないのが悪い。現実的な想像が難しすぎたのだ。だから一人で大喜利大会をして、一人で笑った。

 横でくすくす笑ったからアシエルに訝しく思われたみたいだ。何も言われないけれど、嫌な視線が飛んでくる。口元を歪めながらの、呆れられたような視線。

 私も慣れたものだ。もはや何も思わない。少し前だったら馬鹿にされたと勘違いをして、敵意を持っていたところだ。もはや笑顔でスルーできる。なんなら同じような顔を真似してやってもいい。

 眉と目と口に力を入れて顔を作ってやる。まるでにらめっこだった。勝ったのは私だ。アシエルはすぐに目をそらした。

 特級生には、寮とは別に特別に与えられる部屋がある。ジハグラドは特級一位ということで特別豪華な部屋だ。

 私もアシエルも特級生に関してはまるで知識がなかった。しかし学校では常識で、他の生徒や先生あたりに少し尋ねれば正確な知識を仕入れられた。

 特級生の一位にいるジハグラド・アストガンは学校始まって以来の天才だということ。

 特級生、それぞれの部屋はどこにあるのか。ジハグラドに割り振られた部屋は、校舎の一階にあること。

 ジハグラドはわりとフラフラしていて、会うのが難しいこと。学校一の優等生は、学校一、外出をするそうだ。外出申請せずに外出することも少なくないらしい。もしかしたら会えないかもしれない。

「約束してないんだけど、いるかな?」

 いつでも待っっていると言われたけれど、本当にいつでもいいのかは気になるところだ。今回の訪問は思いつきに左右されたところがある。私自身もついさっきまで、ジハグラドに会いに行こうとは考えていなかった。

 会えるかどうかがまず不確かで、会えたとしても忙しくて相手してもらえない可能性もある。相手は特級生だ。向上心の塊に違いない。

『来てくれてありがとう。でも研究の途中だから、また今度ね』とか言われて扉をぴしゃりと閉められたらどうしよう。また今度と言う、その今度は、卒業までには訪れるのだろうか。

 ジハグラド・アストガンが使っている部屋は一階の奥。影に隠れるよう隅にあった。

 他にはなにもない端っこで、ジハグラドに用事がなければ、まず来ようと思わない位置にあった。

 小さな扉だ。身長が高い人は、頭を下げないと潜れない。しかし部屋自体は大きそうだ。

 隣の部屋との位置関係から、ジハグラドの部屋は一般教室くらいはあると推定できる。個人用スペースだと考えると破格だ。

 この場所は静まり返っている。自分たちの足音や呼吸音が最も大きい音に思えるくらいだった。人の気配というものが感じられない。これは……ジハグラドはいないような気がする。

 でも、もしかしたらいるかもしれない。魔法の研究かなにかで気配を消しているだけかもしれない。

 アシエルに『ノックをするよ』と目で伝えてから、私は扉を叩く。無意味な咳払いをしてから叩いた。

 音が静かな空間に響き、儚く消えていく。扉に動きはなかった。

 やっぱり留守にしているのだろうか。そう考えるのが自然な雰囲気だ。

 主がいない部屋の扉を延々と叩き続けても意味はない。少しだけ待つか、それとも帰るか。その判断はアシエルに丸投げした。

「どうする?」

 と、一言だけで、その続きは何も言わない。

 無言で前に出るアシエル。私は道を空けた。

 アシエルが扉の前に立つ。たまたま聞こえなかった可能性を考えて、アシエルはもう一度扉を叩くつもりだろう。しかし、その予想は裏切られる。アシエルの手は、ドアノブまで伸びた。

「鍵がかかっている。開けられないか?」

「やめなさいって」

 咄嗟に私はアシエルの手を引き剥がす。まるで泥棒だ。誰かに見られたら、言い訳ができない。

「あなたたち誰?」

 と、問われたりしたらどうする……その声は実際に耳を震わせていた。

 今まで人の気配なんてなかったのに、突然後ろから声をかけられた。静かな場所で、はっきりと聞こえたのだ。空耳はありえない。

 私とアシエルはそちらに顔を向けた。

 立っていたのは一人の女子学生。

「泥棒かな? だったら、容赦する気ないけど。……制服じゃなかったら声もかけなかったよ。じゃあ聞かせてもらおうか。あなたたち誰?」

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