第三話 ではでは
俺は即座に行動に移る。
靴を脱がずズカズカと家に入り一沙にのしかかっている男の襟首を掴んで壁に向かって放り投げた。
「うわっ!!」
驚きの声を上げながら壁に叩きつけれたそれの首を、俺は無造作に掴み上げ壁に押し付けながら詰問する。
「何してんの?」
「つっ………、えっ?し、白波先生!?」
「ん?お前ウチの生徒??
…………まぁ、どうでもいいか。
あのさ、お前は人様の家で人様の妹に何してくれようとしてんの?」
ガン、ガン、ガン、ガン。
メトロノームの様にリズム良く男の頭を壁に向けて容赦なく打ちすえる。
「困るんだよねー、こういうことされるとさ。
ほら、俺もさ。出来れば暴力なんかで止めないで紳士的に話し合いとかで解決したいんだけどさ。
人の留守中に大切な妹に手出そうなんて輩にはこれ位しないと罰にならないでしょ?」
ガン、ガン、ガン、ガン。
「でもさ、手出そうっていう気があるんだから手出される覚悟もあるよね?
………ん?聞いてる?
……あ、うん、大丈夫、大丈夫。そんな勢い良く首を振らなくても聞いてるってのはわかったから。
…………だから、わかったから。………わかったっていってんじゃん。……………………わかったっつてんだろぉがっ!!」
ガン、ガン、ガン、ガン、ボコ。
あっ!!やべえ、壁へっこんじゃった!!
…………ま、いいか。後で大家の婆に内緒で直せば。
その間も律儀に一定の間隔で首を振り続けるウチの生徒らしき男の子。
でも、ちょっと待って。それは律儀すぎでしょう。いくらなんでも俺はそこまで求めてないよ?
……あ、なるほど俺が壁に頭を当て続けてるからその反動で首を振っているように見えるだけか。
まぁ、目は開いてるから意識がないということはないでしょう。
「んでさ、さっきの続きなんだけど近頃のヤツは殴る覚悟はあっても殴られる覚悟ってのが足りないと思うんだよね。
まぁ、誰だって痛いのは嫌だから数で押し切ろうってのも悪くはないと思うんだけどさ。
俺がヤンチャしてた時はもっとこう………………………あれ?何でこんな話してんだっけ?」
ガン、ガン、ガン、ガン。
「そうだ。テメェよくも一沙に………」
「やめてっ!!」
男を持っている右手に知っている重さがのしかかる。
俺は手を止めて声のした方を向いた。
「……何?一沙どうしたんだ?」
「もう、やめてよカナちゃん。
南條君が死んじゃうよっ!!」
………ああ、何だそんなことか。
「大丈夫だよ一沙、安心しな。
人間ってお前が思っている以上に頑丈だから、こんぐらいじゃ死にゃしないよ」
何せアメリカじゃ人間を打ちつけて車をへこませるのを見たことあるし。こんなオンボロアパートの薄い壁なんてアレに比べたら綿みたいなもんだろう。
という訳で
はい、ガン、ガン、ガン、ガン、とまたメトロノームを開始する。
フフフ、一沙独りぐらいの重さなら俺にはなんて事はないのです。
「だから、違うの、誤解なの。南條君は私を助けようと…………」
「はいはい、分かってますよー」
ガン、ガン、ガン、ガン。
聞いているようで聞いていない俺。
久々のヤンチャ時代の再来で体が熱くってしょうがない。
そこでふと、腕の重みが消えた。
どうやら一沙が離れたらしい。
それを機に俺はさらに自分の作業に没頭する。
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン。
「……………カナちゃん」
「んー?」
既に屍のようになすがままになっている南條君とやらを見て気分がどんどん高揚していく中、俺は"何だー?"と聞き返す。
だが、油断することなかれ実はこれは本日二度目の死亡フラグだったのだ。
「ちゃんと人の話を聞けえぇェッ!!」
「ぶはぁァッ!!」
側頭部に激しい衝撃。その衝撃に吹っ飛ばされる体。
そして、飛ばされる中俺が見たものは…………
「ふぅ」
フライパンによるフルスイングを終え、一仕事終えたぜ、とでも言いたげに一息つくマイシスターの姿だった。
·
·
·
·
·
「はい、ちゃんと謝って」
「ごめんな御柳、南條。悪気しかなかったんだよね」
アハハー、と笑う俺。
それを隣で睨む一沙。
俺は寒気を覚え、もう一度居住まいを正し頭を下げた。
「すまんかった。ちょっとキレて見境がなくなってた。
反省してるんで許してくんないか?」
「ごめんなさい二人とも」
一沙は何も悪くないのに俺に続いて頭を下げる。
「いえ、僕も悪かったですし……。紛らわしい事してすみませんでした」
申し訳なさそうに頭を下げる南條君。
事情を聞いた後でクールダウンした俺には眩し過ぎる程後光が指している。
つまり、こういう事だったらしい。放課後、学校には非公認で生徒の間で催されるクリスマスパーティーの出席確認という用があった南條は一沙を探していたらしい。しかし、既に学校にその姿はなく。そこに一沙の親友である御柳を発見し用件を伝えて貰おうとした所、「自分で言え」と威圧され俺の家まで連れてこられたそうな。
そして、突如現れた客人に一沙が戸惑っている中家にズカズカと上がり込み、何故か御柳は逃走。残された南條が居心地悪そうに辺りを見回して運悪く干されたままだった洗濯物に目が止まってしまい、慌てて隠そうとした一沙が足を滑らして、それを南條が助けようとしたところ先程のような状況になってしまったらしい。
………………。
そこに運悪く俺が帰宅。俺のちょっとした早とちりで南條は包帯で頭を補強することになってしまった。
「…………ちっ」
そして、南條の隣でワザとらしく舌打ちをする事の首謀者。
おでこに小さな絆創膏を貼っていなければ俺は自分を抑えられなかったに違いない。
「…………ちっ、てお前ね。大体俺言ったよな?
面倒は嫌だからウチに学校の奴を連れてくんなって。覚えてるか?」
「……………忘れた」
「……………。あのな……」
「忘れたって……」
「………………」
あ゛ぁーー、何でコイツはこんなに偉そうなんだ?
親の顔が見てみたいわ。
「カナちゃん、そんなにカオちゃんを責めないで。カナちゃんだって早とちりしてカオちゃんに酷いことしたんだから」
「酷いことって…、俺はただソイツを押しのけただけで………」
「…………カナちゃん?」
「あぁーーーー……」
たくっ、しょうがねえな。
「わかったよ。おい御柳今度は気をつけろよ。次やったら出入り禁止にするからな」
「………………わかったよ」
ものすっごい不服そうな顔をしているが、約束を破ってしまったということに少しは負い目を感じているらしい。不承不承といった感じだが御柳は目をそらしながらも頷いた。
「でも、驚きました。
白波さんが白波先生と兄妹だったなんて」
「まあ、名字は同じつっても、広い学校だからな。それにわざわざ秘密にしてんのに、一般生徒にまで知られてたら俺が困んよ。他の先生方も知らん人の方が多いんだから。
いいか、南條。
知っちまったもんは仕方がねぇけど、どっかの馬鹿みたいに言いふらしたりするんじゃねえぞ。
面倒は嫌いなんだよ」
「カナちゃんッ!!」
隣に座る一沙がたしなめるには些か大きすぎる声を出して、俺を睨む。
これ以上御柳に関して蒸し返すなという最後通告だ。
俺的にはまだ言いたいことは山ほどあるが、せっかくやってくる楽しいクリスマスを怒り心頭の一沙と過ごす羽目になるのは非常にうまくない。ヘタすりゃ新年まで長引く可能性もある上に、新年を迎える前に疲労困ぱいの俺が心労で死んじまう可能性大だ。
……………冗談じゃねえ。
全くもって冗談じゃねぇのである。
「な、俺は怒られるしお前らはケガするしで良いことないだろ。
だから、内緒ってことで。
いいねキミタチ」
「はいッ!!安心してください先生。絶対誰にも言いませんから」
青い顔で懇願する教師に気持ちのいいくらい良い返事を返す南條。
隣に座るヤンキー女に爪の切り葛を煎じずに飲ましたいぐらいの好少年っぷりだ。一クラスに一人はいてほしい逸材である。
「ま、俺が言いたいことはそれだけだ。
良し、一段落ってことで。俺はこれから一眠りするから後は好きにしな」
大きな欠伸をしながら立ち上がる。
すっかり忘れていたが俺は寝に帰ってきたのだ。自覚すると眠気は倍に膨れ上がり、さっさと夢の国に飛び立ちましょうと天使が舞い降りる。
「おやすみ、カナちゃん」
「ん、おやすみぃ。あ、悪いけど晩飯はいいや。明日の朝、てきとーに食わして」
「もう、そういうの体に悪いよ」
分かってる、分かってる、と手を後ろ手に振りながら、すとんと薄い襖を閉めてやる。さあ、寝るぞ。取りあえず十二時間睡眠コースへご案内だ。聞いた話じゃ、寝溜めとか3日分の睡眠を一気に取るとかは、体に相当悪いらしいのだけれど、でも、良いじゃない。二十代のビチビチの若人は無理をしてなんぼ、というのが世間一般の認識だと俺は思うのだ。
「でも、もう駄目。パトラッシュぅ……。僕はもう………」
布団にバタリと倒れ込み。いざ、レッツダイブな私的。
·
·
·
·
·
·
「…………寝たみたい」
隣を覗いていた私は、何かブツブツと呟いているカナちゃんを見届けて、二人の部屋に戻る。
「じゃあ、アタシはそろそろ帰るわ。あんまり、長居するとアイツがウルサそうだし」
「あ、僕もお暇するよ」
「本当にゴメンね、かおちゃん、南條君。せっかく来てくれたのに何か大変な事になっちゃって」
身内の恥に顔が熱くなるのを感じる。私的に過保護なカナちゃんには、嬉し恥ずかし苦々し、なのだ。
「いや、全然。僕の方が白波さんに悪いことしちゃったし。ケガとかしなかった?」
「ダイジョブ、ダイジョブ。私、意外と頑丈なの。ほら、カナちゃん止めなきゃいけないから」
アハハと南條君は気さくに笑って、頷いた。
「そうだね。あれには驚いた」
「はしたないところをお見せしまして」
「ううん、おかげで助かったしね。あ、後クリスマス会の事なんだけど……」
南條君の質問に私は申し訳なく頭を下げる。本当にわざわざ来てもらっといて、南條君達には良いくたびれもうけだ。
「ゴメンね。その日は予定があるから」
「………そうか、残念だな。白波さんこういうのあんまり来ないからさ。色々話も出来ると思ったんだけど」
「本当にゴメン。また、誘ってね」
玄関まで二人を見送るために外にでると、周りはもう薄暗い。かおちゃんの家は人気のない住宅街だから少し心配だ。
「かおちゃん、もう暗いから気をつけてね。夜道は危ないから」
「分かってる。家に着いたら、また電話するよ。今日は悪かった」
「ううん、気にしてないよ」
「……そ?」
「うん。ぜんぜん」
なら、良かった、とかおちゃんは言って、手を軽く挙げた。
「じゃあね、一沙」
「白波さん、お邪魔しました」
「うん、二人とも気をつけて帰ってね」
軽い挨拶を交わして建て付けの悪いギシギシ扉を閉める。閉めてる途中、「家まで、送るよ」「…いらねぇ」「送るよ」「いらないって」という会話が小さく聞こえてきたことは内緒にしておこうと思うのだ。
久しぶりの更新。
気が乗ったときのみの不定期更新なので、かなり遅いです。