第二話 いきなりな急展開
「んじゃ、確かに渡しましたよ」
「あいよ、ゴクローさん。
ほれ、今回は色付けといたから」
ポイッと手渡された封筒の中身を確認。
おほっ、いつもの三割り増しじゃん。
値段は俺が教師業でひと月に稼ぐ分の約五倍近く。
いや、辞められないっすよ実際。
「いいんすか?こんなに貰っちゃって」
「構わん、構わん。
実益は俺の方がずっと上だから。
今回は流石に苦労かけたからな迷惑料だと思ってガメとけ、ガメとけ」
大企業のトップと一介の技術者を並べて考えんなよ、とは思うがこれがこの人のいいところだ。
労働にはそれに見合った報酬を。
一番始めのバイトの時なんかはただのお手伝い気分だったので、貰った給料を見て度肝を抜かされた。
流石にこれは多すぎですよ、と突き返したら真顔で
「俺が評価したお前の価値だ。とっとけ」
と更に突き返された。
俺、赤面。
その気はないが、その漢気にはマジぼれした。
な、何なのだこの格好良さは………。
何々になりたいという真っ当な夢を見ず、擦れたガキのまま成長して擦れた大人になった俺が齢十九にして初めてこんな大人になりたいとう憧れをいだいた夏だった。
「んじゃ、有り難く頂いときます」
「おう。もうすぐ冬休みなんだし一沙ちゃんをどっか連れてってやって家族サービスでもしてやんな。
ついでに、俺がそう言ってたってことをあの子に伝えて俺の株を上げといてくれ」
俺は少し怪訝な顔で雇い主を見る。自然と眦もつりあがった。
「………………いつからシュウさんってロリフェチになったんすか?」
「んな怖い顔すんなって。そういうんじゃないから。
ほら、あの子、俺がお前に仕事頼むの嫌ってんだろ?
そのせいか学校で顔あわすと親の敵かって目で睨んでくんだよ。話しかけたら普通には返してはくれるんだけどさ。
んで、今回は特に忙しい時期に月二で頼んじまったからな。
少しでも心証を良くしといて心労を減らしたいわけなんだわ俺は」
「あぁー、そりゃ何というか」
すんません。とシュウさんに憐れみの目を向けながら平謝る。
一沙の怒りは怖い。
話せば普通に返してくれるし、面白いことを言えば笑ってもくれるのだが、目だけが絶対零度かというぐらい冷めているのだ。中途半端にいつも通りな分余計にたちが悪い。
俺も年に数回はそういう機会に恵まれるのだが、毎回二度と怒らせはしまいと誓っている。
そうか、シュウさんは俺のバイトが一段落する度、つまりは月一の割合で一沙の怒りを買っているのか…………。それは、さぞご心痛のことだろう。
しかし、アイツも無駄に肝が座っているよな。
弥勒寺秋水。知り合ってそろそろ十年になろうかという俺の兄貴分みたいな人だ。
パッと見、どこぞの入れ墨持ち(ヤクザ)っぽいこの人だが何故か弥勒寺グループという日本で一、二を争うお金持ちさんである。ついでに俺が働いている学校の理事長でバイトの雇い主。理事長職の方は殆ど人に任せきりで俺に仕事を頼むときと仕事の成果を受け取りに来る時以外は学校には滅多に来ない忙しい人だ。
そんなある意味雲の上の存在の頭の上がらない人に対して顔を合わせる度に喧嘩を売るような態度をとるなどと、あの妹は俺を無職にでも追い込もうとでもいうのだろうか?
上司の不況を買うようなことは自重してくれぃと一沙に言ってやりたくもあるが、怒りの矛先がこちらにむくのも勘弁したい。
悲しいかなチキンな蝙蝠野郎である俺がとれる行動は余りに少ないのだ。
ま、流石に何もしないというのは悪いので言われた通りシュウさんの株を上げておこうと愚考する。
「まぁ、一沙にはあんまりシュウさん苛めちゃ駄目だぜって言っとくんでそれで勘弁してください。
じゃあ、俺そろそろ授業があるんで………」
失礼しますね、と頭を下げる。
「おう、次もまた頼むわ」
うーす、と返事を残して理事長室を後にする。
さ、授業に行くとしましょうか。
つっても、答案返すだけだし、消化期間に真面目に授業をやる気はトンとないんだけどね。
そうだ、どうせなら自習にしよう。
生徒も冬休みの計画が立てられて俺も三日分の睡眠不足解消のために自習(居眠り)に集中できる。
うんうん、みんなが幸せになれることをこんなに簡単に思いつくなんて流石だね俺。
まったく溢れんばかりの才能が恐いぜ。
ただ、不安が残るのは次の授業が一沙のクラスで行われるという点だ。果たしてあの真面目っ子は俺の自習(安眠)を認めてくれるのかしらん。
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放課後。
あー、なんだ。
結局あの後、俺は自習に励むことは出来ませんでした。
まあ、予想してましたし?
あの真面目っ子の行動はまるっとお見通しでしたし?
別に悔しくとも何ともありません。この寝不足で朦朧としている現状なら多少の恩情があるのではと期待もしていませんでした。
……………ホントだよ?
んで、結局慢性的な寝不足が継続している俺は仕事を早く切り上げて家でふて寝を決め込もうと決意したのでした。
其処まではいいとして………………
「…………何でお前がウチのアパートの前でポッ○ーかじっとんじゃい」
いかにもガラの悪そーーな不良女がアパートの二階に通じる階段前でヤンキー座りで○ッキーかじっているのを目撃した俺は思わずツッコミを入れる。
現状説明をするような内容なのが俺の動揺を微妙に表したりしていた。
「…………チッ」
舌打ちするし………。
俺のツッコミにキレが足りなかったのがいけなかったのかヤンキー女は不機嫌そうにこちらを睨む。
「帰ってくんのがはえーんだよ。
たくっ、気がきかねーヤツだな」
「……………………」
何故少し早く帰宅しただけでこんな事を言われにゃならんのだ…………。
いや、それより………、
「お前ここで何してんの?」
「っせーよ。テメーこそ何のようだ?」
「いやいやいやいや………」
勿論帰るつもりなのだけど。というか、ここは俺の家だ。
「あのさ、御柳そこ通してもらっていいか?」
「嫌だ」
「……………………何で?」
「アンタのために道を譲るなんてアタシには耐えらんない」
「…………………」
え、何それ?
仮にも教師に言う言葉がそれですか?
おかしーなー、出会ったばかりの頃は俺に対する態度も、もうちょっと柔らかかった筈なのだけど。
反抗期かしら、と目の前の少女を見る。
御柳薫。
一沙の親友にして生徒内で俺と一沙が兄妹と知っている唯一の人物だ。
学校では色々面倒事が嫌なので俺達が兄妹だということは秘密にしてあるのだが、御柳は中学時代からの友達らしく、高校に上がったと同時に一沙がその事を教えたいと言ってきた。
俺も俺で「まぁ、一人ぐらいならいっか」と軽いノリで了承し(大体俺は一沙の頼みなら二つ返事でOKだすし)、それ以来御柳は良くウチに遊びに来るようになっている。
だからまぁ、ここにいること事態は別段珍しくはない。ないのだが…………
「なぁ、何でウチに入らんの?
一沙に会いに来たんだろ?
もしかしてアイツ、ウチにいなかった?」
「……………………」
「あ、それとも喧嘩でもしたとか?
駄目だぞー、早めに謝っとかないと。
あれで結構根に持つタイプだからなぁ、一沙は」
「……………………」
「……………御柳聞いてる?」
「……………………」
「御柳?…………みーやーなーぎー、みーーやーーなーーぎーー」
「…………………………………………」
「……………」
…………ノヤロウ。
「…………薫ちゃーん聞こえないのー?」
「っ!!…………………」
下の名前で呼ばれ微妙に反応を示す。
いくら無言無表情を装っても、余り良く思っていない俺に名前を呼ばれるのは我慢ならないらしい。
フフ、まだまだ甘いね薫ちゃん。
「薫ちゃん、薫ちゃん、かーおるちゃーん、聞こえないんですかぁ?」
「………っ!!…………っ!!…………………っ!!」
うわっ、すげー嫌そう。
名前を呼ばれる度に眉間の皺が増えていってるよ。
後が恐いなあ、ウフフフフとか思いながらも絶好調な俺。死亡フラグが立ちまくりである。
「かーおるちゃーん、かーおるちゃーん、かーーおるちゃーん♪
ねぇ、かおりん聞こえな…………………ぐはっ!!」
鳩っ!?
そして、崩れ落ちる俺の頭を鷲掴みにする御柳 薫。
「ペチャクチャ、ペチャクチャとうるせえ口だな。
二度とアタシの名前が言えなくなるように口元を縫いつけてやろうか?」
「ひぃぃぃっっっっ」
俺の口元を頭を掴んでいるのとは逆の手でアイアンクローのごとくつかみ両頬を口内でご対面させようとする茶髪不良少女。
もう教師とか生徒とか関係ねぇ光景である。
や、我ながらウザイなあとは思ってたけどね。
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「んで、何でお前はここにいんの?」
一応、仕切直しと言うことで俺は最初の質問を口にする。
口内でくっつけられた右と左の内頬肉の痛みは気にしない方向で。
「…………教えない」
「………何でよ?」
「…………理由聞いたらアンタは絶対キレるから」
「あ?」
急に何言ってんのこの子。
俺はそこらのキレやすい若者か。そんなヤンチャ時代は結構前に卒業したっての。
「たくっ、用ないなら帰るぞ俺は」
いい加減遊びに付き合うのも限界だ。眠くて眠くて、ちょっと洒落にならないくらい眠い。今直ぐにでも夢の世界に旅立てるほどだ。
そこに…………
「きゃあああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
というちょっと普通じゃない一沙の悲鳴が聞こえてきた。
「………あぁーー、ナルホド」
ナルホド、ナルホドと呟く。
どうやら一沙はウチにいる模様。それなのに御柳が中に入らず、俺を中に通さないようにしているということは…………
「はい、ちょっくらゴメンよー」
階段の脇へと御柳を押しやる。押しのけた拍子に頭を階段の手すりの部分に当ててしまったが気にしない、気にしない。
ほら、緊急事態ですし。やっぱり、人間としてはよその子よりウチの子の方が大事なワケなんです。
早歩きで二階の角部屋である我が家へ。
ドアを開けようとするが、何かに突っかかったように開かない。チッと舌打ちして、ノブに手をかけたまま扉の斜め下をドンドンといつもより強めに蹴りながらドアをもう一度開ける。
そして、そこで見たのは…………
「カ、カナちゃん?」
見知らぬ男にくみしかれた一沙の姿だった。