第6話
二人は難所の山を降りて、小さい砂漠を走った。
やがて二人の農場が見えてきた。
緑の地平線だ。どこまでも伸びている。そこにはダルブ自慢の大ニンジンが植えられている。
丸太ほどの大ニンジンだ。品種改良してここまで大きくしたのだ。
「もうじき収穫かな?」
「いやぁまだでしょう」
「きっと、馬系やウサギ系の魔物に売れるぞ?」
「あっしもそう思いやすよ」
二人は帰って行く。丘の上のダルブの家に。
最後に二人の顔を見たい。それだけがダルブの望みだった。
「……おや?」
「どうした?」
「聞こえやせんか?坊ちゃんの歌声が……」
ダルブも大きな耳に手を当ててみた。
「ホントウだ……!」
二人は走った!
丘の上の家に。
気のせいかもしれない。
会いたいと思う気持ちがそうさせるのかも……。
丘の上の家が見えたとき。二人は足を止めた。
家の前には金色の馬車が6台と200人ほどの兵士が槍を天に向けて整列していた。
兵士たちは二人の姿を見るとワァワァと歓声を上げていた。まるで凱旋した将軍を迎えるように。
「サプローン大司令に敬礼!」
そう言って部隊がダルブに一斉敬礼をした。
ダルブはわけもわからずに
「こ、これは……」
と声をあげた。すると、金色の馬車から、グルシを抱えたサプラエル王子が出て来た。
「あ! お父しゃんだ!」
そう嬉しそうに叫ぶグルシをサプラエルは地面に優しく置いた。走ってくるグルシ。咳も熱もない。
家の中からは血色のいいミーゼがドレスをまとって出て来た。
サプラエルが
「目録を読め!」
と叫ぶと、お付きの文官が封じられた筒の栓を開け中から紙を取り出して読み出した。
「目録! サプローン大司令! 貴君は先の大戦に於いて上げたる将校の首二十。粉砕した部隊数えきれず。その功績は誠に顕著である。よってエルフ風邪の特効薬を授与する。魔王ガジュエル。代読 一等官ラネオス」
そう言ってラネオスという文官はその文をまた筒に入れて封をしダルブにうやうやしく渡した。
全て理解したダルブは地面にひざまずいてそれを丁重に受け取った。
「勅使、ご苦労さまです」
その目には涙がとめどなくあふれ、地面を濡らした。
サプラエルとラネオスは互いに微笑んだ。
「これで我々の肩の荷も下りました。さて、魔王様は不埒な牢破りの罪も許してくれるそうですよ。ただし!」
サプラエルは最後を強めた。ダルブは当然条件付きなのだと最初から分かっていた。どうせ戦地に行って城を落とせとかそういう事だろうと思って、サプラエルの最後の言葉を聞いた。
「たまに孫の顔を見せに来いとのことですよ。それから奥方も。全く兄上……、いえ、サプローン大司令にも困ったモノです。魔王様は元々戦功に城を5城与え、オーク一族が住まえるように取りはからいたかったようですが」
そういって、ウィンクした。
「ほ、本当か?」
サプラエルはツンと顔を空に向けた。
「ええ。サプローン司令の母君もそこで待っておられましたのに。ジャック将軍をつれて駆け落ちなどして飛び出してしまったので計画はまるつぶれ。今、その地は兄上の母君の父上であるトニー老将軍が統治しておりますがね」
「そ、そうか……知らなかった」
「まぁいいです。さて、今から民衆は家族団らんというのを楽しむのでしょう? 我々は引き上げるとしますか」
そう笑いながらサプラエルは馬車に乗り込んだ。
夕闇に城を指して馬車が出て行く。
ダルブは片手にミーゼを抱き、肩にグルシを乗せてその様子を眺めていた。
地平線の彼方に馬車が消えてゆく。
肩の上でグルシが
「キレイな馬車だなぁ。ボク始めて乗った」
「ははは。そうかそうか」
「ねぇ、お父しゃん」
「なんだ?」
「おじいしゃんでどんな人?」
「どんな人? どんな人かぁ……」
ダルブが言葉に詰まった。母追放の誤解は解けたものの、そもそもミーゼの村を破壊してミーゼをさらって奴隷として売ったのは父の国策だ。ダルブはそんな人権無視の父は大嫌いだった。だがミーゼはグルシの手を握りながら言った。
「偉大な人よ。とっても。お父さんのお父さんですもの」
「そ、そうか? う、うん……まぁそんな感じかなぁ」
「ふーん。そうかぁ。会ってみたいなぁ」
「そうか? じゃ、そのうちみんなで都に遊びに行くか」
地平線の彼方に光が沈んで行く……。
三人が家に入るのと同時に夜になった。
【おしまい】