第3話
ダルブとジャックは馬を並べて魔物の都を指して昼夜を問わず走り抜けた。
なぜジャックが必要なのか?
それはダルブの父親が問題なのだ。ただで金を貸してくれるわけがない。
二人はそう思っていた。だがどうにかしなくてはならない。そして家まで帰る。
(姐さんが死ななければいいが……)
ジャックは胸の内でそう思っていた。
魔物の都についても、二人の馬は止まることがない。真っ直ぐに城を目指していた。
当然、城門を守る兵士に止められた。
「ええい! 騒々しいぞ! ここをどこだと心得る」
ダルブはそっと鼻まで覆っているマスクを下げた。
「こ、これは……」
門番は畏れ入って平伏した。
「父は居城におるのか?」
「ええ。ええ。……ですが……」
「ですが……。なんだ」
「その……あなた様を入れないようとの命令がでております」
「そうか……。ジャック」
「へーい」
「後を頼む」
「分かりやした」
ジャックは馬を下りて門を開けた。
慌てて門番がジャックを引き離そうとするが怪力無双のオークだ。それは簡単にはできなかった。門にすき間が空いた瞬間、ダルブは馬を走らせ、中に躍り込んだ。
勝手知ったる我が家……といった感じに、馬を馬止めにつなぎ急いで城の階段を駆け上る。裏口やら秘密の扉を開けて進んだ場所は……。
魔物の王。魔王ガジュエルの部屋だった。
「ち……ちうえ……」
ガジュエルは部屋で休憩をしていた。
そして声の方にゆっくりと振り向く。
「サプローン……」
「ええ……ですが今はダルブを名乗っておりまする……」
そう彼は魔王の子。
魔王が妾のオークに産ませた子だった。
王位継承順も二番目。父を嫌いハーフオークのダルブであると詐称していたのだった。なるほど、見た目はハーフオークだ。だが内に秘めたる力は魔王のそれとほぼ同じだった。
それが郭からハーフエルフの女と逃げた!
都は一時騒然となっていたものだった。
「なんのようだ。貴様は城を捨てた。父も捨てた」
「御意にございます。ですが本日はお願いがありまして……」
魔王ガジュエルは近くの鐘を鳴らした。
急いで入って来る近衛兵。ダルブの姿を見て驚いた。
「何をしておる。賊を捕えよ」
「は、はぁ……し、しかし……」
「捕えよと申しておる!!」
大轟音一閃だ!
衛士たちは震え上がってダルブに槍を向けた。
「つ、妻が! エルフ風邪にかかっておるのでございます! そして息子も! 父上の孫でございます!」
魔王ガジュエルは背中を向けた。
「陛下! 父上! あなたが私の母を辺境に追放したからではないですか! 私にどこに罪があるのです! 今までの功を思い出して下さい! 陛下!」
だが魔王は言葉を発せずに指で早く連れて行けというふうに指示をした。
ダルブは足を踏ん張って衛士の連行に反抗したが大勢の衛士の力には敵わず、牢獄に叩き込まれた。
「クソ……」
ダルブは小さく声を上げた。
「ダメでやしたかい……」
すでに中にはジャックがいた。ダルブは彼に駆け寄り抱きしめた。
「すまん……」
「いえ……あっしはアニキの従者ですから……」
長い時間が経った。狭くほの暗い牢獄。
時折、別の囚人や人間の戦士が口汚く罵り合いをしていた。
ふと気付くと、牢獄の前に貴族の服をまとった男が立っていた。
「ふん! みすぼらしい格好ですな。兄上もジャック将軍も」
「サプラエル……」
ダルブの弟のサプラエルだった。
正式な王位継承者。貴族の魔物の子供だ。純潔な魔王の息子。
だがこの王子はオークの妾腹であるダルブを尊敬していた。
行動力も有り、戦場で何度も功を立てた。
しかし、勝手に城を飛び出して駆け落ちしてしまったことに対しては深く軽蔑していた。
「今更何をお帰りに……。兄上の処遇は決まりましたぞ!」
「磔刑か?」
「……御意」
ダルブは牢獄にゴロンと横になった。
「どうせ、妻も子も死んでしまう。オレが先に死ぬだけのことだ。ただ、ジャックだけは許してやれ。オレにそそのかされただけだ」
「な、なにをおっしゃいます……! 私にそんな権限なぞ……」
「なぁ、頼むサプラエル。恩に着るぞ?」
サプラエルはクィっと首を横に向けた。
「あ、落とした」
サプラエルがそうつぶやくと
カラーン。
床と金物が当たる音。そこには牢獄の鍵が落ちていた。サプラエルはコホンと空咳を打つと……
「これは独り言であります。そもそも、エルフ風邪の薬は人間界で調合されているもの……。この都にはありません。作るには“飛竜の血”、“山マンドラゴラの根”が必要です。どちらも採取が難しいものばかり」
というと、靴音を高くならしながら去って行った。
「……あやつ……」
「王子様も憎いことを致しますなぁ」
ジャックはそういいながら、牢獄の前に落ちている鍵に手を伸ばし、すぐさま鍵を開けた。二つの影が牢獄の最下層に向かって行く。
そこには隠し通路があった。王族でなくては知らない通路だ。
そこから出た二人は、“山マンドラゴラ”の産地であるキャロト山へ向かった。