第1話
丘の上に筋骨隆々の男が立っていた。名前は“ダルブ”だ。
顔は少々異形。精悍な顔つきではあるが、鼻がポコンと上を向いていた。
彼はハーフオーク。その名残で顔つきが少々ブタっぽい。
だが彼はそんなことは気にしていない。
オークの中ではイケメンだと思っている。
上半身は裸。日に焼けて真っ黒だ。片手には大きな農具のクワ。
それに手を掛けて丘から見下ろしている先には自分が開墾した畑。
そこには、丸太ほどの大きさのニンジンが頭をのぞかせている。
魔王領と人間領のほぼ境の土地だ。
丘から見える農地が彼のものだ。広大だが危険な土地ゆえに安く買えた。
顧客は魔物、人間両方だ。どちらも食べれるものを耕作している。
こちらの畑には子供の頭ほどのジャガイモが雇い人のドアーフたちによってゴロリゴロリとおこされていた。
このドアーフたちは戦火に追われて、ダルブの敷地内の森の中に住まっていた。
7軒の分の家族だった。ダルブは彼らにも畑を与えてやった。
そして畑仕事を手伝ってもらい、仕事量に応じて日当を支払っている。
もしも、人間が境を犯せば彼らもダルブと共に戦ってくれる。
心強い用心棒でもあった。
ダルブは北に広がる林の方を見た。あちらにもクワを入れればさらに広大な農地が出来上がる。そう思って彼はクスリと笑った。
そして彼は大きく息を吸い込んで、雇い人のドアーフたちの方を向いて声を上げた。
「うぉーい! 今日はそれを収穫したら終わりにしようや!」
「へーい!」
ゴロンゴロンと音を立て、ドアーフたちによって荷車にジャガイモが積み込まれて行く。
彼は疾風のように丘から駆け下りて、ドアーフたちを労った。
「今日の日当は女房から受け取ってくれい。オレはこれを小屋にしまってくる」
そういって荷車引く。本来ならば馬がつながれる場所に馬はいない。
コスト削減だ。
自分が運べない重さではない。
ギィギィと音を立てながら、ダルブはジャガイモを広い小屋に運んで無造作に投げ出した。まだ畑にはジャガイモが5往復分はある。家にはドアーフたちが集まり始めている。彼は家に向かって
「ミーゼ! みんなに水を振る舞え!」
すると、家の中から透き通るような声が聞こえる。
「はぁーい。お前さん」
中からは農業とはかけ離れた華奢な細身の体。そして顔立ちの整った妻ミーゼが出て来た。
それに合わせて、彼女の足に絡み付いて遊びながら2歳ほどの子供も。
彼女に似て美麗な顔つきだ。
彼女はハーフエルフだ。本来は水と油のような種族の二人が仲睦まじい夫婦になっている。
それは彼女が魔物に集落を襲われてさらわれて来て、郭で働かせられていたのだ。夢も希望もない人生だった。だが、ダルブは彼女を見初めて多額の金を郭主に出して身請けした。
身請けをし、彼女を受け取ると宿屋で彼女に砂金が入った袋を渡してこう言った。
「さぁ、君はもう自由だ。故郷へ帰るなり、好きな土地で暮らすといい」
ダルブはそう言って彼女に背中を向け部屋から出ようとすると、彼女はダルブの背中に貼付いて来た。
「もう……故郷はないの……」
「そうか……」
「あなたのお側に仕えさせてください」
「ほ、本当か? オレは……お前たちから見れば卑しいオークの血が流れているんだぞ?」
「ふふ……でもあなたは誇り高いと思っている……」
「当たり前だ。誰が親を卑しむものか」
「そんな英雄の側にいたいです。妾でもいい」
「マジすか。……マジすか」
ダルブはそんなミーゼの言葉にメロメロになった。
ミーゼも彼を慕って一緒にこの土地に来て農業をはじめたのだった。
最初は荒れ地だった。だが土地をおこせば栄養価の高い土壌に違いない! 最初は3枚の畑にジャガイモと豆、トウキビを植えた。その後は秋や冬に強い根菜を次に植えた。次の年には3枚の畑は15枚になった。その頃、ドアーフたちも来てどんどん土地を広げた。
4年目の現在は丘から見える土地のほとんどが畑だ!
たまに畑を荒らすモグラやネズミ、鳥なんかはスープにしてしまう。大きな芋虫は天ぷらだ。……ミーゼは食べないが。
ミーゼは荷車をガラガラと運ぶ自分の夫を横目で見ながらドアーフたちに日当とともに水を振る舞った。
ドアーフたちは金を受け取り、水をうまそうに喉を鳴らして飲み干した。
「ごちそうさんす。明日もよろしくお願いします」
「あいよ。雨が降んなきゃね。ああ! ジャガイモもってお行きよ!」
ドアーフたちは大きなジャガイモを受け取って嬉しそうに家のある森に向けて帰って行く。それに手を振りミーゼは子どもと家の中に入っていった。
ダルブは畑から運んだジャガイモを大きな袋に入れ込んだ。大きな袋が20ほどできた。これは後ほど町に売りに行く。ミーゼや子どもに服やお菓子を買ってやりたいのだ。
そして、農具をキレイに洗う。手入れは大事だ。
ドアーフたちの分もキチンと洗わなくてはいけない。
そして研ぎ石で農具を磨く。手慣れた者だ。シャッシャ、シャッシャで一丁上がりだ。
全てが終わる頃には夕方のオレンジ色の光がゆっくりと紫色に変わって行く。
ダルブはそれまでに自分の仕事を終わらせるのが好きだった。
家の中に入ると、赤々と光るランプ。
その下で息子が、ダルブを見て
「おとーしゃんお帰り〜」
「おー。坊主。いい子にしてたか? 母さんの邪魔はしなかったか?」
「うん」
そう言いながら妻のミーゼに近づいて、長い耳の先をつまんでイタズラをしながら、
「よぅ。ミーゼ」
「あいよ。おまいさん」
そして彼女と口づけを交わす。
「うまそうな匂いだなぁ」
と少し上を向いた大きな鼻をヒクヒク鳴らしながら言った。
「今日は肉があるよ!」
「マジか!」
ドタバタとイスの音を鳴らして、すばやく座り込む。
そこに、大きなジャガイモのスープとジャガイモで作ったパン。
そして鹿の焼き肉。
ダルブは大きな鼻を鳴らした。
「ふふ。かっこいいよ」
「そうか?」
ミーゼはダルブの頬を触りながら言った。
暖かい三人の晩餐はとても楽しいものだった。