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あそこで何があったのかって?
ことそれに関しては当事者である私が一番知りたいくらいだ。
溺れた女の子を助けてたら自分まで溺れてしまった。
あぁもうダメだ…って思ってたのに、目が覚めたら助かっていて。
助かったと思ったら私(西條ゆかり)じゃなくなってた。
ましてや、知りもしない子どもの体に収まってるという…
これが実際に自分の置かれてる状況じゃなかったら、にわかに信じ難い。
むしろ最初は信じられなかったし、まだ生死の境を彷徨ってるんじゃないかとすら思ったくらいだ。
それでも、感覚はリアルだし日に日に由香里としての時間を過ごす中で、この状況を受け入れるしかないって思うようにしたんだ。
嘆いてても、寝て起きてを繰り返しているだけじゃ何も変わらなかったし、そうする他なかった。
私自身の体の行方も気になるところだし、由香里ちゃんの精神? 魂? だってどうなっているのか気掛かりだったから。
私が由香里として動くしかないって思ったから、いまここにこうしている訳で───
「聞いてるの? 由香里」
聞いてますよ。
聞いてるけど、どう答えるのが最善か分からないんだよ。
だけど、この東条家の家族の中で一番に由香里の異変に気付いたのは壱弥くんなんだよね。
それを考えると、下手に誤魔化してもずっと疑われ続けるわけだし、誤魔化せたとしてもそれは付け焼き刃なだけだろう。
百害は必ずついてきて、利は微塵もなさそうだ。
「色々考えてるみたいだね?」
笑顔のプレッシャーが強め…!
冷や汗がじわっと滲み出てくる。
「下手な嘘ついたり誤魔化したりせずに正直に言ったほうが良いと思うんだ。お互いの今後の為に、ね」
私の部屋に着いてしまった。
仕方ない。
「──そうですね。でも、私自身、色々と混乱しているのも事実です。きちんとお答えする為にも少々時間をください」
一時撤退!
「逃げるの? 時間稼ぎして誤魔化すつもりなのかな?」
ひぃ。バレてる!
「いいえ」
「そう? それじゃあ具体的にいつまで待てばいいのかな」
「そうですね。明日、パーティーが終わってからにしませんか。私もなにぶん初参加の催しが控えておりますので、ご配慮頂きたいです」
にっこりと笑って応える。
笑いこそしたけど、言葉に「こちらとしてはそこを譲る気はないからな」という気持ちもしっかり乗せておく。
「──まぁ、いいよ。急いては事を仕損じるっていうしね。追い詰め過ぎて逃げられて困るのは面白くないから」
何を仰っしゃいますやら。
十分過ぎるほど追い詰められていましてよ。
これがまだ序の口だと言わんばかりの余裕ぶりに、頬が引くつく。
この歳でこれは本当に末恐ろしいものがあるな…
──いやいや、何を小学生相手にビビってるんだ私!
そうだよ。よくよく考えたら壱弥くんまだ小学生だよ。私、中身は成人女性だよ。気持ちだけでもそんなに及び腰になる必要なくない?
そもそも心の中でも「壱弥くん」なんて敬称付けてるから気持ちの面でも下になっちゃってるのかも。
心の中でくらい呼び捨てでも全然問題ないわ!
壱弥め、いい気になるなよ。アラサーナメんな。
「楽しそうだね由香里。一体なにを考えてるんだろう」
「あら…すみません。明日のパーティーの事を考えておりました」
危ない。
壱弥は聡い。聡すぎる小学生だ。
「ふーん。まぁ、そういう事でいいけど…東条家秘蔵の御令嬢が初参加するってなれば色々と好奇の目もあるだろうし、挨拶回りなんかも大変だから、特別に僕がフォローしてあげるね」
「…ありがとうございます」
「解ってると思うけど、東条の名に恥じない振る舞いでね」
「礼儀作法がそぐわない様でしたらお助けくださいましね。勝手が解りませんもので。それでは壱弥兄さま、付き添いありがとうございました。おやすみなさい」
「おやすみ」
───パタン
…疲れた。
最近の小学生ってあんな感じなの?
働いてた時も、最近の女子大生らがもう既に未知の生き物だったけど、私が知らない間に子どもまであんな知らない生き物になってたのか。
「ジェネレーションギャップ、こわい」
思わず独りごちた。
それよりも、明日のことだ。
壱弥にも言われたけど、要はパーティーで恥かかす様なことすんなよって事。
まだ入学前の子どもだし、元気に愛想よくしておけばいいかなんて思ってたけど、違うのだろうか。
お嬢様教育なんて受けてないから知らないよ。
せめて姉妹がいればなぁ。
お手本にするのに…
「あ、瞳さん! 瞳さんもパーティーには参加するのかな。もしそうだったら、彼女の近くで観察してれば大丈夫かも」
近くに良いお手本がいたじゃないか!
私には宝ジェンヌ・瞳という心強い味方もいたではないか!
色々あり過ぎて忘れてたけど希望がみえてきた。
え? 瞳さんが出席しなかったらって?
そんな後ろ向きなこと考えない。言霊ってあるからな。口には出すまい。
ただ、私のことをフォローすると言ってた壱弥の存在を考えると、瞳さんが嫌がる可能性もなくはないけど。
「それより難関なのは──」
パーティーが終わってからの事だよね。
むしろそっちが本命だわ。
壱弥の性格からみて誤魔化したところで意味はなさそうだし、薄々私の中身が由香里ちゃんの性質と違うことは察している。
そして、それを拒絶するわけでもなく、どちらかと言えば肯定的に受け入れてはいそう?
もし仮にこの状況を壱弥も受け入れてくれたとしたら、私自身はやりやすくなるのか。
──いまの由香里は前の由香里より全然いいよ──
少なくとも、私になら興味を持って接することはできる、っていう事でいいのかな。
私のこと、中身が別人だって言ってきた顔、あれは何かしら確信を得たような物言いに感じたのもある。
でもなー。
初体面の日に「人に迷惑をかけるな」って言ってたことも考えると、どっちに転ぶか全然読めない。
あれは壱弥が私の中身に対して何かしら思う前の話だったから、考慮しなくてもいいんだろうか。
うーん
う──ん
う───ん……
……─────
結局、自信を持って結論を出すこともできないままに朝を迎えてしまった。
あんなに頭を抱えていたのに眠くなるなんて、さすが子どもの体。びっくりだわ。