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東条家にやってきてから数日が経ちました。世間はすっかり師走です。
お気付きの方もおられるんじゃなかろうかと思います。
えぇ、私、ここ東条家で初めてのクリスマスを迎えようとしています。
ちょっと豪華なクリスマスディナー食べて、ケーキつついて、笑ってプレゼント開けたりする。なーんて、温いもんじゃないだろうなって思いつつも、ちょっとどこかでそわそわ期待してた自分がいました。
あのお兄ちゃん'sも一緒のクリスマスは正直微妙だけど、家族団欒での食事だったり、ツリーの飾り付けだったりを想像しちゃってました。
東条家でいうところのクリスマスは、もはや慈善事業のようです。
各界のお偉いさま方や一流企業、より優られた名家の方々が集まったパーティーが開催されるみたいで、東条家はいうまでもなく招待されているので昨日帰国したばかりのお父様はゆっくりされる間もなく出席の準備をされていた。
私は退院後だったこともあり参加は見合わした方がいいと、お母様もお父様も言ってくれたんだけど、壱弥くんの一言で覆される。
「由香里、一人で寂しいんじゃない? 僕が一緒に留守番しようか?」
なんて事を言い出したもんだから心臓がキュ…ってなった。
間違ってもトキメキの類ではなくて不整脈の方。年寄りの冷水、由香里に壱弥お兄ちゃん。
「えー! 兄さま行かないなんて僕が嫌だよ。兄さまは僕を一人にするのはいいんだ?」
「そんなわけないだろ和臣。ただ由香里は最近母さんにベッタリだったし、一人になったら辛いんじゃないかと思って」
「由香里ばっかり。ずるい。僕は兄さまとパーティー行きたい!」
「うーん…」
チラッと私を見る壱弥くん。
なに? その目線が語るのは何ですか?
どういう反応が正解なんですか…!
あ…う…、と口篭ってしまう。
「あなた、やっぱり私が由香里ちゃんと一緒に残ります」
オロオロする私が答えられないでいると、お母様がそう申し出た。
それを聞いた途端に、えー! と不満タラタラなのは和臣くんだ。
分かりやすくギンっ! と睨み付けられる。ここまでされると分かり易すぎていっそ清々しいわ。
壱弥くんはというと…
変わらず笑顔なんだけど、その笑顔はアレですね。分かりにくいけど、断れって意味で合ってますよね?
これ以上私がお母様を独占するわけにはいかない。
そう思って、腹を括った。
「わ、私もパーティーに行きたいです」
「まぁ…無理しなくていいのよ由香里ちゃん。たくさん人もいらっしゃるし、体に障るかもしれないし」
「大丈夫です。お兄ちゃん達もいてくれるし」
いてくれるんだよね?
パーティーでぼっちになんてしないよね?
お父様とお母様は顔を見合わせて何やら思案顔だったけれど、お父様が頷いたことで意見は決まったらしい。
「由香里が参加したいというなら、そうしよう。いずれどこかのタイミングではと思っていたことだからね」
「えぇ…そうですね」
「良かったね由香里。今年は家族一緒のクリスマスになって。パーティーへの参加自体初めてだから緊張しちゃうだろうし、僕がついててあげるから心配いらないよ」
壱弥お兄ちゃんの言葉は優しさで溢れているのに、薄ら寒いものをヒシヒシと感じる。
どうやら、答えを間違えたくさいな…
それよりも初めてのパーティーってことは、由香里ちゃんは対外的な集まりに参加すること自体が初めてってことかな。
それだと、本物の由香里ちゃんの事を知っている人達も限られてくるってことだよね。
それはとってもありがたい情報だわ。
いくら記憶がなくなってるからと言っても、根本から掛け離れ過ぎてるとなると不信感も少なからず持たれることになると思うから。
「ありがとうございます」
壱弥くんに頭を下げた。
相変わらず笑ったままそれを受け流したようだ。
急遽私もクリスマスパーティーに参加することが決まり、周りが忙しく準備を始めた。
準備が整うまで私にはこれといってすることもないので、自分の部屋で待っているようにと言われたので挨拶をして部屋を出た。
おい…なぜ付いて来るんだ。
「壱弥お兄ちゃん?」
「……」
「壱弥、兄さま?」
「うん? 部屋まで送るよ。和臣と僕は例年のことだから準備も特にないし待ってるだけだもの」
「はぁ…」
兄さま呼びじゃないと無視をされる、と。
和臣くんの方は付いて来ないらしい。
お母様も一緒に参加できることになって喜びが抑えきれないらしく、色々とせがんでいるようだ。
二人で並んで廊下を歩く。
沈黙がのし掛かるけど、黙ってても地獄、喋っても地獄なら、私はだんまり地獄を選びます。
表情で余計なことを語ってしまわないように、歩数を数えながら歩くことにした。
いち、にい、さん、よん……
「由香里さぁ」
「はぃえ?!」
ビックリした!
急に話し掛けられたから声が裏返っちゃったじゃないか!
「本当に何も覚えてないの?」
「えっ、はい」
「それなのに、やっぱり参加することにしたのは何で? 普通なら知らない人が大勢いる中にいきたくないものじゃない? 今だって、僕ら家族も知らない人達なわけでしょ」
あんたと二人でお留守番よりマシだと思ったからだよ。
なんて言えるはずもないので、適当に誤魔化しておく。
「参加してもしなくても、お母様は心配されるようでしたから。和臣兄さまもお母様と一緒にパーティーに行きたがられているようでしたし、それが一番みんなが納得いくんじゃないかと思いました」
スラスラと流れるように答えられた。
当たり障りのない回答。及第点じゃない?
「そうなんだ」
「はい」
「周りのことを考えて行動しようとした由香里に良いことを教えてあげるよ」
「えっ?」
「由香里はね、毎年パーティーに参加したがってたのに父さまと母さまが何やかんや理由を付けて参加させてこなかったんだ。だけど、今年は絶対に参加するって、僕に啖呵切ったんだよ」
「啖呵…?」
「あぁ、知らない言葉だった? 喧嘩腰で僕に突っかかってきたってこと」
言葉の意味が解らなかった訳じゃないんだけど。
どうして私…じゃないや、由香里ちゃんはそんなことしたんだろう。
「私は兄さまのこと、その…お嫌いだったんでしょうか?」
「さぁ? でも、僕は嫌いだったよ。由香里のこと」
面と向かって言われた。
知ってたけど。
「いまの由香里はそれくらいとっくに解ってるよね?」
「…はい」
相手がここまで言ってるんだ。私も腹を括ろう。
これだけ嫌われてるんだから、いまが最悪ってことだろう。
私の返事に壱弥お兄ちゃんは、ふふっと笑った。
「煩わしいことには変わりないんだけどさ。いまの由香里は前の由香里より全然いいよ。本当にまるで別人」
「………」
「駄々こねるだけの子どもって本当嫌いでさ。あ、いまお前も子どもだろって思ったでしょう」
「………」
「そうなんだよね。そこが不思議なんだ。帰ってきてからの由香里は、中身が子どもじゃなくなってる気がする。むしろ僕のことを子どもとして見てる感じすらするんだよね」
「………」
「ねぇ。一体なにがあったの?」