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瞳さんとはそれから夕食の時間までたくさんお話をした。
最初の方は話してくれている内容も主に人間相関図や東条家についてだったけれど、さりげなく聞きたいことはないか尋ねてくれて、知り得た情報にまつわる由香里ちゃん自身の立ち位置や趣味趣向についても聞き出すことができた。
瞳さん自身は、中学に通う8つ上のお姉さんだった。
そして驚くべきことに、壱弥くんの許嫁らしい。
「許嫁といってもお互いの母親の仲が良いから、そうなれば素敵ねって勝手に盛り上がっているだけよ」
「瞳さんのお母様と私のお母様はそんなに親しい間柄なんですね」
「そうね。高等科からのお付き合いだと聞いているけど、母はおばさまのことを親友だと言っているわ」
「そうなんですか」
瞳さんのお母様は大学在学中に瞳さんを身籠ったことで結婚に至ったらしい。
学生結婚で出産なんて、この業界だとちょっと早すぎるんじゃないかって色物で見られることもあって傷付いたりもしたけど、私のお母様だけは手放しで喜んだそうだ。
「だから何だかんだと口実を見繕っては東条家にお邪魔させてもらっているのよ。私は母のおまけみたいなものだもの」
「おまけだなんて」
「壱弥くんとのことだって、色々面倒くさい探りを入れてくる周りの声を遮りたいと思ってのことなんじゃないかって私は思ってるくらいだもの」
「まぁ。瞳さんはそれでいいんですか? その、壱弥お兄ちゃんのことがお好きならいいんですが…」
「私も壱弥くんも、お互いに好き合ってるわけじゃないわ」
「でしたら、お慕いする方ができた時に周りにそんな風に思われていて、困りませんか?」
「言わせておけばいいのよ。母だって恋愛結婚で押し切って婿養子を貰ったんだから、私がとやかく言われる筋合いないもの」
瞳さんは明け透けな表情と物言いで私の質問に答えてくれる。
瞳さんなりの解釈も添えてくれるので、どういう考えがこの業界での一般的なものなのかという微妙なラインも、今後の判断材料になりそうだ。
「いけない、もうこんな時間ね。だいぶ話し込んでしまったわ。由香里さん、お疲れになったでしょう?」
「いいえ、全然! とっても楽しくて時間を忘れてました」
「私もよ。まだまだ話し足りないくらい」
「ここ最近のこともお聞きしたかったです」
「本当。でもそれはまた今度にしましょうか。そろそろ夕食の時間だろうし」
「あ、私ったらお茶も出さず…すみません」
「いいのよ。私も忘れていたもの」
そんなやりとりをしていると、メイドさんが瞳さんを呼びに来た。
てっきり夕食の知らせだと思ったのだが、帰りの時間だと告げられる。
「瞳さん、うちで夕食ご一緒されないんですか?」
「そうなの。今日はこれから集まりがあって、母を連れて帰ってくるように父から言付かっているのよ」
「残念です」
「ごめんなさいね」
「いえ、遅くまでお引き止めして申し訳ありませんでした」
瞳さんを見送りにエントランスまで一緒に向かう。
次はいつ会おうかという話をしていると、こちらに向かって歩いてくる影が見えた。
…出た。
「瞳さん。遅くまで由香里の相手をありがとうございます」
「いいえ。壱弥くんの礼には及ばないわ」
「おばさまもお待ちですよ」
「珍しいわね。いつもは私が待たされる側なのに」
壱弥くんはさり気なくエスコートするように立ち、そのまま一緒にエントランスへ向かうことになった。
口は禍のもと。
余計なことは言わず黙ってやり過ごすことに決める。
さっきまでのお喋りから一転、急に黙り込んだ私の様子に気付いたのか、瞳さんは軽くため息を吐いて壱弥くんに声をかけた。
「壱弥くん。病み上がりの妹を虐めるのはよしなさいね」
「心外ですね。僕は何もしてませんよ」
「態度と物言いで追い詰めてるのなんて見え見えよ。全く、こんなに可愛い由香里さんの何がそんなに気に食わないの」
「瞳さんにとやかく言われることではありませんね。それに、身内の問題で僕らにはこれが普通です」
「可愛くないわ」
「男ですから、可愛くなくて結構です」
私をおいて二人はバチバチとやり合いを始めた。
両者アルカイックスマイルでのやり取りは見ていられない程に薄ら寒い。
この二人が許嫁?
これはどう見ても無理じゃないですかね、お母様方。
どうやらお二人の仲はよろしくはないようだけど、これだけ素を晒し合える仲なら、ある意味親しい間柄って言えるのかな。
「由香里さん、壱弥くんに何かされたら私に言ってね」
「え、あの…」
「何もしませんよ」
「無関心も立派な虐待よ」
言われて、肯定も否定もせずに笑っている壱弥くん。
無視する気満々みたいですね。
瞳さん。残念ながら、関わるな的な前置きはもう貰っちゃってるんです。
「由香里さん、お久しぶりね。挨拶もせずにごめんなさい。お加減いかが?」
エントランスホールまで行くと瞳さんのお母様が声をかけてきた。
状況が状況なだけに、親友のお母様の心痛を和らげようと話し込んでいて、私を見舞う時間がなくなってしまったらしいな。
当たり障りのない挨拶を返して車へ向かう夫人を見送った。
続いて瞳さんも車へ向かわれる。
「お見送りありがとう。また遊びにきてもいいかしら、由香里さん」
「喜んで。お待ちしてます」
「壱弥くんも、ごきげんよう」
「さようなら、瞳さん」
瞳さんは別れの挨拶をすると待たせていた車に乗り込んでしまった。
ドアを閉めて車が走り出すまで、私に手を振ってくれる。
車が見えなくなると、途端に心細くなってしまった。
「瞳さんに取り入るのは記憶を無くしてからも変わらないんだね。習性なのかな?」
瞳さ───ん!
カムバ───ック!