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矢継ぎ早に兄達に言いたい放題罵られて、言葉もなく立ち尽くして閉められたドアを呆然と見ていた。
ちょっと情報過多で、ついていけない。
えーと…
ヨロヨロとベッドに倒れ込む。
「わけも分からず九死に一生を得たと思ったら、目が覚めてみればすっかり別人の5歳児になってて、生まれは財閥の御令嬢。両親には普通に大事にされてるっぽいけど、お兄ちゃん達との仲はすこぶる悪そうで、そのお兄ちゃん達は曲者臭が強め…」
あ、ダメだ。
状況を声に出してみると疲労感が増した気がする。
これはとてもじゃないけど、実家も全然心休まる所じゃないみたい。
実家というホームならまだ何とか救いはあるかも? とか考えてたけど、むしろこれじゃあほとんどアウェーだわ。
「どーするよー…」
────────
コンコンコンコン、っとドアのノック音にハッとする。
ガバっと体を起こしてみると部屋はすっかり薄暗くなっていた。
ベッドに倒れて途方にくれていたら、いつの間にやら眠っていたみたいだ。
冬だから日が暮れるのが早いのもあるだろうけど、もう夕方だった。
もう一度ノック音が響く。
「あ、はい!」
「由香里さん、入っても大丈夫?」
「あ、えっと、どうぞ!」
慌てて服と髪を撫で整えた。
身だしなみが及第点か怪しいところだけど、しないよりマシ精神だ。
失礼します、と言って入ってきたのは中高生くらいの女の子だった。
「お久しぶりね。退院おめでとう。長く入院されていたので心配していたのよ」
ポニーテールの黒髪でキリッとした綺麗なお顔立ち。女の子ながら凛々しくて、宝ジェンヌみたいだ。
「これ、お見舞い」
そう言って可愛らしいミニブーケを見せてくれる宝ジェンヌ。
「ありがとうございます。えっと…」
「瞳。四辻瞳よ」
「ありがとうございます瞳さん」
名前を呼んでペコリと頭を下げてお花を受け取る。
瞳さんは悲しそうな顔をされた。
「…何も覚えてらっしゃらないみたいだって聞いたわ」
個人事情筒抜けだな、おい。
身内の記憶喪失事件なんて一般家庭でもあんまり吹聴するようなことでもないと思うんだけど。
ましてや財閥令嬢が、なんてのはある意味スキャンダルじゃないのかな。
「壱弥くんが、私は知っておいた方がいいだろうって。さっきお会いした時に教えてくれたの」
まさかの壱弥お兄ちゃんんん!
嫌がらせ臭がする。そこはかとなく臭う!
「由香里さんと私は幼馴染なのよ。よく遊んでいたの」
「そうだったんですね。すみません」
「ううん。謝らないで。私こそごめんなさい。そんなこと言われても困っちゃうわよね」
「いえそんな!お気を遣わせて…」
すみません、と言いそうになって飲み込んだ。これじゃあ謝罪の応酬になってしまいそうだ。
立ち話もなんなのでソファに掛けてもらうことにした。
「可愛いお花をありがとうございます。とっても嬉しいです」
これは本当。
元々お花って好きだったんだけど、花屋にあるようなのを買おうと思ったらやっぱり贅沢に思えて、自分用に買ったりすることはなかった。
結婚式とかで貰えるお花が私の部屋に彩りを加えてくれるくらいだったな。
そういえば、病院の看護師さんたちからもらったお花、運転手の人に手渡したままで貰いそびれてる。
「由香里さん、湖で溺れたって聞いたけどお体の具合は?」
「大丈夫です。目が覚めてからすぐ良くなりました」
「そう、良かった。長く入院されていたから思わしくないのかって心配したわ。面会はお断りしているとも聞いていたから」
「私が何も覚えてなかったから、お母様たちが気にしてくれたんだと思います」
「そうね。不安でお辛いだろうけど、私はまたこうしてお話できるようになって嬉しいわ」
瞳さんは本当に心から思ってくれているようで、笑顔がとても癒やされる。
むしろ、ちょっとドキドキする。
お顔立ちが! 宝ジェンヌが笑うから!
「これからも仲良くしてくれるともっと嬉しいのだけど」
「! もちろんです!」
「ふふっ。こんなこと言うの、本当は失礼なんだろうけど、私の知ってる由香里さんとはちょっぴり違うんだけど、でも何だか新鮮で面白いわね」
「気持ち悪くないですか?」
「えー?そんなことないわ!何だか由香里さんの方がお姉さんみたいな感じがして、そわそわしちゃうの」
正解。
中身はそこはかとなく年上ですもの。
気を付けてるつもりなんだけどな。お嬢様間のやりとりをって思うと、幼児意識しちゃバカっぽい気がしてならない。
あ、そうだ!
「瞳さん、私がどんな子だったのか、少しずつ教えて頂けませんか?」
分からないなら人に聞けってね!
瞳さんは幼馴染で由香里ちゃんのことも良く知っていたみたいだし。
あんなお兄ちゃん’sに探り入れるより全然真っ当だわ!
「もちろん」
瞳さんはニコッと笑って了承してくれた。
ありがとう!救世主!
やっと味方を一人見つけられて、この怪しすぎる人生の雲行きに少しだけど光が射した気分!
ぐぅ───。
…腹の虫も賛同してくれたようです。
瞳さんは微笑んだままで聞き流してくれました。淑女でした。