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瀬をはやみ  作者: 依々チコ
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 目が覚めた。今度はちゃんと息もできる。

 ぼんやりしてる時を狙って抜管されたときは盛大にむせたけど。あんなに苦しいものだったんだな。


 まだ投薬されてた影響もあってか、全身だるいし重いし、全然自由が効かないんだけど。それもそのはず、抑制されてた。


 腕を上げようとしたら、くっと引っ掛った感じがして全然上がらない。

 抑制までしなくても、もう自己抜管したりしないから外してください!


 二日酔いみたいに頭も痛いので目だけ動かして周囲を確認する。

どうやらここは集中治療室みたい?私は 一般病棟での勤務経験しかないからよく分からないけど、一般病棟じゃないことだけは分かる。

 某医療ドラマとかに出てきそうな器材やらでいっぱいだし、フロア自体が繋がってるのか色んな音があちこちから聞こえてくる。



「あ、目が覚めたんですね」



 ベッドの前を通り過ぎようとした看護師さんが声をかけてくれた。

 返事をしようとしたけど、喉が痛くて呻き声しか出てこなかった。



「喉が痛いですか?管が入ってたからしばらく変な感じが続くかもだけど、ずっとじゃないから大丈夫ですよ」



 看護師さんは優しく微笑みかけてくれる。私は頷くことで返事を返した。

 先生たちを呼んでこなきゃ、と踵を返そうとした看護師さんに、私はまた呼び止めようとして呻く。



「大丈夫。すぐ戻ってきますよ。目が覚めたって伝えてくるだけです。目が覚めたら一般病室に移動の予定だったから、今晩からはお母様も付き添われると思いますし、安心ですね」



 そう言ってまた微笑みかけると、頭をよしよしと撫でられた。

 ぽかんとして看護師さんの顔を見ていたら、ハッとした顔になって急いで手を引っこめて「私ったら、失礼致しました」と頭を下げてその場を離れていった。



 え?

 お母様??



 なんだか状況がよく飲み込めない。

 私は母親はおろか、親族もいない天涯孤独の身の上なんだけど…

 それに、なんか頭をあんな風にヨシヨシ撫でられるような風体もしてない。自慢じゃないけど、私はもうすぐ25歳になろうという年なのに、世の女性陣のような若々しさが足りないせいか実年齢よりも年上に見られるくらいだ。


 いくら病床に伏せっていたとしてもあの対応は間違ってるんじゃない?


 そんなことで痛む頭でハテナマークを拵えていたら、カーテンが勢いよくシャッ! と開けられた。



「由香里ちゃんっ!」



 涙を湛えながらカーテンを開けた女性は品のある人だった。なんかもう、身につけてるものから何から、一流です!が見てとれる。

 そして、そんなマダム(仮)のお顔を私は全く存じ上げません。

 まさかの知り合いがお見舞に駆け付けて、母親だと思われたのかなーなんて考えてもみたりしたんだけど、全然知らない人だった。

 こんなお上品な人種と知り合う機会もなかったしな。



「由香里ちゃん、良かった!本当に心配したんですよ…!」



 マダムは私の名前を呼びながら抱きしめてきた。

 えっ、え、ちょっと待って!大きい!


 抱きしめられる直前まで普通に見えてたマダムが覆いかぶさるように大きく感じてビックリする。

 サイズ感がおかしい!私よりは少し年上の方かなくらいに思っていたのになんかおかしい!


 マダムのサイズと、知らない人から名前連呼されながら抱きしめられるという状況にビックリして固まった。

 いや、抑制されてなかったら逃げてたと思うけど、物理的に無理だったから固まらざるを得なかったともいうけれど。



「由香里ちゃん?」



 マダムが心配そうに顔をのぞき込んでくる。動揺して瞬きを繰り返していると、不審に思ったのかマダムは振り返って「先生?」と状況の説明を求めた。

私も求めたい。主にこのマダムについて。



「うーん。由香里ちゃん、ここが病院なのはわかりますか?」



 先生が私に尋ねるので、コクコク頷く。まだ喉は痛くて唾液を飲み込むのもつらいから、返事は首の動きだけでするしかない。

 腕も縛られたまんまだし。

 そう思って腕をガシャガシャ動かしてみたけど「ごめんね、まだ少し我慢して」と宥められた。

 色々やらかすと思われてるんだろうか…心外だ。私にだって分別はある。むしろ同業者なだけに、その辺の患者よりも心得てるつもりだ。


 恨めしい目で訴えてみたけど、苦笑されたのでこれは駄目なんだなと諦めた。無駄な抵抗はしない。病み上がり、というより真っ只中な私にはそんな気力も体力も惜しい。



「どうして病院にいるか覚えてる?」



 首を振る。

 本当は理由もなんとなく解る気がするけど、詳細は解らないんだし、説明してもらえる方がありがたい。

 戸惑うマダムの肩を支えながら看護師さんが私から引き離してくれる。

 知らないマダムに抱きしめられたままだったから、離れてくれて正直ほっとした。


 その様子を見ていた先生が私の方に近寄ってきた。うわ、この先生も大きい!


 ちょっとビクついていると、うーんと唸ってから先生は呟いた。



「一時的な記憶喪失かな」



 えぇー。

 記憶喪失って適当すぎない?

 ちゃんと覚えているであろうことを提示してから判断してくださいよ。状況が曖昧なだけで、湖で溺れたことは覚えてるもの。

 …ちょっと立ち寄ったくらいのところだったから名前を言えとか言われたら答えられないけど。



「由香里ちゃん、この人誰かわかるかな?名前言える?」



 そう言って先生はオロオロするマダムに目を配った。

 私の知り合いにこんな上等な人はおりません。首を横にふるふる振って答えると、そんな…と悲痛の声を洩らしてマダムは崩折れた。

 え…気を失ってる。


 見知らぬ人だったマダムが私の反応を見て気を失ったことで、私はオロオロした。

 えーだって、知らないよなぁ? 公式とかと違ってあんまり人の顔覚えるの得意じゃなかったけど、こんだけ特徴あったら流石に忘れないと思うんだけど…

 私、本当に記憶喪失しちゃってるのか?



「まぁ、呼吸も心臓も止まってた時間があって、奇跡的に目を醒ましたんです。少し様子をみましょう、奥様」






 先生、そのマダムは気を失ってますよ。

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