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作者: 天地 万世

 昔書いた駄文です


 ふと思い出し、当時が懐かしくなったので酔いがてら書き直してみました


 ちなみに私にとっての駄文とは、誰かを救ったり、知識を与えたりする事の無い文章です


 男は恋をしていた



 多くは語らず、素直で真面目な男である


 彼は畑を耕し、森で獲れた物を売ることで日々糊口を凌いでいた



 女は村の乙女だ


 まだ年若く、その柔らかな声。その心温まる笑顔


 事ある毎にかけられる、冬の雲間から陽が差すような思い遣りの言葉



 あの子と、共に在りたい


 いつの頃からか、男はそう願いながら、日々を過ごすようになっていた



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ある時、男は女が花を愛していることを知った



 触れただけで折れてしまいそうな、か細い紫の花を編んだ指輪


 真っ白な、胡桃ほどの花を輪にして作った冠


 ほのかな桃色をした花の、胸元を囲う首飾り



 腰まで伸ばした金色の髪、慈愛に満ちた碧の瞳


 僅かな暇に女が作る花の装いは、花々を見て微笑む女は、ただ美しかった



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 男は花を育てた


 森の開けた処を耕し、美しい花を選んで育てた


 あの子に花束を贈りたい。ただその一心で



 男は花の面倒を見続けた


 毎日のように水を遣り、雑草を抜き、冬を越えて新しい芽が出た日には喜んだ



 どんな花が咲くのだろう


 この一面に咲き乱れ、そよ風に揺られる姿は、どのように映るのだろう


 あの子はそんな花束を手にして、どのような顔をするのだろうか



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 育てた花は、美しかった


 その両の手を天に伸ばすかの如く、太陽を仰ぐ数々の葉


 彩りに満ちた花々は、各々の心をその姿で謳っている


 ある花は空に憧れ、雲の彼方を向く


 ある花は淑やかに俯き、その思い出に微笑む



 日々忙しく暮らす男が、花の世話にかけられる時間は少ない


 僅かな時間で、祈るようにして花を育て続けた


 あの子を喜ばせたい。その笑顔が見たい


 その一心で



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 花束は、ただ、ただ美しかった


 咲いた花への感謝と、手折ることへの申し訳なさから、

 花束を作る作業は、遅々として進まなかった


 漸く出来上がった花束を見るにつけ、森から村に近づくにつれて、

 男の胸は高鳴っていった


 どんなに喜んでくれるだろうか。どんな顔を向けてくれるのだろうか

 こんなに美しく育った。きっとあの子は、喜んでくれる



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 その日は村の収穫祭であった


 喧騒な音楽と、声を上げて踊る人々


 男はその最中、女を捜して歩き回った


 やっと出来た花束を胸に




 程なくして女は見つかった


 とある青年の腕に抱かれ、涙を流していた


 女の腕が、強く青年を抱き締めるその様を見て、男は全てを悟った



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 男は走った


 森の開けた処、誰もいない処、花を育てた処


 嗚咽を漏らしながら辿り着いた男は、花束を叩きつけて倒れ伏せ、呻いた


 手近な花を握り、引き千切って叩きつける



 そうするうちに男に湧いた情念は、後悔であった


 慈しみ育てていくうちに、いつしか男は花を愛していた



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 秋が終わり、村は戦火に包まれた


 年の実りは悉く奪われ、家族に等しい村人達が繋がれ、或いは殺されてゆく



 傷を負い、男は逃げた


 その足は森の開けた処、花を育てた処へ向かっていった


 既に花の頃は終わっている。あとは枯れるばかりの草花があるだけの処


 辿り着いたその場所で、息も絶え絶えの男は意識を失い、倒れた



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 一騎の騎兵と数名の兵士が男を追っていた


 誰一人として逃がすつもりは無い。血糊が男の行く先を示していた


 止血したのか、もう随分と血糊は見失ったままだ。ただただ、同じ方向に進む



 追跡の果てに、兵士達は森の開けた処に辿り着いた


 鬱蒼とした藪を抜けた


 その途端に、視界が開ける





 ―――花が、咲いていた―――





 微かに揺れる花々のその姿は、どこまでも高く、どこまでも広く


 色鮮やかな花弁達は見る者の目を奪い、足元のそれを必死に守っていた


 男は花に、覆われていた




 束の間、兵達は心を奪われていた


 兵の一人が言う

「逃げた男はきっとこの先です。行きましょう」


 騎兵が応える

「もういい。この先から隣村までには谷がある。手負いの身では辿り着けまい」


「では戻りますか?」


「お前達は戻れ。俺はもう少しここを見ていく

 …何故だろうな…今まで花が美しいと思ったことなど無かったが…

 ここの花は何かが違う…」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 兵達が去り、程なくして騎兵が去ってゆく


 夜を過ぎて明けた頃、目を覚ました男がふらつく足で村の我が家を目指す




 花は力尽き萎れていた





 僅かに一本、男の足に絡んだ蔦が、その歩みに引っ張られて千切れた





 今はもう、ここで花の世話をする者はいない


 ここに花が咲くこともない


 ただそこに愛された記憶を残すのみである







 斯様な文章を評価して頂き、感謝に堪えません


 私にできるお礼といえば、書くことだけです


 遅筆ゆえ間が開くでしょうが、これといった作品をまた書き上げる所存です

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― 新着の感想 ―
[良い点] 始めは確かに主人公の目線で読んでいたのに、最後には彼に育てられた花やそこにある植物たちの思いに気持ちを重ねていました。 花が彼を守ろうとするシーンと彼の足に絡みつく蔦、ラストまでの言葉がと…
[良い点] 編み物と同じですね。 誰かを思い育てる時が、何より幸福な時間です。 彼の思いは届かなかったけど、美しく、何事にも変えられない幸せな時だったたなと。 [一言] 綺麗なお話でした。 素敵な時…
2018/06/25 12:29 退会済み
管理
[良い点] 女が花を好きだと知り、花束をプレゼントするために育てていたのが、次第に男自身も花を愛でるようになっていくところが好きです。 花の描写と恋敗れた時の心情がとても心に響きました。 とても美し…
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