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第三幕 束の間の平和

 執事の朝は早い。日の出と共に目覚め、すぐさま身支度を整える。ベッドに机、作り付けのクローゼットに、鏡のついた洗面台があるこの部屋は、子供の頃から使っているこの建物の客間だった部屋で、普通に広い。洗面器に汲み置き水を入れ、顔を洗い、タオルでよく拭いてから、鏡を見る。写っているのは、とがった耳と真っ白な髪、そして自分で思っているよりも、幼さを感じる僕の顔。寝起きでちょっと、髪も乱れている。ふっさふさの毛並みはご主人様のお気に入りなので、丁寧にブラッシングする。同じく、真っ白なしっぽの毛も、もっふもふにブラッシングして仕上げてから、部屋を出た。

 同じ階にあるご主人様の部屋に向かう。僕のこの家で一番広いが、大きさは僕の部屋とあまり変わらない。コンコンっと扉をノックする。いつもの通り返事は無い。

「失礼します」

 毎朝のことなのでそのまま部屋に入り、重厚な茶色のカーテンを開ける。朝日で部屋が明るくなっても、相変わらず部屋の中央にある丸いベッドに、大きなクッションを抱えたまま眠っているご主人様に近づき、大きな羽根のある背中側から声をかけた。

「起きてください、ご主人様。朝ですよ」

「ん・・・・・」

 起きやしない・・・。今度は正面に回って、抱えていたクッションを引っ張りながら声をかけた。

「起きてください。今日は出かける予定があるでしょう、ご主人様!」

「ん・・・。うーん・・・」

 取られたクッションを探して布団の上をごそごそと動き回っていた手が、僕の頭に触れる。と、

「わっ!!」

 布団の中に引っ張り込まれ、ぎゅっと抱きしめられる。

「うーん❤」

「はーなーせーーー!」

 抱きしめられて、頭をなでぐり回される。せっかくきれいに整えたのに髪も服も台無しだ。

「いい加減、起きろ!!!」

 格闘すること約30秒。大きな声で怒鳴って、どうにか拘束から抜け出し、ベッド脇に立つ。乱れた髪や服を整えながら、やっと起きたご主人様を思わず睨む。

「おはよう、レン」

「おはようございます、ご主人様!」

「今日も良い撫で心地❤」

「ありがとうございます、ご主人様!」

 抑えた怒りが思わず声ににじむ。

「レンが冷たいッ」

「当たり前です!!」

「昔はなでると喜んだのに」

「子供の頃の話でしょう!」

「くうちゃーんって、抱きついてきて、可愛かったのになぁ。」

「貴方なもっとクールな方だったのに!」

「お前が可愛すぎるのが悪い!」

「問題はそこですか!?」

「もふもふすぎる」

「生まれつきです」

「はい、二人ともそこまで!!」

 不毛で平行線を爆走する会話に終止符を打ったのは、家令のゼロスさんの拍手と声だった。

「クウガ様。朝食の用意が出来ております。速やかにダイニングルームへおいで下さい。」

「はーい」

「レンは先に降りておいで」

「はい」

「顔、洗ってから来てください。目ヤニがついてますよ」

「はーい」

「はいは伸ばさない」

「はい」

 ゼロスさんに注意されて途端に背筋を伸ばすご主人様。とっても温和な感じに見えるゼロスさんは、こう見えて、怒るととっても怖い。

「では、お待ちしています」

「失礼しました」

 ベッドから降りて身支度を始めるご主人様をほっといて、ゼロスさんと共に廊下に出る。へたに身支度を手伝うとまた撫でぐり回されてしまう。二人で階下にあるダイニングルームに向かう。

「髪が乱れてますよ、レン」

「はい、すみません」

「服も少し乱れています。また、やられましたね」

「はい」

「全く、いくつになってもあの方は」

 主を思うゼロスさんの声は、優しい。そして髪を直した後、ポンポンと頭をなででくれる手も、僕を見るその目も、また優しい。僕はひそかに、心の中で”お父さん”だと思っている。

 10年前、クウガに助けられ、浮遊島エターナリアに連れてこられた僕は、”クウガのペットである”という身分で、浮遊島の第七島に住む事になった。

 第一島から、第七島まである浮遊島エターナリアは、神殿関係者や貴族が住む第一島、果樹園の森になっている第二島、穀物栽培の第三島、狩りのできる森が広がっている第四島、軍を有する第五島、貴族でないものが住む第六島、そして、犯罪者やその子孫が住む第七島と、身分によって住める島が違っている。

 通常、白い羽根を持って生まれる翼人達の中で、稀に色付きの羽根を持つ者が生まれる。その翼人は”神に役割を与えられた者”として貴族という身分をあたえられた。色付きの羽根の子の両親や兄弟も貴族となった歴史が長く続く中、クウガも本来は貴族として第一島『天空神殿』に家があるのだが、獣人を連れ帰った事、またそれを飼うと言った為、あの日以来罰として第七島に移住させられていた。

 表向きは、羽根に怪我をして飛べなくなった退役軍人が、第七島の管理人をしているという形をとっている為、島の中心にある小高い丘の屋敷に住み、国から配給される食糧もあり、両親から届く衣料品や生活用品で何不自由なく暮らしているが、使用人として共に住むことを許されたのは、クウガの家で執事をしていたゼロスさんただ一人だった為、二人子守り、しつけ、家事全般全てを引き受けたゼロスさんの苦労は並大抵ではなかった。そんな訳で、クウガも僕も、彼には一生、頭が上がらない。

「首輪に鎖をつけて犬として扱う」として神殿から生きることを許可された僕に、素敵なデザインのチョーカーに鎖型の飾りを付け、”ご主人様の忠実な犬”として、執事としての教育を施してくれたゼロスさん。

ダイニングに入る前に僕を見つめると、もう一度服の埃を払い、髪を整え、最後に頭をポンポンとなでくれた。

「ゼロスさん」

「さ、ご飯にしましょうか」

「はい」

 嬉しくなって、思わずしっぽがぶんぶんと揺れる。それを見てクスっと笑ったゼロスさんと一緒に、ダイニングルームの扉を開けた。




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