第一幕 哀しい邂逅
翼のある人と、けも耳しっぽのある人の、一応、シリアスファンタジーです。可愛く、かっこよく、美しく、面白く、そして最後はハッピーエンド。そんな世界です。
覚えているのは、オレンジ色の炎の中で、真っ赤な血が白い手を汚していた事。そして、広がる真っ黒で大きな羽根・・・。
「あなたっ!!」
「クルミっっ!!!」
押し上げた地下室の扉の僅かな隙間から見えた燃え盛る部屋の中で、大好きだった母さんが血まみれで倒れていた。押し入ってきた、白い翼を持つ男達の手には、血が付いた剣が握られている。
「よくも妻を!!」
「無駄なことを」
父さんと男達が争う後ろの足元で、倒れた母さんが手を伸ばし、僅かに開いていた地下室の入り口を閉めた。唇に指をあて、静かにするようにと訴えた母の、最期の笑顔が見えなくなった。
僕は、地下室の真っ暗闇の中で、ただ震えることしか出来なかった。
床に何かが倒れる大きな音。そして、遠ざかる複数の足音と笑い声。やがて、暖炉の火がはぜるような音だけしかしなくなって、僕はもう一度、地下室の扉をそっと押し上げた。
「やめろ!!」
「うわっ!待て・・・っ!!」
炎を背に、真っ黒な羽根が広がっていた。その翼の下のほうから、血に濡れたナイフが飛び出し、後ろに膝立ちしている父さんがわずかに見えた。
「ここにいた・・、助・・ない」
「頼む!殺さないでくれ!!」
「大丈夫だ。逃・・よ」
「本当、に・・・?」
「俺は、本当は争いも血も、大嫌いなんだ」
「頼・・む・・・」
「約束しよう。必ず助けると」
「ああ・・・」
力を失った父さんが床に倒れるのと同時に男が振り返った為、最後の言葉だけがはっきり聞こえた。
「おいで」
地下室の扉が開けられ、自分か、両親のものか分からない血の付いた手が伸ばされ、そっと黒い翼の男に抱き上げられた。まだ若い、少年だった。
「でも、ここに隠れてなくちゃいけない」
それは、両親との最後の約束。すべての物音がしなくなるまで、隠れているように言われていた。
「大丈夫だ。今、俺はお前の父と約束した。お前を守ると・・・」
覗き込む瞳も、翼と同じ漆黒だった。
「すまないな・・・」
片腕に抱き上げられたまま、その人は両親を並べて、目を閉じてくれた。血に汚れた両親の顔は、なぜか口元が笑っているようにみえた。
「狭いけど、この中で動かないでくれ」
「うん」
大きな白い袋の中に隠され、また抱き上げられた。熱さが和らいで、燃える家の外に出た事が解った。
「クウガ!!お前、怪我したのかよ!?」
「大丈夫か?」
「救護班、こっちだ!!」
たくさんの人に囲まれる気配。怯えて袋の中で震えていると、ぎゅっと抱きしめられた。
「お荷物、お持ちします」
「これはいい。触らないでくれ!」
「すいません!」
「なんだ?いいもんでも見つけたか?」
「まあな」
袋ごと声に背を向けて、守ろうとしてくれている事が、なんだか嬉しかった。
「治療終わりました。このまま船でお運びします」
「ああ、頼む」
「出発!!」
ふわりと浮き上がって運ばれる感覚に驚いていると、小さく話かけられた。
「すまない。逃がす暇がなかった。このまま俺の国へ連れていく」
「ど、どうなっちゃうの?」
「しゃべらないでおとなしくしていろ。誰に会って何を聞かれても、暴れたり逆らったりは絶対するな」
「うん・・・」
これから何をされるのか分からない恐怖に涙が零れた。うつむいてしまうと、優しい声が降ってきた。
「約束しただろ」
「うん・・・」
「お前を、守ると。・・・俺を信じろ!」
「うん」
ほんの少しだけ袋を開け、覗き込んでいる力強い黒い瞳に、うなずいて見せた。彼の肩越しに、黒い翼に包帯が巻かれているのがかすかにみえた。
「俺はクウガ。おまえは?」
「・・・レン」
「レン。お前を必ず守る。約束だ」
「うん。ありがとう、クウガ」
そして僕は、彼に抱きしめられたまま、空に浮かぶ浮島”エターナリア”に連れていかれ、大変な騒ぎの後、浮島の一つで暮らす事となった。
そして・・・約束は、守られた。