1 クロスベルト総合第一学園
魔法を使って暴れたかった・・・ただそれだけなんだ・・・。ワードでもともとルビを書いておくと()で脇にでるんですね。呪文の読み方はお好みの読み方でどうぞ。
1 クロスベルト総合第一学園
人と人が争う時代は唐突に終わりを告げる。
世界は突如現れた魔王と魔物たちにより、脅威にさらされている。魔王は大陸の北方を制圧し領土を拡大しつつある。もちろん人々は魔物達と戦った。しかし魔物が扱う魔法の前に兵士たちは敗戦を強いられた。人々は彼らに立ち向かうために魔物が扱う魔法を研究することにした。
何とか捕らえた魔物を調べてみると、魔法は魔物独特の生命力から生まれ、それを特殊な法則で変換して用いる。それを人間でも用いることができる体系に変換されたものが魔術である。人の生命力を魔力に変換し、これを媒体にして魔術を使用することができる。
ただし扱えるものは女のみであった。理由は男には魔力を溜めることのできる器がないからである。女の身体は生命を宿すのに適しており、魔力も溜めやすい構造になっているからである。これが魔術の起源である。魔術を学ぶ学徒にとっては常識であり、それは授業を受けているノルン・クリストファーにとっても常識であった。
ここクロスベルト第一総合学園は魔術も学ぶことができる学び舎である。
学徒は大きく分けると兵学徒と術学徒の2つのくくりに分けられる。兵学徒は騎学部と工学部の2種類に別れ、騎学部は身体能力を高め戦うことに特化した学徒を育てる。工学部は騎学徒が扱う武器や防具を主に製作する。術学徒も二つに分かれ一つは法学部と呼ばれ、法術と呼ばれる神の信仰による恩恵で扱うことのできる術である。もう一つは魔学部と呼ばれ魔術を学ぶものが集う。魔術は女しか扱うことができないため魔学徒は通称魔女とも呼ばれている。
ノルンが今いる教室では、魔術の初歩的な歴史の授業を行っている。小さな楕円を連結させたような刺繍細工を施した魔学徒の深い赤色のローブを着込み、上が平らの丸い形をした帽子を被っている。栗色の先が軽くウェーブがかった毛先を手慰みながら弄り、講義を流し聞きしていた。
「ノ・・・ノルンもう駄目だよ・・・」
隣から情けない声を出すのは、クナ・アシュトレイ。ノルンと同様のローブを身に着けており、頭にはナイトキャップのような先に丸い綿が付いた三角帽子を被っている。綺麗なロングストレートの金髪は、クナの頭が机に突っ伏しているおかげでだらしなく波うっていた。
「我慢なさい、後もう少しで終わりなのだから。授業の初めのうちに先生に目をつけられると後々厄介よ」
「う・・・うーーー。それはやだーーー」
「でしょ」
ノルン自身も少し授業に飽きていた。
(歴史のはじめの授業なんて大体こんなものよね)
クロスベルト学園に限らず多くの学園と呼ばれる存在は、魔物と戦うために存在している。学徒は特定の学年になると北方の魔物との戦闘に向かわされる。戦績を収めるごとに賃金や待遇がよくなっていく。他に研究の成果によっても同様である。学徒は魔物との戦闘のために育てられている。
(結局のとこ戦争って言うものはいつになっていてもあるものなのね。殺す対象が人から魔物に移っただけで、殺し殺され合うことには変わりはないのね)
「ねえ、ノルン。ノルン」
「何よ。おとなしくしてなさいよ」
クナが小声で話しかけてくる。
「いや、わかってはいるんだけどさ。ノルンは次の交流授業どうする?」
「・・・・・そうね。あまり考えてなかったわ。ただ・・・」
多くの学園は一つの学部を専門的に教育する専門学園という形態である。クロスベルトは総合学園という形態を保っている。と言っても、総合学園自体ここが最初なのである。初めは前者のように専門学園だけしかなかった。近年、とある戦術論文が取り上げられる。
魔物との戦闘は戦力が全体的に低くても、各分野の者が集まり連携して戦うことで勝利を治めることができる報告があがった。集団でともにコミュニティーを築くことで、戦力が飛躍的にあがるというものであった。この論文から、学徒の育成方針を変えるべく設立されたのが、クロスベルト第一総合学園。これこそが、総合学園の試験校である。特色の一つとして交流授業と言うものがある。他学部の者同士が一緒に授業を受けるものである。授業は2種類以上の学部が、実践で効率よく立ち回れる内容である。
「法学部と組むのはいやね」
「う~~ん。そうだね。私もどちらかというとちょっと遠慮しちゃうかな」
魔術と法術はややつくりが異なる。魔術は魔物の使う魔法を人間用にアレンジさせたものを指すが、実はもともと魔術以外にも人間が扱える術があった。それが法術である。法術はこの世界にいる神という存在に対し、信仰と自らを戒める修行を行う。そこから神が与える恩恵によって扱えることとなっている。また法術自体は魔術よりも歴史は長く、広く浸透している。
なら何故魔術が必要になったか。それは本当の法術を扱えるものがほとんどいなかったのである。昔の法術とよばれるもののほとんどが自己暗示や催眠術の延長線上であった。実際扱えたという法術も、伝承程度の眉唾が殆ど。だが、魔術の構成方法を応用することで現在は法術という形で扱える。では、魔術とは何が違うのか。大きな違いは男女が共に扱えるという点。法術は魔力を必要としない。しかし効果範囲が術者自身と周囲の人間のみである。これは法術の基本構造は人間の肉体を媒体にしているためである。先ほど述べたとおり魔力を使用しない代わりに肉体は疲労する。
魔術士と法術士は基本仲が悪い。法術士は神という存在を絶対と考える思想を持っており、法術は神の奇跡だと疑わない。そして法術士は魔術を邪道と見る傾向にある。彼らは、魔物は悪の象徴であり、そこから得たものである魔術は穢れたものと考えている点がある。だが魔術士は神という存在自体を否定し、法術は魔術の模倣にすぎないと考えている。彼女らが神の存在を信じないのは、信じても得るものがないと考える点。無駄に装飾がかった実用性がないものを揃え、神の偉大さを謳う法術士が鼻に付くところ(この部分は彼女ら以外も思っていたりする)である。そして彼女らが一番法術士を嫌がるのは、魔術の恩恵で使えるようになった法術は認め、魔術を邪法と考えている部分である。両者がこの話題をするときはずっと平行線である。ノルンとクナもこの例に漏れない考えである。
「まあ。法術士と組まなければどこだっていいかな、私は」
「私もそれに賛成だよ」
カーンカーンカーン。
授業の終了を告げる鐘が、学び舎に鳴り渡る。
魔学徒に限らず他学部の学徒達も次の交流授業のために移動する。交流授業は、定員制で区切られてしまう。そのため、早めに移動することが重要である。定員が早めに埋まりやすいのが騎学部と法学部の交流授業。理由は騎士と法術士は友好関係であるからだ。実用面と精神面で互いに補うことができる。法術士は基本体術と杓子を用いた棒術を習うが、接近戦に特化をしているとは言いがたい。接近戦のエキスパートである騎士は戦い方に優れているが、魔法の攻撃には優れていない。法術士が後方で支援し、騎士が盾となって戦うことで、長所と短所を補うことができる。また騎士と法術士が組みやすい理由は主従関係というものがある。騎士が主人で法術士が従者というスタンスがあることで、両者の関係を深めることが可能。騎士は従者ということで法術士を迎えることで、社会的なステータスを手に入れられる。従者である法術士は布教活動と将来的な部分での安定が得られる。主従関係のほとんどは異性で組み、大抵の場合は婚姻関係に発展する。相互利益が高いので、騎学と法学の交流授業は埋まりやすい。
このように互いの利に適った組み合わせの交流授業ほど定員が早く埋まる。ノルンとクナもそれが分かっているらしく早めに出ようと考えたが、考えることは皆一緒で廊下は混雑状態である。こういう場合、トラブルというのが起こりやすい。全部の学部が同時に移動するのである。もちろん魔学徒と法学徒の生徒達も含めてだ。
「ちょっとあなた何するのよ!」
その女の尖った声は、ノルンとクナの進行方向から聞こえた。見ると人垣が割れた中に4人の少女たちがいる。正確に言うと3人の魔学徒の少女たちと1人の法学徒の少女が言い争っている形であった。先ほど叫んだのは3人の少女の仲で、リーダー角の気の強そうな娘である。
「ぶつかってきて、痛いじゃないのよ!」
「ですから、そのことについては先ほど謝りました」
おとなしい感じの法学徒の少女が受け答える。どうやら混雑している廊下で衝突してしまったことで言い争っているようだ。
「うわー、噂では聞いていたけど・・・結構トラブルがあるんだねー」
様子を見ていたクナが暢気そうにつぶやく。
「全く。毎回こういうのが起こるなら、何とかしてもらいたいものだわ」
「そうだよねー。でもこれも教育の一部と言い張るんだからどうしようもないけどね」
対岸の火事の如く、普通の野次馬になった二人。
「全く、法術士って前から気に食わなかったのよ。何か偉そうでさ」
「私もそう思うわ」
取り巻きの少女二人が法術士の少女の髪を引っ張り始める。
「ちょっと。やめてください。痛い、痛い」
ノルンはその光景を見て思った。
(三人・・・・・・か、魔術での実践は師匠との一対一でしかしたことがないからな)
闘えるということに、半ば興奮を覚える。
(法術士の小娘なんてどうでもいい)
昂ぶる興奮が抑えられない。いまの自分の魔術は、どの程度通用するものなのか・・・・・・。
喉から笑いが浮かびそうなところで、ノルンは冷水を被ったような心地になる。
(いま私・・・・・・何を考えた?こんな面倒事にどうして首を突っ込もうとするの?それも正義感なんて良い物じゃない。もっと衝動的で暴力的で・・・でも、なんだろう。凄くやってみたい)
己に芽生えたこの感情を理解するよりも先に、足が動き出した。
「え?ノルン」
「でもー、いじめってよくないわよねー」
「え?何?どゆこと?」
「ちょーっと、人助けしに行ってくるわね」
「え?え?え~~~~~!」
戸惑うクナを他所に、嬉々として現場に向かう。それを正義感と捉えられていたかどうかはわからない。だが、折角自身の力を振えるのであれば・・・・・・。
(躊躇なんてしてられない)
「ふぐっ!」
先程の4人は隅の方に移動し、法術士の少女の腹に拳をめり込ませていた。
(全く。殴る、蹴るは兵学徒の専売特許でしょ。殴り方が中途半端で宜しくないわ。効率が悪いし……)
「ちょっとー。何やっているのよ。一人相手に何人もで殴って、みっともないわよ」
動きが止まりこちらを向く魔術士たち。
「あんた。何?」
「だから、そういうことはやめなさいっていっているの」
そして。
「ハハ。何コイツ。魔術士のくせに、法術士かばうっていうの?キモちわるぅ~い」
(はははははは!本当だよ。私だって笑っちゃうよ。こんな茶番みたいな偽善行為。くははは!)
笑い転げたいのを必死に我慢する。何せ、本当に楽しい瞬間がもうすぐ訪れるのだから!
「一行の癖に、舐めたことぬかしてんじゃないわよ。『押し潰せ(ウォータースタンプ)!』」
五行の魔術体系の一つ、水。
それを行使したものが、真上に開かれた術門から水柱として向かってくる。
本来私闘は禁じられた行為である。しかし、自身に脅威が迫った場合は力を行使して構わない。学園はそれを黙認している。魔術で作られた水は、実際の水と性質は変わらない。今向かってくる水柱は、人を圧倒するには十分以上の質量。これは脅威である。ならば・・・・・・。
(魔術を行使しても・・・・・・かまわないわよね!)
歓喜。
耳の端まで届きそうなくらい口が引きつる。
呪文を唱える。
『加速せよ(アクセラレーション)!』
瞬間。ノルンがいたところに水柱が刺さり、床を凹ませる。
「!」
驚愕する魔術士たち。ノルンが使ったのは五行の魔術体系の風。その中で身体強化を施すもので、肉体戦を好まない魔術士たちはほとんど使わない魔術である。
十メートルくらいあった間合いが、一瞬で零になる。
「しっかり、防御してよね~」
「っひぃ!」
『風神を纏う(テンペストシュート)!』
右拳に空気が爆発的に集まり、真空をつくる。圧倒的に圧縮された空気で、硬化された拳を魔術士の腹にめり込ませる。
「ごぉえっ!?」
品の無い悲鳴が、相手の口から汚らしく吐き散らす。
「殴るっていうのは・・・・・・こうするのよ?」
可愛らしくウィンクを相手に贈り、
「そしてこれはサービスよ♪『咲き誇れ(バースト)!』」
そして、圧縮していた空気が爆風を起こす。
「きゃああああああああああああああ!」
腹部を纏っていた衣服が、風圧で木っ端微塵に分解する。一直線に壁に叩きつけられる。
「・・・・・・がはっ!」
口から吐瀉物を垂れ流し、気絶する。
「ほらー、だから防御してって言ったのに・・・・・・あなたたちはちゃんとしてよね」
目を細めながら、残った二人を視界にいれる。
「いいいい・・・・・・いやああああああ」
一人が逃げ出す。
「ちょ!逃げないでよ!」
逃げ遅れた一人と、ノルンの声が被る。
「折角の獲物なんだから・・・・・・逃がさないわよ!加速せよ(アクセラレーション)!」
爆発的に加速し、標的の背中に・・・・・・
「そして、『風神を纏う(テンペストシュート)!』
高圧打撃を炸裂させる。
「~~~~~~~~~~っ!」
顔面から床に突っ込むように倒された魔術士。
声にならない断末魔が、衝撃で強制的に床を引き摺らされている顔から発する。
「2匹目ゲット・・・・・・逃げても無駄ってわかったかしら?だったらガッチガチに防御してよ。ねぇ?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
魔術士の少女は、訳もわからず謝罪を繰り返す。
「謝罪の言葉なんていらないわ。そんなの唱えるくらいなら、呪文の一つでも唱えなさい・・・・・・『風神を(テンペスト)~」
少女はノルンの拳に躊躇が無いことを悟ると、呪文を展開する。
「―――――っ『重ねて守れ(ウォーターシールド)!』
『纏う(シュート)!』
ガアアアアアアン!
風圧の打撃と水圧の壁がぶつかり合い強烈な音が廊下に響く。
「っへ~~~。ちゃんとしたのもってんじゃん」
ガアアアアアン!ガアアアアン!
打撃が通らなかったことに躊躇する事無く、二発目三発目と水壁に打ち込む。
「あれ?思ったより硬い?」
殴った水壁の向こう側で、安堵の表情を浮かべる少女。
「硬いなら・・・・・・壊れるまで殴るのみ!」
ギラついた凶悪的な眼になる。呼吸を整え詠唱をする。
『我が腕は肉の鞭なり(サウザンドインパクト)!』
ドガガガガガガガガガガガガガガガ!
乱打!乱打!乱打!
鞭のようにしなった腕が!殴る速度と回転率を上げた拳が!空気の爆発が!間髪入れずに強固な水壁に叩き込まれる。
ガイン!ガイン!ガイン!ガイン!ガイン!ガイン!ビシ!
二人の表情が決定的に変わる。一人は恐怖に張り付いた表情で、もう一方は・・・・・・
「は~~い。しゅ~~~うりょお~~~う……『風神を纏う(テンペストシュート)!』」
止めとばかりに、喜悦の表情を刻み、風圧で固めた拳を打ち込む。
「そして、『咲き誇れ(バースト)!』」
例の如く爆発を起こし、相手を壁に叩きのめす。
「っん~~~~~~~きっもちいいいい~~~~」
ぐぅーーーっと、身体を伸ばす。
「で~もあっけなかったな~。3人いるんだから、もう少し連携とってもよかったんじゃないかしら?」
本当に不思議そうに首を傾ける。
「ちょっと~~~ノルン!どうしたの!これ?」
「えええ~~~っと」
何て伝えたものかと、頬を掻く。
「助けにいく~って、飛び出して・・・・・・」
「そうそう!それよ!そんな建前言っていたわ!」
「た・・・・・・建前って何!?それに何かあの法術科の子、怯えて震えているよ!?」
そーいやそんなのいたっけな~って感じで振り向く。
壁に寄りかかり、肩を震わせている。俯いているせいか、表情が窺えない。
「もしもーし。大丈夫ー?そうだよねー。複数で意地悪されたら怖かったんだよねー?もう大丈夫。意地悪な奴らはやっつけたから。な訳で私たち行くから」
「え?そんなんでいいの?っていうかこの惨状放置?」
怪訝そうなクナを無視し、挨拶をそこそこに立ち去さろうとするノルン。
むんず。
「ぐべ!」
何かに足元のローブを引っ張られ、覚悟や心の準備なんてする猶予も無いままに床に向かってぶっ倒れてしまう。
「うわぁ~顔からなんて、痛そう~」
クナが、幼少の頃に足の小指を角柱にぶつけたことを思い返したような苦く痛い表情を浮かべる。
「ああああ~~有難うございます!!」
さっきまで震えていた法術士の少女は、無様に床に突っ伏しているノルンに感激という表情を浮かべて礼を叫び上げる。
「わたくし仕えたい方を見つけました――!」
自分が掴んですっ転ばしたことに、気づくことすらないまま、感情で盛り上がりきったテンションで桃色の長い髪を振り乱す。
「あたた……もう、なんなのよ~」
のろのろと緩慢な動きで、痛む鼻を押さえながら起き上がる。現状を確認しようと周りを見ようと横を見る。
潤んだ瞳で、火照り上がった見慣れない少女の顔。
「強くて素敵なノルンお姉さま!わたくし、シフォン・プラムスのご主人様になってください!」
「…………え?」