表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ホラー・ミステリ系の短編集

絶対異常主義の先生

作者: ハルカゼ

 先生が板書されたことを必死にノートに写す。

 山田は中学生なのに、何でこんなに苦労をしなければいけないのか悩んでいた。

 その悩みの種は、この先生のせいなのだ。


「お前、今、外を眺めていただろ」

 田宮先生は窓側の一番奥に座っている石沢に声をかけた。

 また一人、犠牲者が現れる。

 教室にいるみんなの視線が石沢に集まった。

「え、いや、ちょっとだけですよ」

「うるさい、授業をちゃんと受けていなかった証拠だ」


 田宮先生はズボンのポケットから拳銃を取り出した。

 生徒たちの背中に寒気が走る。


「す、すいませんでした」

 目をつけられた石沢は何度も謝っていた。

 肝心の田宮先生はまったく耳を貸さない。

 拳銃の引き金を引き、石沢に銃口を向ける。


「誰か助けてくれ」

 石沢は悲鳴に近い声を出して、哀願している。

 本当は彼を助けたかった。しかし、そうすると自分までもが命を奪われてしまう。

 他の人も同じ思いなのだろう。顔を下に向けたままで石沢に目を向ける人は誰もいない。


「お前がいけないんだ」

 銃声が鳴り響いた。


 山田は反射的に耳を押さえた。

 銃声に驚いたのではない。撃たれた人の悲痛な声を聞きたくないからだ。


 でも、やはり聞こえてしまう。もがいているようだ。

 やがて、石沢の声が消えた。田宮先生はそれを合図に授業を再開させる。


 田宮先生は去年、新しく来た人だった。

 最初は穏やかで良い人だな、と思っていたがその期待は裏切られた。

 山田の担任の先生になったのだが、初日で六人も射殺されたのだ。


 さすがに生徒たちは困惑しただろう。

 制服のボタンを1つ外してあるだけで殺されたのだから。

 どうやら学校、いや、常識的なルールを破ると拳銃で殺すらしい。

 もちろん、生徒の親は黙っておらず、学校に殴り込みしてきた。


 あの先生を早く警察に行かせるべきだ、と。

 しかし、田宮先生は警察には捕まらず、罪にも問われなかった。

 聞いたところによるとお偉いさんの息子らしい。

 

 だから罪に問われないのはおかしい。

 誰もがそう思うだろう。

 でも、結局は見過ごされてしまったのだ。


 そうして今、卒業まで一ヵ月を切ったというのにまだ先生をやっている。

 この一年は本当に辛かった。

 

 田宮先生に会いたくないため仮病を使う人がいたが、家に不法侵入をされて殺された。

 あるときは、田宮先生を殺そうと企む人たちがいたが、華麗な拳銃さばきに負けてしまった。

 そうして、クラスに35人いたが転校した人も含め8人になってしまったのである。


 だから、恐怖と不安の学校生活を送るしかなかったのだ

 もう誰にも田宮先生には勝てない。


 休み時間になっても緊張から解放されることはなかった。

 田宮先生が教室にいるかぎり油断はできない。


 山田は机に頭を伏せて、目を閉じる。

 お願いだから、早く卒業させてくれ。


 転校できた人は本当に幸いだ。

 家が貧しい山田にはそう思えた。

「山田くん」

 声がしたので頭を上げると、そこにはサイドテールの里美が立っていた。

 彼女とは幼なじみである。


 田宮先生はいつのまにか、いなくなっていた。


「どうした?」

「あと一ヵ月だね」

 きっと、田宮先生から解放される、という意味が込められている。

「そうだな」

 すると、横から上履きが飛んできた。

「おい、山田。遊ぼうぜ」

 田宮先生がいないと本当にテンションがあがるんだな。


 山田は上履きを投げてきた男子に顔を向ける。

 そして、その上履きを投げ返してやった。


 力を少し込めすぎたかもしれない。上履きは生徒の手に渡らず、教室の窓を割ったのだ。

「あっ」

 これはやばい。田宮先生に見つかると殺されてしまう。


 すぐさま、逃げようと思ったが遅かった。

 田宮先生は教室に入り、怒声をあげた。

「おい、誰が窓を壊した?」

 教室に沈黙が訪れた。

 みんな、押し黙っている。

「誰がやった?」

 田宮先生は山田に上履きを投げた生徒に詰め寄った。

 拳銃を取り出そうとしている。


「あ、あいつです」

 なんと、自分が投げてきたのにあっさりと人のせいにした。

 山田に指をさしている。


「山田、そうなのか?」

 田宮先生は鋭い目でこちらを見つめてくる。

 もう死んでしまうのかな、心の中で呟いた。


 そう思った矢先、里美に腕をつかまれて、引っ張られた。

 自然と足が動いてしまう。

 あっという間に教室から出てしまった。


 腕を振りほどこうとしたが、力が込められていて無理だった。

 思わず、声をあげた。

「おい、里美。離すんだ」

 しかし、山田の声を無視して階段を上がっていく。

「おい」

 山田がいた教室は2階だ。つまり3階に上がったことになる。


 里美は手前にある理科室に目をつけて、中に入った。

 静かに扉を閉めると、やっと手を離してくれた。

「どういうことだ。説明しろ」

「それは私がいうセリフだよ」

「えっ」


 里美の顔を見て、はっとした。

 なぜか涙を流している。

「なんで泣いてるんだよ。どこか痛いのか」

「本当に馬鹿なんだから」


 この期に及んで悪口を言うなんて、状況を分かっているのだろうか。

 いや、もう考えている時間はない。もうじき、田宮先生が拳銃を持ってくるだろう。

「早く教室に戻るんだ。お前まで殺されるぞ」

 しかし、里美は首を横に振った。

「どうしてだ。このままだと二人とも死んでしまう」

「私はいいから、山田くんは逃げて」

「は?」

「私が田宮先生を足止めしておくから、そのあいだに外に逃げて」


 山田に反論する時間を与えず、里美は足早に理科室を出て行った。

「里美!」

 返事が返ってくることはなかった。

 

 どうするべきか。やはり、戻ったほうがいいだろう。

 そう思ったとき、銃声が耳に入った。

「まさか」

 考える前に足は動いていた。


 階段の踊り場に里美がいた。肩から血を流しながら。

「里美」

 里美に近寄ろうとしたが、彼女は顔を振っている。

 拳銃を持った田宮先生はこちらを覗いてきた。

「山田くん、早く逃げて」


 田宮先生は拳銃の引き金を引いた。

 そして銃口を里美に向ける。

 これでは、殺されてしまう。


 山田は右足に履いている上履きを脱いで、田宮先生に向かって投げた。

 上手く顔に的中した。田宮先生は怒りを浮かべて睨んできた。

 そして、銃口を里美から山田に向けたのだ。


「先生、撃てるものなら撃ってみろ」

 山田はすぐさま上に続く階段を駆け上がった。

 足音が近づいてきているのが分かる。

 ふと、4階に上がって足を止めた。

「しまった……」

 完全に忘れていた。4階が屋上であるということを。


「残念だったね」

 後ろを向くと、田宮先生は不気味な笑みを浮かべている。

 そして、拳銃を山田に向けてきた。


 山田はとっさに屋上へと続く扉を開ける。

 その瞬間、銃弾が発砲された。

 もう駄目だな。


 そう思っていたが間一髪、銃弾は山田の肩をかすれただけで済んだ。

 舌打ちをする音が聞こえる。

 山田は屋上に入ると、震えた手で扉に鍵を閉める。


 そして、どこか隠れるところはないか探した。

 しかし、目に入るのは殺風景な景色だけで何もない。


「山田、もう諦めるんだ」

 田宮先生に声をかけられて後ろに体を向けたとき、足を滑らせて尻餅をついた。


 扉に目をやると、強引にも窓を割って入ってきたらしい。


「田宮先生がやっていることは間違っています」

「何が間違っているのかね」

「人を殺すのはいけないことです」

「ルールを破る人が悪いんだ」


 田宮先生は銃口を山田の心臓部分に向けている。

 今度こそ逃げられない。


「お前が窓を割るのが悪い」

 もう死ぬ覚悟ができたからか、口は震えながらも勝手に動いていた。

「先生だって、ルールを破っているじゃないですか」

「なんだと」

「だって、俺と同じように窓を割っている」


 山田の指は屋上の扉に向けられていた。

「先生もルールを破った悪い人だ」

 もう叫び声とほぼ同じだ。

 目から涙がこぼれる。


「俺も、ルールを破ったのか」

 先程の発言が思ったよりも効果があったらしい。

「そうですよ。先生も悪人です。あなたの正義に従うなら、田宮先生は殺されるべきだ!」


 すると、田宮先生は自分の頭に銃口を突きつけたのだ。

「えっ」

「俺も悪い人だ。ルールを破る人は許さない」


 田宮先生は銃弾を頭に撃った。不気味な笑みを浮かべながら。

 スローモーションのように後ろへ倒れていく。


 山田は呆然としていて、しばらく動けなかった。


「山田君」

 気がつくと里美が目の前に立っていた。

 手を差し伸べている。

 山田も手を出して里美に引っ張られる形で腰を上げた。


「本当にこれでよかったのかな」

 里美はしょうがない、と目で語っている。


「行こう」

 山田は里美の手を握り、屋上を出て行った。



 それから数日後、田宮先生は自殺として片付けられた。

 そのことで、この教室にも平和が訪れたのだ。


 ふと、里美と目が合った。

 彼女は微笑んでいる。


 山田も微笑み返した。


「皆さん、新しい担任の先生です」

 教頭先生は咳払いをしてから、話を続けた。

「入ってきていいですよ」

 すると、体格が大きい男が入ってきた。

「自己紹介をどうぞ」

「えっと、前にいた先生の次男、田宮太郎と申します」


 えっ、次男?


 田宮先生の兄弟だというのか。

 いったい、何人兄弟なんだろうか。


 でも、本当に兄弟だとしたら、もしかすると……。


 彼はなぜかライフルを取り出した。

「もう少しで卒業ですが、びしばしと鍛えてあげますのでよろしくお願いします」


 山田は驚きのあまり、ついイスから転げ落ちてしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ