渡されたのは新しい情報です
「取引……?」
「そう。取引。あんた達の事はしばらく観察させて貰ったわ。だからあんた達が何を目的にしてこんな所をウロウロしているのかは知っているし、あんた達が欲しい物の在処を私は知っている。もし、私に協力してくれるならそれがある場所を教えてあげる」
「美桜さん、こいつの言葉は信じられるのですか?」
「…………」
僕が久野にやられて意識を失っている間に、美桜と久野の間にどんなやり取りがあったのかは聞いている。
決してお互いに浅くは無い傷を負っていて、久野を捕縛した事で勝利は確実だった筈なのに隠し持っていた最後の触手で形勢が逆転した事。
そして、そんな絶対的優位性に立ったにも関らず、僕達全員を皆殺しにする事をせずに見逃したのは美桜の甘さとも言える慈悲深さが為し得たという事。
去り際に久野が美桜宛に残した手紙にはもう2度と会う事はないと言う旨が書かれていた事から久野自身ももう僕達に関わる事は無いと思っていたのだろう。
それだと言うのに、こうして久野の方から僕達に接触を図って来たという事はそれなりの思惑があると考えていい筈だ。
一体何が目的だ……?
「協力……とは具体的にどんな事を私達に求めるつもり?私達があなたに提供出来るものなんて限られているわ」
「別にそう多くのモノをあんた達に求めはしない。私が欲しいのは、ケリー・ハイルって名前のクソ餓鬼の情報と、アスクレピオス社の情報。そして、その2つを叩きのめすだけの戦力。それが私の求めるもの」
「「「!!!」」」
久野の口からケリー・ハイルの名前が出た事で、僕と美桜と錬治は同時に顔を見合わせる。
まさか、この場でケリー・ハイルの名前が出てくるとは予想もしていなかったからだ。
「私とあんた達の利害はある程度一致している筈よ。あんた達の行動を阻害しているType-MやType-GFはあんた達を目障りに思ってるケリー・ハイルが送り込んだ生体兵器の1つ。あのクソ餓鬼が生きている限りあんた達を殺そうとしてくるし、あんた達が生きている限りどこに行ってもあの手の生体兵器を送ってくる。だとするなら、今この場で協力して殺してやった方が何かと楽でしょう?」
「……あなたの言いたい事は分かったわ。確かにその話が本当ならあなたと協力するメリットはあるかも知れない。けど、あなたの話が本当だという証拠がない。もしかするとあの子に雇われたあなたが私達を罠に嵌める為に嘘の情報をでっち上げている可能性だってある。もし、本当に私達に協力を仰ぎたいというのならあなたの話を信じる事が出来るだけの証拠を示さなさい」
美桜の言う事は一理ある。
仮にも僕達と久野は命の奪い合いをした敵同士ではある。
美桜のお陰で何とかその場を取り持ったみたいだけど、だからと言って和解をした訳じゃない。
ほんの数ヶ月前に敵同士で戦って、その間何もアクションを起こさず突然現れて協力しない?
って話を持ちかけられても警戒するのは当たり前だし罠だと思って行動するのが自然だ。
現に美桜と錬治は一切気を緩めていない。
東や花木達は危機的状況から久野に助けて貰ったような形になるので警戒しつつも気を許しているみたいだけど。
「ま、そう言われる可能性がある事も考えていた。一応用意しておいて正解だったみたいね」
そう言って久野は懐から紙の束(?)みたいな物を美桜に投げて渡す。
「私には殆ど理解出来ないけど、あんたなら分かるんじゃない?」
「これは……」
久野に渡された紙束を開いて一読すると、美桜の真顔だった表情が少しずつ驚きに満ちていく。
何が書かれているんだ?
美桜の表情を変えるだけの事が書かれていた紙束の内容が気になり、横から覗いてみる。
けど、殆どが英語……いやドイツ語?でよく分からない文字書かれているから僕にはさっぱり読む事が出来ない。
唯一読む事が出来たのは日本語で書かれていた一部分のみ。
【獣型原始解放者/Type-M
失踪した神崎蒼矢が残していた《人体の原始解放に伴う変異と派生系》についての研究データを元に作り出した、四足歩行の動物のような見た目に変質した人間に一部改良を加えた生体兵器。
腕力や顎力は人間の限界値を超えない程度の数値しか得られていないが、脚力に関してはライオンやヒョウ等といったネコ科の動物に匹敵する数値を出している。
知能も人間に劣り、ゾンビと近いレベルである為強制洗脳装置を用いる事で偵察や奇襲に使う事が出来ると実践投入を経て判明。
改良の余地がある事から伸び代はあるとされる】
【触手装備巨人型原始解放者/Type-GF
失踪した神崎蒼矢が残していた《人体の原始解放に伴う変異と派生系》についての研究データを元に生体兵器を増産していた所、通常の原始解放者とは体型が大きく異なる形態に変異した原始解放者の亜種。
現在確認されている中では3m〜10mに変異した者も居り、最も安定して変異する身長は約5mである事が調査により判明した。
未だ巨人型に変異する条件は不明であるが、10人に1人は巨人型に変異する事から増産は可能である。
また、本来であれば生体的に適合する者の少なかった《触手》を安定して移植出来る事から今後の戦力として期待出来る。
ただし、獣型原始解放者/Type-M同様に知能は低くこちらの言葉を理解出来ないので強制洗脳装置によって制御する必要がある】
Type-Mと言うのは僕らが獣型の原始解放者と呼んでいた角と体毛の生えたアレの事だろう。
Type-GFはさっきまで戦っていた触手之巨人と呼んでいた奴らの事で間違いなさそうだ。
他にもType〜と付いた個体の説明が色々と記載されているけど読む気にはならない。
ただ、唯一最後に記載されていた説明にだけは目が止まった。
【生体兵器移植型試験者/Type-S
《毒針》《鱗》《鎌》《角》《鋏》《触手》
の部位をゾンビではなく通常の生きた人間に移植し、知能を保ったまま生体兵器として運用する事を目的に研究を進めている。
過去、100人の人間に移植を試みたが拒絶反応が強く、そのうち94人は移植部が壊死してしまい死亡。
6人は移植後、拒絶反応は無く移植部位の操作も問題無く行えた事から唯一の成功例としている。
6人の身体的・年齢などの共通点は無く、何故移植が成功したのかは定かではないが唯一共通点とも呼べる【何か・誰かに対しての激しい憎悪】が何らかの好影響を与えたのではないかとされているが推測の段階であり根拠はない。
現在以下の5人はアスクレピオス社の管理下にあり、
《毒針》の移植者・藤崎真希
《鱗》の移植者・大岩鷹斗
《鎌》の移植者・ジェイク=グレイド
《角》の移植者・樹無天空
《鋏》の移植者・片羽白波
現地での活躍が期待されている。
《触手》の移植者である久野菜絵はゾンビに敗北した後行方が分からない事から死亡したと結論付ける】
どうやら久野自身も改造人間の1人であるようだ。
まぁ、突然背中から触手が生えてくるなんて珍事があるわけないし、納得っちゃ納得だけどどんどんSF味を帯びていくなぁ……
しかも久野と似たようなのが後5人も居るの?
このまま一生誰とも会わずに終わればいいんだけど。
……そう願おう。
「……どこでこれを?」
「あんた達と戦った後、研究施設に改造された大和ドームで盗んできた。あそこは今、ケリー・ハイルとアスクレピオス社の社員が共同で生体兵器の開発・生産・研究に勤しんでいる。私自身、あそこで触手の移植手術を受けた」
「……そう。担当責任者のサインがケリー・ハイル本人の直筆だからこの報告書が本物である事は間違いなさそうね。ただ、よくこんなもの手に入れる事が出来たわね。あの子、年齢の割には警戒心が強くてちょっとした書類でも外部に漏らすなんて事まずしなかったのに」
「複雑な事情があるのよ。詳しくはあんた達が協力してくれるって確約してくれた時にまた話す。ただ、それをあの球場から持ち出す事に成功した人達はあのクソ餓鬼に悪い印象をしか持っていないって事だけを伝えておく。だから私はコレを預かったの。誰かに協力を仰ぐ時、交渉材料にでもなれば良いと思ってね」
「そういう事……」
そう言えばさっきから話に出てくるアスクレピオス社ってなんだ?
「美桜、ちょっといいか?アスクレピオス社ってなんだ?」
「アメリカに本社を置く製薬会社よ。海外版神農製薬って言えば伝わりやすいかしら?世界がこうなる前は競合他社として度々揉める事があったから仮にも神農製薬の幹部とアスクレピオス社が共同で研究をしているなんて思いもしなかったわ」
海外版神農製薬……
まさかそこも変な研究をしている輩が居るんじゃないだろうな。
いや、生体兵器の研究・開発をしている時点でその線は濃厚か……
うわー……
「じゃああんまりまともな会社じゃない?」
「表向きにはまともよ。表向きにはね」
はいまともじゃない確定台詞頂きました。
お疲れ様でした!
「とりあえずあなたがあの子とアスクレピオス社と何らかの繋がりがあるのは分かった。けど、まだあなたを信じるにはこれだけじゃ証拠として弱いわ。そもそもあなたはどうしてあの子とアスクレピオス社を叩きのめしたいの?あの日に言っていた【大恩あるあの方】って言うのはケリー・ハイルの事じゃないの?」
「……それはもう言わないで。私は騙されたの」
「ボイスレコーダー、かしら?聴いても?」
「ええ」
心痛な面持ちで美桜に渡したのは手のひらに収まるサイズの長細い形状の白いボイスレコーダーだ。
美桜は久野からそれを受け取ると、再生ボタンを押す。




