触手の少女です。
「大丈夫?」
「あ、あぁ!あんた確か藤堂鈴とか言ったか!?加勢に来てくれたんだな!悪い!思ったより手強くて攻めあぐねてるんだ!」
「一度距離を取ろう。ほら、他の2人も」
「え、えぇ!」
「おう!」
僕が加勢したチームは男2人、女1で構成されていた。
男達2人の武器は多分その辺からもぎ取った金属製の棒。
女の方は武器は持っていない代わりに道路標識の標識の部分だけを取って盾のように使っている。
近接戦闘2人、タンクが1人といった感じか。
ゲームならパーティー的には悪くないバランスの良い構成だと思う。
これがゲームなら。
「他の所は大丈夫、なのか?俺達みたいな感じにはなっていないよな?」
「半々って所かな。僕達は既に1体倒したし、東と花木の所はそれなりに上手くやってる。残りの3チームがあまり良くないって感じだ」
「そうか……負傷者や死者は?」
「まだ戦闘が始まってそこまで時間が経っていないから特には。ただ、これが長引けばその限りじゃなくなる」
「だよな……クソ!もっと俺に度胸があれば!」
「あなただけのせいじゃないわ。私も、一緒よ」
「自分だって……!」
この3人が死還人になった時にどんな感情を失ってしまったのかは僕の知る所じゃない。
けど、少なくともこの3人は死への恐怖という感情を生前と同じように残している。
だとすれば、あんな異形で死をありありと感じさせる化け物を相手にするのは少し酷だったのかも知れない。
そうしなければならないと理解し、覚悟を決めて目の前に立ち向かったとしても。
「別に自分を責める必要はないよ。死にたくないって言う感情は別に当たり前の事。だからせめて、これからの世界を生き抜く為にもあんな化け物が出て来た時にはどう対処すれば良いのか見ていて欲しい。見た目は異形でも、ベースは同じ人間だから弱点は殆ど一緒だからさ」
さっきの美桜の戦いを見て1つ学んだ事がある。
それは、異形の化け物と成り果てても生物としての根幹は変わる事なくそのまま残り続けているという事。
両肩と両膝を割れたガラスで狙い、貫く事で靭帯や関節など身体を動かすのに必須の部位を破壊する事で身動きを取れないように出来たのが何よりの証拠。
だから僕も同じようにやってやれば上手くいくのが通りだ。
僕は側にある建物の窓ガラスを叩き割り、手頃な大きさのガラスを複数枚手に入れる。
そして、それを持ったまま触手之巨人の視界に入る位置にまで移動し、身体をこちらに向けさせる。
「よし。今だ」
身体がこちらを向いてくれれば後は簡単だ。
思いっきり両肩と両膝目掛けてガラスを投げてやれば良い。
慣れていない事をしたせいで何枚かは目掛けた所に当たらず変な所に外れてしまったけど、それでも確実に自由を奪うだけのダメージを四肢に与える事が出来た。
両足で立っていられなくなった触手之巨人はその場に倒れ込み、立ち上がろうともがき始める。
けど、膝を致命的に損傷しているので立ち上がる事は叶わないし、腕も大して動かせないから上体を起こすだけの事すら出来ない。
いっそ触手を使って立てば良いのにとも思うけど、そんな事は構造上出来ないか、それともそういう発想に思い至らないのかは分からないけど触手を使って立ち上がる様子は見られず、ただ闇雲に暴れさせるだけだった。
こうなってしまえば後はもうどうにでも出来る。
僕はさっきと同じようにビルから鉄筋を何本か手に入れて頭を目掛けて投げつけ頭部を破壊し、完全に動かなくなるのを見届けた。
「凄ぇ……」
「そんなあっさり……」
「……!」
感心している3人を他所に、美桜と錬治、東と花木のチームがどうなったのかを見てみるとほぼ同時に決着がついたのか全ての触手之巨人が地に伏せたまま動かなくなっていた。
美桜と錬治はともかく、東と花木達もあの様子でこんなに早く倒す事が出来たのは素直に凄いと思う。
……っと、感心してる場合じゃないな。とりあえず皆んなと合流しよう。
「美桜達の所へ行くよ」
「え?あ、あぁ!」
僕が3人を連れて美桜の所へ行くと、他の皆んなもそれにつられて美桜の元へと集まってきた。
集まって来た人達の表情を見た感じ、美桜と錬治は涼しい顔をしてるから余裕だったのだろうけど、東と花木はそれなりに険しい表情をしてギリギリの戦いだった事が伺える。
その他の人は息も絶え絶えと言った様子でその場にへたり込んでおり、戦闘前の気合とは裏腹にかなりの精神力を消耗してしまったようだ。
僕達は何度も似たような経験があるからある程度は慣れてきているけど、他の皆んなは今回が初めてだっただろうし、仕方のない事なのかも知れない。
「全員無事かしら?」
「多少、怪我を負った者は居るが俺達のチームは大丈夫だ」
「私の所も大丈夫、かな?うん。大丈夫みたい」
東と花木のチームは全員無事。
「俺の所も大丈夫みたいです。全員逃げ回ってたお陰で酷い怪我をした人は居ません」
「僕の所も大丈夫。戦闘は行ってたけど酷い怪我をした人は居ない」
「そう。なら良かったわ。私の所も特に問題ないわ。これで、私達の完全勝利ね」
美桜がそう言うと、ワッ!と歓声が上がった。
今度は敵になるようなモノが近くにいない。
どれだけ声を上げて喜んでも大丈夫だ。
「落ち着いて。喜ぶ気持ちはあるけど、まだ油断は出来ないわ。私達の目的は自衛隊が残した物資を回収する事。予期せぬ邪魔が入ったから余計な戦闘を行う必要があっただけで、本来の目的は触手之巨人を殲滅する事じゃなかった。だから喜ぶのはここまでにして先へ急ぎましょう」
合理的な美桜らしく即座に次の行動へ移す為にひとしおの喜びに水を刺すようにそう言いつける。
美桜のその言葉に一気にシーンとなってしまうが、何も間違った事は言っていないので文句を言う者は居ない。
僕も、錬治も、東も、花木も。そして他の皆んなも言葉にはしないが美桜から出るであろう次の指示を静かに待つ。
「出来れば今日中には水先達と合流はしたい。多少強行軍になってしまうかも知れないけど、強敵を倒して自信に満ち溢れている今の気持ちのまま先へ……嘘。いつ、あんなものが出てきたのよ……?」
美桜の様子がおかしい。
僕達は全員美桜の方を向いて話を聞いている。
そして美桜は僕達全員に向かって話をしている。
つまり、美桜が見ている何かは僕達の背後にあるという事だ。
それに気づいた僕はすぐさま後ろを振り向き、何が美桜をそこまで驚かせているのかを確認する。
「……マジ?」
そこにあったのは僕達が倒した触手之巨人が入っていたコンテナと同型のコンテナ10台だった。
勿論、あの触手之巨人が入っていたコンテナではない。
それらは美桜のずっと後ろにあるのが確認出来る。
つまりいつの間にか新しくコンテナが更に10個、この場に現れたという事になる。
「美桜さん、これってまずいんじゃないですか?」
「まずい、なんてものじゃないわ。私達はともかく、他の皆んなにこれ以上戦える余力なんてないわよ。それに私達だってあの数の触手之巨人全員を相手にするのは流石に難しいわ」
となるとここは諦めて撤退するしかないよな。
そんな事を考えていると、新しいコンテナから触手之巨人が次々に這い出てくる。
容姿はどれも似通っているけど、その全てが無傷で全快そのものだ。
「……駄目ね。逃げるわよ!急いでこの場から離れるわ!アイツらとは逆の方向に……!?」
「有り得ないだろ……?」
「美桜さん……?」
流石に分が悪いと判断したのか、迷う事なく撤退の指示を美桜が出す。
その選択が最も正しい筈だったのに、その選択は不正解だと言わんばかりに僕達の行方を阻むようにして僕達が居る場所から数十m程離れた場所に新たに7個のコンテナが現れていた。
つい先程まで空になったコンテナぐらいしか無かったというのに。
これで僕達は触手之巨人達に挟まれるような形になってしまった。
「やばいやばいやばいやばい!」
「どうすんのよ!これ!」
「もう戦えないよ……」
「嫌だ……!嫌だ!」
絶望的な状況を目の当たりにして他の皆んながパニックになりつつある。
非常にまずい。
「逃げる場所は……無さそうね。覚悟を決めるしかなさそうね。鈴、錬治。出来る限りの事はやるわよ」
「最悪の場合は?」
「全滅よ。嫌なら頑張りなさい」
「やるだけ、やりましょう」
勝ち目はない。
けど、だからといって無抵抗のまま諦めたくもない。
美桜と錬治は当然ながら、東や花木も既にやる気のようだ。
ジリジリと両サイドから触手之巨人達が距離を詰めてくる。
覚悟を決めるしか無さそうだ。
「…………!」
そう考えていた直後。
突然1体の触手之巨人が声を上げる事もなくその場に倒れて動かなくなってしまった。
「何……?どうして急に……?」
触手之巨人達も何が起こっているのかが分からないようで、辺りをキョロキョロと見回している。
しかし、それも無意味だったようで1体、また1体と触手之巨人が倒れていく。
「あれは……!鈴!錬治!」
美桜が何かに気づいたようで、ビルの外壁を指を刺している。
そこにはフードを被った小柄な誰かが壁に張り付いていた。
そしてそのフードの人はこちらに見向きもせずに背中から生えた1本の触手を伸ばすと触手之巨人の頭をたった一撃で貫き、絶命させる。
その後もフードの人は触手之巨人と距離を取りつつ背中の触手で頭部を貫く事を繰り返していき、たった1人で瞬く間に新たに現れた総勢17体もの触手之巨人を殲滅してしまった。
「助かった……のか?」
「あの化け物を1人で倒しちまったよ!?」
「味方だといいが……」
「気を抜かない方がいいのかも知れないな」
あまりにも突然の事で皆んなが疑問を次々と口にする。
気持ちは分かるが、今はアイツが敵なのか味方なのかだ。
フードの人は全ての触手之巨人が絶命している事を確認すると、僕・美桜・錬治の3人の前に来るとフードを外ながらこう言った。
「私と取引をしない?」
見覚えのある顔と声。
何より背中に生えた触手が誰なのかを既に物語っていた。
「あなたは……!」
「……あっ!」
「美桜さん!鈴!離れて下さい!」
久野菜絵。
僕達が最初に触手を持つ者として戦った相手であり、僕をしばらく行動不能にまで追い込んだ仇敵がかつてのあどけない少女の様相のままそこに居た。




