5〜7人目の幹部の話です
「5人目の幹部は木乃國沙耶という名前の女性よ。沙耶さんの担当は《性別や年齢・人種に左右される事の無い万能なワクチンの製薬》。人類はどの人種であっても9割近くの人体構造は似ていて、大体の病気は全世界共通の手術で治す事が出来るし、大体の病気は1つないし複数の薬を処方する事で治す事が出来る。けど、人種や性別が違うという事は遺伝子的に若干の違いがあるという事だから稀に処方してはいけない薬があるし、年齢が違えば処方しても良い量も変わってくる。だから、沙耶さんはそんな事を考えなくても良いワクチンの研究に没頭していたわ」
「その言い方、これまでの人達と随分と違いますね。木乃國という方は美桜さんとは親しい仲の方だったのですか?」
「……えぇ。そうね。沙耶さんは私の3つ歳上の人で、私が神農製薬に入社してからずっと面倒を見てくれた人よ。恐らく幹部はおろか、社員の中でも唯一手放しで信頼出来る人だったわ」
「だった?」
「何故かしらね。私が幹部入りしてから自分の研究をしていると、事あるごとに沙耶さんが邪魔をしてきてその悉くが失敗に終わったわ。時には私や他の人の命を奪いかねない失敗にもなっていた。今でもどうして沙耶さんがあんな事をしたのかは分からないわ」
美桜は入社して2年程で幹部になったと言っていた。
周りからすれば異例の出世だったに違いない。
美桜が入社した時から面倒を見てくれた木乃國という人はもしかしたら新人が突然の出世をした事に驚いて、嫉妬をして、焦りを感じたから美桜の研究を邪魔したのかも知れないな。
「沙耶さんの邪魔によって命を落としかけた時、悟ったの。沙耶さんにとって私は邪魔な存在で、目の前から消えて欲しい存在なんだって。だから私も沙耶さんを信頼しなくなったし、信用しようとも思わない。もしまた目の前に現れる事があるなら迷わず殺すわ。……親しかっただけに、心苦しくはあるのだけどね」
美桜の身の上話はあまり聞いてきてはこなかったけど、随分と苦労をしている人生を歩んで来ているように思える。
きっと当時はもっと大変だったんだろうなぁ。
「さて、6人目の幹部はと言いたい所なんだけど、実はあまりその人の事を知らないのよね。名前は佐藤太郎。年齢は27歳、担当分野は《懐きやすいペットの調教の仕方》で、多分名前からして男の筈」
……?
随分と曖昧、というか適当な感じだな。
「この佐藤太郎という男、名前と存在だけは知っているけど実際に会った事はないのよ。幹部会議の時も常に1人だけ欠席だったし、彼が所属しているであろう研究室には常に人は居ないからどんな人物なのか人伝に聞くことも出来ない。他の幹部もよく知らないの一点張りだから余計に分からない」
「本当にその人は存在していたのですか?」
「存在自体はしている筈よ。私が幹部に相応しいかどうかの決議をする時、4人の賛同派の人と3人の否定派の人が居たらしいから。佐藤がどっちの意見の人だったのかは分からないけど、幹部全員による多数決で新たに新規の幹部を入れるかどうか決めるようになっていたからそれは間違いないわ」
あまり素性の知れない人が幹部、か。
美桜の話が本当ならその人が幹部になる時も多数決で決まった筈だからある程度素性は知られていてもおかしくないと思うんだけどなぁ。
もしくは、最初っから幹部格の人間で審査される側に人では無く、審査をする側の人だったかのどちらかか。
「まぁそんな不確かな人の事はどうでもいいわ。現状、問題になりそうなのは7人目の幹部であるケリー・ハイルよ。さっきも言った通り、あの子は若くして医師免許を取得した神童。人が出来る事はある程度出来るし、既存の技術に改良を加えてより良くする事も得意な才能の塊のような子よ」
「それはまた、随分と厄介そうな子供ですね」
「えぇ。ただ、もっとタチが悪いのは今錬治が言った通り、あの子がまだ【子供】だと言う事よ。いくら才能があって技術があっても、世の中の殆どの子供が過ごすような幼少期をあの子は過ごしていない。同学年の同レベルの子供と毎日を共にしたり、互いに知識や運動の研鑽をする事も、喧嘩や恋愛なんかも一切せずにそのまま成長してしまった」
「それが何か問題があるのか?」
「えぇ。あの子は普通の子供なら誰でも持ち合わせているうな常識や倫理観を一切育まずに成長してしまった。結果、まさに幼な子のような純粋な心を持つ少年になってしまった」
「純粋な心を持つ……?だったら別に良いじゃないのか?悪の心を持つ子供に育つより全然良いと思うけど」
「本当にそうかしら?鈴と錬治は子供の頃に覚えがないかしら?その辺を歩く蟻や昆虫を意味も無く踏み潰したり殺したりして遊んだ事を」
「それは……」
「言われてみれば?」
死還人になってから昔の記憶が断片的にしか思い出せなくなっているけど、それでも一部の記憶はまだある程度は残っている。
その残っている記憶の中には小学生ぐらいの時のものがあるし、美桜の言う通り虫を殺して遊んだ記憶がある。
それまで動いていた生き物が死んで動かなくなるという現象を楽しむ為に、意味も無く無駄に命を奪う行為を幾度となくしていた。
そこには当然悪気はないし、興味本位と面白いからという理由だけで行っていた。
大人になるにつれ、そういう事は悪い事だと理解したからやらなくなったし、生前は虫を触るのも嫌だったから自然と生き物の命を奪うって事はしなくなったな。
「あの子はそういった幼い子供が幼い時期に行う虫や小生物の命を奪って命の大切さを学ぶという経験をする事がなかった。寝ても覚めても勉強勉強で、来る日も来る日も自身の知識の研鑽の為に勉学に励んでいた。だから命というものが何故大切で、どうして奪ってはいけないのかが何も分からない」
「という事は、そのケリー・ハイルという幹部は稀有な才能と頭脳を持ち合わせながら、子供に特有の純粋で残酷な精神を持っているって事か?」
「そういう事。あらゆる生物の命は平等であり、誰が死のうが生きようが関係なく、使える命は実験の為に最大限利用する。そんな子よ。あの子は」
うわぁ……タチが悪いというかなんというか。
要するに人の命を虫ケラと同一にしか見ていないサイコパスじゃないか。
よくそんな異常者が一大手の製薬会社の幹部になんてなれたな。
「だから気をつけて欲しい。万が一あの子に出会うような事があれば下手に近づかずに逃げて。あの子の興味の底の無さは果てが知れなさ過ぎるの。生きてもない死んでもない、ましてや喋れもするあなた達なんか格好の餌食よ。下手をしたら五体をバラバラにされるくらいの覚悟はしておきなさい」
うん。よし。
ヤバい奴だ。
神崎とはまた違った意味でヤバい奴だ。
もし出会うような事があればホント逃げよう。
「わ、分かりました。なるべくそれらしい子供を見かけたら距離をおくようにします」
「ホント、神農製薬の幹部ってまともなのが居ないんだな。とりあえずそれが話したかった事か?」
「えぇ。一応予備知識があるのと無いのじゃ違うからね」
「東達にはその話をするのか?」
「勿論。全員に伝えるつもりよ。ただ、一度で全員に話して伝えるより、2人にはこうやって直接話した方がきちんと理解して貰いやすいと思ってわざわざ別の部屋に移動して来ただけだから」
「そうか。ただまぁ、その必要はないと思うぞ?」
「どういう事?」
「話は聞かせて貰った!」
バン!という効果音が付きそうな勢いで東が部屋のドアを開けて、その後ろから花木も一緒にヒョコっと出てきた。
「?」
美桜はあまり現状が理解出来ていないようだけど、多分それはすぐに分かるだろう。




