水先とやらと話します
さて。水先とやらはあっちの部屋で待ってると言ってたけど、どの部屋の事なんだ?
てっきり真向かいに部屋が1つだけあるのかと思ったら、どうやらここはホテルか何かの建物らしく、一直線の廊下に部屋がずらっと並んでいる。
「……どこだよ」
せめて何番目の部屋とか言ってから出て行ってくれ。
扉に何号室と番号が記されているわけでも無く、特に目印もない。
んー……
「えー……1つ1つ探していかなきゃいけない感じ?」
それは面倒だなぁ。
とかなんとか考えながら数分程立ち尽くしていると、近くの階段から2人の人間が……もとい死還人がやって来ると、階段近くの扉の前で立ち止まり、まるで門番のように立ち塞がった。
うん。あそこだな。
「どうも。中に居る水先って人に呼ばれてるんで通してもらっても良いですか?」
「あぁ、お前が藤堂鈴か。お前も中々大変だったな。なぁ?」
「全くね。私達は水先さんに拾われて集団で行動してたから切迫した危険は殆ど無かったけど、あなた達は違うものね」
「しかも聞いた話によるとなんか死還人とも人間とも違う全く異形の化け物達と死闘を繰り広げたんだってな。すげーぜ!」
おぉ。なんか思ったより好印象だな。
てっきりなんか余所者が俺たちのグループに軽々しく入ってくんじゃねぇよ!秩序が乱れる!
みたいな感じで疎まれると思ったのに。
「ね。頼もしいわよね。私達もここに来るまで何度か武装した人間達と戦って来たけど、所詮は人間。私達の敵じゃ無かったし。これから未知の存在と戦おうって時に頼もしい味方が増えてくれて嬉しいわ」
お、おう。
ここまで期待されるとなんか逆にやりずらくなりそうだな。
僕達評価され過ぎだろ。
「まぁこれから仲良くしてくれや。俺は東銀河だ」
「私は花木海里。よろしくね」
「改めまして、僕は藤堂鈴です。よろしく」
この2人は間違いなく死還人なのに、まるで普通の人間のように会話が出来る。
今まで見てきた死還人の多くはどこか狂っていたのに、この2人にはその片鱗すら見られない。
まだまだ僕や錬治、拓哉のような珍しい死還人が数多く居るという事なのだろう。
……いよいよ死還人の地位、捨て難くなってきたな。
ほぼ人間と変わらず、かつ人間より丈夫で強く死ににくい体って、それはもう既に人間の上位互換じゃないか!
それに僕の今後は如何にして自堕落な生活を勝ち得るかにかかっているが、1人じゃ成し得ない事も多々出てくる筈。
そんな時に僕と同じような死還人に協力を仰ぐ事が出来るのならこんなに頼もしい事は無い。
よし!なんか色々やる気出てきたぞ!
「それじゃ水先さんはこの部屋で待機してるからゆっくり話をしてきてくれ。邪魔者は誰一人として俺達が立ち入れないからよ!」
「私達これでも結構強い方だから安心してね。さっきまでここを守ってた人達よりは強い自信があるわ」
頼もしい事だな。
ここがどれだけ危険な地域かは知らないけど、万が一という事もあるからそう言ってくれると安心して中に入る事が出来る。
「ありがとう。それじゃちょっと話して来るよ」
そうして僕は2人に見守られながら部屋の中に入った。
中に入るとシンプルなベッドと机があって、浴室から何かに通じる扉がいくつかあるだけ。
さっきまで僕達が居た部屋とあまり大差は無いように見える。
そしてそんな部屋の奥に水先とやらは居た。
「やぁ。随分と早かったね。もういいのかい?瀕死の重傷から目覚めた奇跡の再会だろうに」
「美桜はああ見えて強い女性だから大丈夫。とても心配をかけてしまったけど、あれぐらいの事じゃ心が折れるような人じゃないから。すぐに立ち直ってくれる」
「ふふ。彼女の事を心から信頼していないと出てこない言葉だ。君と彼女の間には、他人には分からない絆が生まれているんだろうね」
美桜との間に絆が生まれているのかは分からないけど、あんな風に僕達の事を思ってくれている人を信頼しない方がおかしい。
例え僕が生きていたとしても、美桜と出会っていれば同じように思っていただろう。
「まぁでもそれは今は関係のない事。半死還人と死還人の間に信頼関係が生まれるのは大変喜ばしい事だが、その事について私は話したい訳じゃないんだ」
すっと水先の目が真剣になる。
「改めて初めまして。藤堂鈴君。私は水先海人。知っての通り私も死還人で、数多くの死還人を束ねて神農製薬に復讐を目論む者だ」
僕も何か自己紹介をした方がいいのか?
「まずはお礼を。僕を救ってくれてありがとうございました。そして初めまして。僕は藤堂鈴。死還人という半不死の身体を使って半永久的に自堕落な生活を実現させる事を目論むゾンニートです」
「ゾンニート、か。彼女から君の話は聞いていたけど本当に君の原動力は怒りや復讐なんかでは無く、自堕落な生活を望む事なんだな」
「復讐なんてとんでもない。こんな世界になったからこそ、僕は何もせず何も考えずに楽に過ごす事が出来る。死還人になったからこそ、病気や老衰を恐れずに過ごす事が出来る。僕はこの世界を感謝こそすれ、恨みはしない」
死還人故に、家族や友人が居なくなった事を悲しまない。
死還人故に、まだ続いたかも知れない人間としての人生に憧れない。
案外死還人が感情を失うのは、死して尚生者の世界に未練を残さないように自発的に精神に歯止めを効かせたからかも知れないな。
僕が特殊なだけかも知れないけど。
「君は……なんというか随分と平和的な死還人のようだ。その調子だと人間を喰べた事も少ないんじゃないか?」
ご明察。
人間なんて食べれません。
というか絶対に食べない。
「勿論。人間なんてただの一度も食べた事なんてないし、自分から進んで喰べようとも思わない」
「だがそれだと死還人の本能が疼いて疼いて仕方が無いんじゃないか?人を襲いたい、喰べたいって気持ちは死還人の根源的な欲求だ。それを一切行っていないというのはにわかには信じ難いな」
「そう言われてもな。確かに僕も生きた人間と間近で接近すると本能的に疼いてしまう事はある。けど、そんな事は絶対にしたくないから我慢する。だから別に全然何とも無い」
何せすぐ隣で生きた人間と一緒にゲームをした事があるくらいだからな。
そんな距離まで接近しても大丈夫なんだ。
今更そんな本能が疼いて仕方が無いなんて事は有り得ない。
「君は少し……特殊なのかも知れないな。死還人は定期的な食事が必要無い代わりに人間を喰べなければ活動が困難になる。詳しい理由は私は知らないが、恐らく私達を動かしているウィルスに何らかの原因があるのだろう」
美桜もそんな事を言ってたような言ってなかったような。
「確かに死還人の根源的欲求である食人衝動を理性と感情で抑える事が出来る人が居ない訳ではない。私もその1人だ。だが君のようにほぼ無感情で抑え切る事が出来ているのは、少なくとも私がこれまで出会った死還人の中には居なかった」
そう言えば初めて出会った時も美桜もそんな事言ってたな。
実際僕以外に意思疎通がまともに出来る死還人や生きた人間を目前にして襲わない死還人があの近くには居なかったのもあるのだろうけど。
「……君を」
「ん?」
「あくまで君を特殊な死還人として仮定して聞いてみるのだが……今回君が死の淵から帰ってくる時に何か声を聞かなかったか?」
「声?例えば?」
「頭の中に直接響くような、あなたを待っている人が居るから早く帰るんだ!とか言ってくるような感じだ」
んー……
目覚める直前に美桜と水先が口論しているような会話は聞き取れたけど、そんなハッキリとした声は聞いた覚えが無いな。
「ちょっと記憶に無いかな。あんたと美桜が口論しているような会話は朧げに聞き取った覚えはあるけどそんなハッキリとした声は覚えが無い」
「そうか……。いや、別にそれならいいんだ。私が少し確認したかっただけだから」
そう言うと水先はそのまま考えこむように椅子に座って俯いてしまった。
何なんだろう?声?
んー……
「あっ!」
「何か思い出したのか?」
「いや……」
そうだ。言われて思い出した。
水先の言う通り、あなたの帰りを待つ大切な人が居るから早く帰りなさいとか言っているような声を聞いた覚えがある。
でもあれは夢だったんじゃないか?
目が醒めると完全に忘れていたし、今まで気にも留めていなかったし。
「どんな些細な事でもいい。何か思い出したんなら教えてくれ」
これは、話した方がいいのか?
でも話すと面倒な事になりそうな気がするんだよな。
ただ後から実は知ってましたって言うと更に面倒な事になりそうだし……
あれ?これ詰んだんじゃない?
どっちにしろ面倒毎に巻き込まれる気がする。
うわーマジかぁ。




