あの日にあった事です
「……なるほど」
美桜から話を聞いていてやっと思い出してきたぞ。
久野が僕達に襲いかかり、それを撃退する為に僕達三人で応戦した事。
三人がかりでやっとまともに迎え撃つ事が出来たけど、後一歩の所で僕は久野の触手で背中を貫かれ続けた事。
そして僕はそのまま意識を失ってしまった事。
そこら辺の記憶がどうやら飛んでしまっていたらしい。
美桜曰く、ただでさえ死還人という不安定な存在だと言うのに、そこから更に生身の人間なら致命傷でもおかしく無いレベルの攻撃を受けて心身共にボロボロになってしまった反動の為だと言う。
まぁ確かに痛みこそ感じなかったものの、ずっと背中に凄い先の尖った槍でグサグサと刺されるような衝撃を感じていたのは覚えている。
……あれが痛みを伴う攻撃だったらと想像すると何とも言えない気分になるな。
いや、ホント死還人で良かったよ。僕。
「本っっっっっっっ当に心配したんだからね!あの時はあれが最善の策だったのは理解してる。けど!いくら死還人だからって自分の身を犠牲にする戦法はもう取らないで!死還人が活動を停止するとほぼ間違い無く活動を再開する事は無い筈なんだから!」
そして今僕はかれこれ小一時間程美桜に説教を食らっている。
さっきまでのしおらしさはどこに行ったのやら。
錬治はそっぽを向いて「俺には関係ないから好きにやってくれ」と言わんばかりの態度でずっと傍観を決め込んでいるし。
僕に味方は居ない。
「ちょっと!聞いているの!?」
「聞いてる聞いてるって」
まぁでも、確かに死還人だから多少無茶しても大丈夫だろうという驕りがあったのは間違いない。
痛みを伴わず、生きた人間なら致命傷の攻撃でもそうは死なないと言う考えを前提にあの時戦っていたのも事実。
その結果、久野を撃退する事は出来たものの、僕は生死を彷徨うハメになってしまった。
挙句美桜に凄い心配までかけてしまって。
そう考えると今は美桜の言葉を素直に受け止めるのが筋なんだろう。
聞いた話によると僕の体内にあった死還人ウィルスはあの時の怪我で少なからず漏れ出てしまったようだし。
このウィルスが体内から完全に無くなってしまうと僕は……死還人は文字通りその時初めて死を迎える事になる。
無茶をすると怪我の程度如何によらず、体が傷つく度に寿命を減らしていってしまう事になる。
それだけは御免だ。
この身体あってこそのゾンニートライフを満喫出来るのだから。
もし、次に誰かと戦う時が来ても最小限のダメージで済むようしっかりと美桜の話を聞いておかないとな。
「まぁでもありがとな。お陰で僕は死なずに済んだよ。僕を助ける為に色々と手を尽くしてくれたんだろ?」
「当たり前じゃない!出来る事は全部やった!水先に会ってからは……さっきの男に会ってからは彼の部下に医療の知識を持った人が居るみたいだったからその人達にも鈴の修復を任せたの。彼にも後でお礼を言っておいて。現状の設備だけじゃ私では最低限の修復しか出来なかったんだから」
美桜は元々研究者。
人体を相手に道具を使って治療をする職種の人間では無い。
たまたま仕事柄ある程度の事は出来たのだろうけど、人体の事は人体の事を限りなく知っている外科医に任せるのがより確実だったんだろうな。
僕の修復をしてくれたその人も後でお礼を言っとかないとね。
「錬治もありがとうな。動けない僕を背負って守ってくれて」
「いやいや。俺にはそれぐらいしか出来ないし鈴を置いて行く理由も無かったからな。いつか俺が似たような事になった時に助けてくれればいいさ」
「そっか。ありがとう」
錬治が居なければ僕がここまで来る事は無かっただろう。
美桜一人でも僕を運ぶ事は出来ると思うけど、久野や神崎みたいな敵が現れた時にどうしても僕がお荷物になるのは確実。
その美桜も守るようにして動いてくれていたみたいだし、錬治にも深く感謝しないと。
ありがとう錬治。
この恩は必ずどこかで返すからな。
「取り敢えず私達から話せるのはこれくらいよ。後の事はあっちの部屋に居る彼に聞いてみるといいわ。私達から説明を聞くより彼から聞いた方が理解しやすいと思うし。一応は信頼出来る筈だからあまり深く考え過ぎないように話を聞いてみて」
美桜と同じく神農製薬に恨みを持つ死還人とそれに集う多くの死還人達か。
神崎との戦いで新しく発見した死還人の特徴にもあったな。
『怒り狂っていたら群れでいる場合、それを統率するリーダーが現れる』
今でこそ怒り狂ってはいないように見えるが、神農製薬がこの惨劇を引き起こした原因だと分かった時には強い怒りが身を支配していたんだろう。
水先だけじゃなく、その周りにいて事実を知ってしまった死還人達も。
それが必然的に死還人が群れる為に必要なリーダーを選出し、個々では無く集団で動く要因となった。
神農製薬に復讐をする。
その一点だけに心を燃やして。
はー……
僕が眠っている間になんだかまた面倒な事になりそうなフラグが立ってるなぁ。
まぁ、でも彼らの目的が神農製薬に復讐する事だと言うなら美桜の目的とも一致する。
それはつまり僕が完全なゾンニートになる日が近くなるという事だ。
彼らの言う神農製薬がどの範囲を表しているのかは分からないが、どのみち神崎のような幹部と戦う事を想定しているのだろう。
するとどこかで必ず僕の体をより完璧に手術出来る設備も見つかる筈。
彼らと手を組む事は僕にとっても利益が出る話。
だから早々僕の方からお前達とは手は組まない!
と、拒絶する事は無い。
何より今まで三人だった戦力が一気に増強されるのだ。それも統率の取れたリーダーの居る戦力が。
葉崎のように武装した自衛隊が……あらゆる軍隊が日本中に配備されているのも間違いない。
敵は神農製薬だけじゃない。軍隊だって僕達の敵。極端な話一般人でさえも。
いずれかと戦わなければいけなくなった時に、戦える人は多ければ多いほど良い。少なくて困る事なんて絶対にない。
だからこれはもうきっと首を縦に振る以外僕に選択肢は無い筈。
美桜がそんな僕の考えを見越して釘を刺しておいたのかは分からないけど、大丈夫大丈夫。
僕は普通に話を聞いて適当に受け答えするだけだから。
僕の為にも、美桜達の為にもね。




