抱える思いと罪への葛藤
「……ガーウ(……美桜さん)」
「……やれるだけのことはやったわ。後は鈴次第よ」
鈴の損傷は思った以上に激しい。最初に久野に吹き飛ばされた時の衝撃で、その時についたと思われる裂傷が背面には数多くあった。死還人なら勿論痛みは無いし、裂傷程度なら何の問題も無く動くことが出来る。でも、その後に鈴は触手で心臓を一突きされ、その後に複数回触手で貫かれている。この二つがまずかった。
死還人が死還人足り得る為に必要なウィルスを体内で循環させるのには、血液同様心臓がそのポンプの役割を持つ。これを破壊されたことにより体内のウィルスは循環を停止し、あらゆる傷口からウィルスが漏れ出てしまう。多分、この時点で体内のウィルスを失い過ぎて殆ど意識を保っていられ無かった筈。
実際、全ての傷をふさいだのにも関わらず未だに目を覚まさないのがその証拠。若干の反応があることから完全に壊れてしまったわけでは無いと思うけど…こうなってしまった以上、やっぱり鈴の意識を覚ますには新たにウィルスを注入するしかない。
「ガーウガー(それで美桜さん、これからどうしますか?鈴はともかく、この女のこともありますし)」
「クソ!放せ!外道どもがぁぁぁぁぁ!!!あぁ!んん!なぁぁぁぁぁ!!!」
「……元気なことね。触手を失って弱っているでしょうに。ま、いいわ。錬治、その女と鈴を担いで移動出来るかしら?」
「ガーウ(それは勿論大丈夫ですが…?)」
「そ。なら私について来て」
「ガー(……?分かりました)」
☆★☆★☆
「ガー?(ここは…病院、ですか?でも見たところかなり荒らされているようですし、薬品類は殆ど無いんじゃありませんか?)」
「薬品とかは別にいいのよ。それを目的に来たわけじゃないしね」
「……はっ!?ならまさか私をここで拷問する気!?拷問なんかで私は口を割らないわよ!」
「あら。その発想は無かったわね。ついでにやってしまおうかしら?」
「やるならやってみろ!私は絶対に口を割らないわ!」
強情なことね。ま、今は別にいいや。手術室はどこかしらっと。病室…ナースセンター…診察室…第2手術室、あった。ここでやりましょう。
「錬治、その女はそこら辺に捨て置いてそこの台に仰向けになって寝てくれるかしら?」
「あふっ…!この…!」
「ガーガ?(ここは手術室ですよね?一体何をするつもりで?)」
「あなたも身体に傷を負っているからちゃんと治すのよ。ついでにその潰れた声帯も治してちゃんと喋れるようにするわ」
「ガー!?(喋れるようになるんですか!?)」
「じゃなきゃこんなこと言わないわ。さ。さっさとやってしまうわよ。鈴もちゃんとした手当てをしておきたいし」
「ウガ!(分かりました!)」
錬治もそろそろ普通に喋れるようにしておいた方がいいでしょう。久野のように死還人に対して、私達神農製薬に対して憎悪を抱いている人は少なくない筈。私の目的を果たす為にも、錬治をなるべく人間に似せて少しでも身に降りかかる火の粉を避けた方がいい。鈴が動けない今、私にとって錬治だけが頼りなのだから……
「ただ……」
「ガー?(ただ?)」
「以前も鈴に同じ手術を施したのだけど、死還人ってほら、痛覚は無いけど触覚は生きてるらしいじゃない?そのせいか知らないけど手術の感覚がダイレクトに伝わって凄い悶えていたのよ」
「……ガ?(……え?)」
「麻酔も使えないし、とにかく暴れるから最終的には高速具を使って無理矢理手術を行ったわ」
「ガガ?(え?え?)」
「だから……」
「ガウガ?(あの、美桜さん?さっきからしれっと俺の体を拘束しているのはもしかして……)」
「三時間ほど我慢してね。声だけじゃなくて他に修復が必要な所も直すから」
「ウガウ!?(ちょっ待っ覚悟がまだ出来ていなっ!?)」
下手に抵抗して手術が困難になる前にやっちゃいましょう。流石に体を捌かれたら抵抗する気も失せるでしょう。悪いけど、ちょっと頑張ってね。錬治。
「ガアウ~~~……!!?(このっ……感っ触くっ……!?美桜さん、!ちょっと止めっ!?)」
「ごめんなさいね。あなたの為でもあるから。我慢してて。なるべく早く終わらせるよう頑張るわ。……失敗して長引いたらごめんなさい」
「ウガ!?(そんな!?美桜さん!せめて心の準…………?)」
「駄目」
「ガーーーー!!!(アーーーー!!!)」
☆★☆★☆
「……死ぬかと思いましたよ」
「もう死んでるわ。それに死還人のくせに気絶するってどういうことなの?」
「それに関しては触れないで頂けると……」
死還人が気絶ねぇ…?なんとなく普通じゃあり得ないことのような気がするんだけど、気にするだけ無駄なのかしらね。
「ま、辛い思いをした分得た物も大きいんだからよしとしなさい」
「それはまぁ、確かにそうなんですが。普通に喋ることが出来るというのが如何に幸せなことか今凄く噛み締めています」
「精々私の有能さに感謝することね。あ、そうそう。錬治にも鈴と同じように何か武器を着けてあげようと思ったのだけど必要な薬品が不足しているからまた次の機会にするわね」
「あ、俺にも何か着けて下さるんですか?ありがとうございます」
「いいのよ。私も少しでも身の回りの戦力は強化しておきたいしね」
錬治にはどんな武器を着けようかしら?鈴が近接用の武器だから射程の長い遠距離攻撃に長けたのものを着けたいわね。
「それで、鈴はこれからどうするつもりなんですか?」
「あなたが気絶している間に平行して鈴の方も処置を施したわ。だから当面は大丈夫。でも、傷から流れてしまったウィルスが多いようで目は覚まさないのよ」
「…どうするんですか?」
「本社に行ってウィルスを回収するわ。もし無ければ一から作り直す。資料と機材と薬品さえあればそう難しいものじゃないからね」
「分かりました。あと、こいつはどうするんですか?」
「数時間も私を放置しやがって!ふざけんな!」
あぁ。そう言えば居たわね。すっかり忘れてたわ。でも、数時間も放置されて大人しくしているあなたもあなたよね。少しは逃げる努力をするつもりは無かったのかしら?まぁ余計な手間をかけるよりかはいいんだけど。
「そうね……ねぇ、1つ聞きたいんだけどあなたは私が何をしたとしても口を割るつもりはないのよね?」
「はぁ?だからずっとそう言ってんじゃない。ほんっと馬鹿ね」
「喋らなきゃあなたを殺すとしても?」
「大恩あるあの人を裏切るぐらいなら死んだ方がマシよ。いいわ。あんた達クソ共に復讐出来ないのは残念だけど、私を開放する気が無いのなら殺しなさい。子供だからといって舐めないで。それぐらいの覚悟は出来ている」
大恩あるあの人を裏切るくらいなら死んだ方がマシ、ね。
後天的に着けられた触手…生体兵器。本当はこれだけでも誰が久野に触手を着けたのかは検討がついていた。ただ確信が持てなかっただけ。この子の言う「あの人」とはきっとあいつのこと。
「そう。なら私と取引しないかしら?」
「取引?」
「あなたの拘束を解いて逃がしてあげる代わりに、あなた自身のことを1つだけ聞かせて。誰があなたに触手を着けたの?なんて感じのことは聞かないから」
「嘘。信じるわけないじゃない。仮に私を逃がしたとしてもその直後に後ろから撃ってくるかもしれない。そのつもりなんでしょ?聞きたいことだけ聞き出してさ」
この子は一体世界が破滅してからどれだけ辛い目にあってきたのかしら……この子はもう簡単には人を信用しないようにしている。もしかしたら、この子が特に酷い目にあってきただけなのかもしれないけど、それでもこんな子供の心をここまで荒ませてしまうような世界にしたのは紛れもなく私達神納製薬。こんな人はこの子だけじゃなく日本全国に数え切れない程いる筈。そんな人達に…私はどうやって罪を償えばいいのだろうか……
「お願い。私を信じて。あなたを騙すようなことを絶対にしないから」
「何を企んでいるの!?私にそんな甘い言葉で囁かないで!私がどれだけ裏切られてきたと思ってるの!?どれだけ辛い日々を送ってきたと思ってるの!?この数ヶ月、真に信頼出来る人なんて一人も居なかった!あの葉崎でさえ私の前から消え失せた!唯一信頼出来た触手ももう無い!」
世界がこんな風にならなければ、きっとこの子は幸せな日常を送れていた筈。こんなに荒んでしまうことも無かった筈。この子にはもう何を言っても無駄なのでしょうね……私が自分の復讐に必死で、周りのことを見ていなかったように。少し、考えを改める必要があるかもしれない。
「殺すなら殺せ!お前達の好きにすればいい!何がどうなってももう!未練なんて無いんだから!」
「美桜さん……」
「いいの。好きにさせてあげるの。この子が何をしようと、必ず私がどうにかするから」
暴れている久野を縛っていた縄をほどき、自由に動けるようにしてやる。
私のした事が理解出来ないようで、久野は途方に暮れたような顔で私と向き合う。
「何、で……?」
「好きにしなさい。私が悪かった。私達が悪かった。あなたから何も聞き出そうとはしないから、あなたが 思うように行動しなさい」
「……馬鹿、じゃないの?この世界において、目の前の敵を自由にするということは、死と同義なのよ……?」
「もし、私がここで死ぬのなら、それはきっとそういう運命だったってこと。言ったでしょう?この世界を滅茶苦茶にしたのは私達神農製薬。ロクな死に方が出来るとは思っていないわ」
私はあまりにも罪深い。止められる惨劇が目の前にありながらも、みすみすそれを逃してしまった。私は赦されるべき人間ではない。勿論お祖父様の研究を踏みにじった連中に復讐をしたいのも事実。でも、何時死んでもいいと言うのも事実なんだから。
「ならお前はここで死ぬべきだっ……!」
「美桜さん!!!離れて下さい!早く!」
「……そう。あなた、とても優れた演技力を持っているのね。将来は素晴らしい女優になれたでしょうに。ごめんなさい」
触手は見えている四本だけかと思っていた。これは勝手にそう思い込んでいた私の落ち度ね。まさか、五本目が新たに背中から生えてくるなんて、考えもしていなかったわ。
「この触手は予備の触手。性能はさっきまであったものと全く同じ。ただ、体内から外に出すのにとても時間がかかるの。あなたが暫く私を放置してくれたおかげで、無駄口を叩いていてくれたおかげで無事に最後の触手を取り出すことができた」
それで逃げるそぶりを見せる訳でもなく、その場に止まっていたのね。下手に動いてその存在を知られる訳にはいかないから。もしかすると、縛られている間ずっと叫んでいたのは自分は逃げる事が出来ないと意識づける為のものだったのかしら?
どちらにしても、大したものね。
「もし、あなたが本当に罪の意識を感じているのなら、私を抱き締めて。心臓を一撃、苦しまずに殺してやるから」
「あなたがそう願うのなら」
「勝手なことをっ、くはっ!!?」
「邪魔しないで。私はこいつと話をしているの」
襲いかかった錬治をいとも容易く跳ね除ける、か。基本性能はただの死還人よりもこの子の方が高いのね。複数体が相手ならいざ知れず、単体なら引けは取らないみたい。
「久野さん。これでいいかしら?」
「……!!!」
抱き締めたこの子の体温は酷く冷たく、触れるだけで悲しくなってしまう。触手を備えた弊害か、この世界を生き抜いてきた為によるものなのか。どちらにしても、私達がしてしまったことがやりきれなくなる。
「目を、瞑って」
「ええ」
ごめんなさいお祖父様。ごめんなさい鈴。ごめんなさい錬治。復讐だけを糧にやってきたつもりだったけど、いざ私達の被害者と接してみて事の重大さを改めて感じてしまった。もう、どうすればいいのか分からない。心が揺らいでしまってしょうがない。
「…さようなら」
さようなら。
その言葉を聞いた直後、私の首すじに暖かい何かが落ちた気がした。




