流れが変わりそうです。
「これは……?」
どちらの言っていることが正しいんだ?
久野と葉崎の主張も、この男の言う主張も決して非現実的なものではない。
一見すれば背中から触手が生えてそれを突き刺されて死還人になったなど、荒唐無稽な話でしか無いが僕は神崎に改造された人間の成れの果てを見ている。
もしも神崎のように狂った神農製薬の社員が何らかの技術を使って人体実験をしているのなら有り得ない話では無い。
久野が僕のように誰かに手術を施され、普通の人間として振る舞える死還人であり、触手が生えるような改造をされたのであれば背中の穴と銃弾以外に外傷が無いのにも関わらず死還人になったという話にも納得出来る。
勿論だからと言って葉崎らの主張を否定するわけでもない。
僕達が神崎を追い詰めた時に現れた死還人の集団のように、一人のリーダーが他の死還人をまとめて殺人・人食衝動を抑制して統率させている例がある。
あれを思い返してみればあながち普通の人間のふりをしてゆっくりと人を襲うということも有り得ない話では無いのかも知れない。
僕自身、死還人についてはまだ知らないことが多い。
それによく考えてみれば背中にある穴に死還人が指を入れて引っ掻いてしまえば恐らく死還人になってしまう可能性もある。
……こう考えてみるとまだどちらの話が信用出来るかは判断が出来ないな。
決定的な証拠が無い以上、不用意に流されるのはまずい。
後者の話はともかく、前者の話が本当であるのならかなりの数の人間が犠牲になりかねないし。
……って、何故僕は生きている人の心配なんかしているんだ。
どうでもいいことじゃないか。
「ガウガー(話は分かりました。でも、あなたの話を全て信じることは出来ません)」
「ガ?(何故だ?)」
「ガガ(あなたの話も葉崎達の話も現状どちらも現実に起こりうる話だからです)」
「ガウガ!(それは!あいつが他の人間を騙す為についた嘘だからだ!現実に起こりえて当たり前だろう!)」
「ガー(えぇ。そうですね。当たり前のことです)」
「ガーガ!(なら俺の話を信じてくれても!)」
「ウガーウ(では逆に聞きます。僕があなたの話を信じたとして、どうするつもりですか?)」
「ガウガガ(それは……あいつらに、復讐をしてもらう手伝いを)」
「ウガ(こんな場所で縮こまってビクビクしていたのに?)」
「ガ……(それは……)」
「ウガウ(それに、あなたは今僕に復讐の手伝いをと言いましたがそれに対する僕のメリットは?彼女らに復讐することで僕が得をすることがあるのですか?銃を持った男と背中から触手を生やした女に復讐?そんな危険なこと、何故僕がしなければならないんですか?デメリットしか無いじゃないですか)」
そう。
僕にはあの二人を襲う理由もメリットも何も無い。
二人のことは少しだけとは言え知っているし、面識がある以上容易に近づいて攻撃することは可能だろう。
が、当然そんなことをすれば葉崎が間違いなく僕のことを撃つ。
如何に美桜と言えど、完全にこの体を破壊されてしまえば打つ手は無い筈だ。
そうなると困るのは僕の方だ。
折角ゾンニートライフを完全なものにする為にしぶしぶ働いているのにそれをふいにしてしまうことわざわざすることは無い。
だから僕はこの男の話を信じる必要も復讐の手伝いをしてやることもない。
一応はこの男の話を頭の片隅にでも入れておいてやるけども。
「ウーガ(まぁそんなわけで僕はあなたの話を信じた所で何か変わるわけでも無いですし、復讐なんて危険しかない馬鹿な手伝いなんてもっての他ですからやるなら一人で勝手にやって自滅してください)」
「ガウ……(そんな……)」
ま、当然だな。
なんで僕がそんなことをしなくちゃいけないんだっての。
こうしている間にも僕の体内のウィルスは少しずつ減っていっているのだろうから余計な時間を使う余裕は無い。
「そんなつれないことを言わなくてもいいんじゃない?私はこの男の話、信じてみる価値はあると思うわよ?」
「……は?」
「ウガウ?(なんだ?この女は?)」
「いやいや待て待て待て。どういうことだ?こんな奴の話を信じた所で時間の無駄になるだけだろう?」
「本当にそうかしら?ねぇ、あなた。あなたの知っている話をもっと詳しく聞かせてくれないかしら?もし、あなたの話に信憑性を得られればあなたの復讐、手伝って上げないこともないわよ?」
「ガウ……?(どういうつもりだ……?)」
「どういうつもりも何も、私の予想が正しければあなたの復讐を手伝うことは私の目的に近づく為のきっかけになる筈。それじゃ理由としては弱いかしら?」
それは久野が神農製薬の幹部に関する何かの可能性だということか?
ん~……
もしそうならしょうがないけれど、出来るなら危ない橋は渡りたくないな。
「ガガウガ?(弱くはないが……お前は何なんだ?人間なのか?ゾンビなのか?俺の言葉をちゃんと理解して会話が成立しているなんて、普通考えられ無いぞ?)」
「人間でもあり死還人でもある丁度中間の存在よ。詳しい話は省くけど、私も不慮の出来事によって人間では無くなった者の一人なの」
「ガーウ(じゃあもしかしてそっちの男もか?あんたが来たとたん普通に喋り始めたが)」
「いいえ。彼は既に殺されて還人になっているから私とは違うわ。あなたと全く同じ存在よ。普通に喋れることについてはまぁ触れないでおいて。面倒だから」
あぁ。
言われてみれば普通に喋っていたな。
全く気にしていなかった。
「ウガウ(そう、か。だがお前達が本当に人間では無い証拠はあるのか?利用するだけしといて後ろから……なんてごめんだぞ)」
「えぇ勿論証拠はあるわ。あなたが私達に襲ってこないことが証拠よ。死還人は基本生きている人間を見つけると誰彼構わず襲う習性があるの。例外もあるのだけど、基本はそう。だから私達に襲ってこないあなた自身が私達は人間では無いと証明してくれる証拠よ」
「ウーガ(そういうものなのか?)」
「そういうものなのよ」
「ウー(信、じるぞ?)」
「えぇ。信じて」
「ガーガ(……ならまずは何が聞きたい?さっきの口ぶりだと、俺がこの男と話していた内容は大体聞こえていたんだろう?)」
「そうね。あらかた把握したからその触手について詳しく教えてもらえるかしら?」
「ガ(分かった)」
やれやれ、っと。
これはまた久野らと一悶着ある流れになりそうだな。
面倒なことには違いないが……まぁしょうがないか。
とりあえず僕も触手についての話は覚えておくことにしよう。
まだ半信半疑ではあるが、あれでも本当のことなら実際に対峙した時に何か対処出来るかもしれないからな。




