隠し部屋の中です。
さて。
先程二人と出会ったあのビルに戻ってきたのはいいのだが……
気のせいだろうか?
さっきからどうも周囲から妙な視線と気配を感じて仕方が無い。
誰かが居るのは分かっている。
人間か、死還人か。
どちらかは分からないけれど、建物の影や窓からチラチラと覗いているのが分かる。
何故表に出てこないのだろうか?
僕達の見た目が人間である以上余程の理由が無い限り一般人が僕達を警戒して出てこない理由が無い。
死還人にしても、襲われる心配も何も無いのだから隠れる必要が無い。
にも関わらず影でこそこそとまるで何かに怯えるように僕達の事を見ている者達は表に出てくる気配は無い。
「なぁ美桜」
「言われなくても分かっているわ。誰かに監視……いや、ただ見られているだけなのかしら?かなりの数がここに集まっているわね。遠目から視姦されるなんて気持ち悪いったら無いわ」
視姦、ねぇ。
そんなに軽い話でも無さそうだが。
「ま、気にしてもしょうがないわ。こうして出てこない以上、別に私達には害が無いわけだし、わざわざ相手にしてやる程暇じゃ無いわ。さっさと調べて退散しましょう」
「そうだな」
美桜の言う通り、ここは気にせず目的を果すことだけを考えた方がいいだろう。
僕達はビルの中へと入り、あの惨状が広がっている部屋へと向かった。
「こうして改めてみるとまぁ無惨にやられているわね」
そうして部屋に向かった僕達の目に飛び込んで来るのは部屋一面に広がる死還人の遺骸。
主に頭を撃ち抜かれている者が殆どで、やはり数十名分の遺骸が横たわっている。
嗅覚が失われているのが幸いしたな。
脳漿をぶちまけ、流れ出た血が池を作っているこの部屋の臭いはさぞかし酷いものだろう。
半死還人にも嗅覚は存在しないのだろうか?
見た感じ堪えているように見えないが―――
「それに、しても……ゴホッゴホッ!この部屋の臭い、酷すぎゴホッゴホゴホ!ごめん鈴、ちょっと外の空気吸ってくるわ……」
あ、やっぱり駄目なのか。
無理して強がらなくてもいいのに。
最初に来たときは焦っていたから気づかなかったのかな?
てか仮にも死還人一歩手前の存在が死臭が駄目ってどうなのよ。
そこら辺結構ぐちゃぐちゃしてるよなぁ。
違いが曖昧だわ。
「了解。それなら簡単に僕の方でも調べておくよ」
「任せたわ……」
まぁ別に僕には関係無いからいいのだけれども。
それじゃまずは背中に空いている穴から見てみましょうか。
僕は近くに転がっていた遺骸のシャツをめくり、背中を見てみる。
そこには確かに穴のような傷が空いていた。直径は大体3㎝ぐらいだろうか?
見た感じ何かに貫かれたような傷だ。
丸い円柱状の何かで貫いたような傷。
辺りを見回してみるもそれらしき武器や道具は無い。
傷に指を突っ込んでみるとそこそこ深く貫かれているらしく、人間の力でこれをやろうと思えばかなりの時間と労力が必要になるだろう。
となるとやはりこれは死還人の仕業なのだろうか?
俊敏で力のある死還人ならこの程度のことなら簡単に出来る筈。
だけど……何の為に?
死還人が人間を殺すのなら、噛みつくなり力任せに殴ったり蹴るなりその方法は多岐に渡る。
けれどもこの傷を見る限りどう考えても何かしらの道具を使っているとしか考えられない。
人間のどの部位を使って攻撃したとしても丸い穴のような傷を作ることは出来ないだろう。
でも仮に道具を使ったて殺したとして――――
「鈴!こっちに来て。葉崎が言っていた部屋らしき場所があったわ」
っと、美桜はもう回復して探索を再開していたのか。
とりあえず傷に関しては後回しだな。
何か引っ掛かる感じではあるが、まぁいいだろう。
美桜の声がする方へ行くと、会議室のような場所に辿り着いた。
そして部屋に入って真正面にある壁の前に美桜は立っていた。
美桜の左横には大きな本棚があり、後ろには人一人が通れるような穴が空いていた。
この穴を本棚で塞いで隠していたのか。
「はいこれ。葉崎が落としていったのかしら?エラく明るいわ」
そう言って美桜が渡してきたのは銀色の少し長めの懐中電灯だ。
スイッチを入れてみると、とても明るい白色の明かりが室内を照らす。
確かにこれは市販のものよりも明るそうだ。
「今は昼間だけど、この先には窓が無いのでしょうね。ここからでも中の様子が暗くて全然分からないわ」
美桜の言う通り、何か明かりが無いとろくに前に進めそうに無いほど暗い。
「ま、それもこれが解決してくれるし行きましょう」
けれどもこの懐中電灯を使えばしっかりと通路を照らしてくれて難なく進むことが出来た。
美桜が持っている懐中電灯も僕が持っている懐中電灯も同じ物らしく、光が強くこういう場所で使うにはうってつけの物だった。
そして1~2分程歩くと狭かった通路が突然開けて広い空間に出た。
ここがそうなのだろう。
「うっ……ここも酷い臭い……」
美桜も臭いで苦しがっているし、何よりもざっと部屋を薙ぐように右から左へ照らすといくつもの人間の首が並べられているのが確認出来た。
僕と美桜は右から順にその首と書かれた日付の部分を見ていく。
一番古い日付の首は一週間程前で、既にかなり腐敗が進んでいた。
が、だからと言ってどうこうなるわけでも無い。
肝心なのは何故こんな所にいくつもの首が並べられているかだ。
身元を調べたいわけでは無いのでどれだけ腐っていても別に構いやしない。
美桜も臭いは駄目でも首そのものは平気らしく、両手で持ち上げてグルグルと観察している。
ここら辺は死還人が色濃く出ているのだろう。
普通の女性ならキャーキャー言ってパニックになりそうなものだけどな。
「それの調査は任せてもいいか?」
「えぇ。何か分かるかは分からないけれどね。鈴はこの部屋に他に何か残ってないか探してみてもらえるかしら?」
「りょーかい」
この部屋はそこそこ広いらしく、少し歩いただけでは反対側の壁には辿り着けない。
元々使わなくなったボイラー室か何かの部屋を改造して作った部屋なのだろう。
天井や壁面を照らして見ると、錆び付いて壊れてしまっているパイプがいくつも残っているのが分かる。
他にそれこそボイラーのような大きな装置や配電盤もあった。
そうしてウロウロと探索をしていると、ふいにどこからかカラン、と物音が聞こえた。
美桜……では無いな。
近くに置いてある懐中電灯のお陰で一心不乱に首を観察している姿が確認出来る。
美桜では無いとすると、ネズミのような小さな動物が居るのか、もしくはただ単に物が落ちて音が鳴っただけなのか。
そう考えれば別に不自然でもなんでも無いのだが、不思議と僕はこの音の正体を暴かないといけないと思い、音が鳴ったであろう場所の付近を懐中電灯で照らして探してみる。
倒れた椅子。
錆び付いたパイプ。
崩れたコンクリート。
薄汚れたノート。中は真っ白。
装置の影に隠れて縮こまっている人間。
「……ん?」
「ガ……!(ひっ……!)」
人間……じゃなくて死還人!?
短髪長身の男が視界に入る。
「ガー!ウガ!(や、止めてくれ!俺は何もしない!何も悪くない!だから殺さないでくれ!)」
僕に気付くと突然取り乱して命乞いをしてくる。
とりあえずパニックになられていても困るのでなだめることにする。
「落ちつ……ガーウアーウガ(落ち着いて下さい。僕は同じ死還人。何もしません)」
「ガガーウ……?(死還人……?)」
「ガウ(そう。死還人。だから安心して下さい)」
何故こんな所に死還人が居るのかは分からないが……大事な死に証人だ。
この怯えよう、何か知っているのかも知れない。
「ガーウガウ(そうか……普通の同族か……良かった。てっきりもう俺の仲間は全員殺られてしまっているのかと。お前のような奴も居たんだな。すまないな。顔を覚えるのが苦手でよ)
「ガウガ?(俺の仲間?このビルに避難していた人間を襲った死還人のことでしょうか?)」
「ガガガウ?(避難していた人間を襲った?)」
「ガウーガ?(えぇそうです。この部屋を出て同じ階にある別の部屋にはここに居た人間を襲った死還人の遺骸が散乱しているんです。それがあなたの仲間ですか?)」
「ガっ……!(っ……!違う!俺達は元々人間だったんだ!お前の言う通り、このビルに避難していた人間だ!お前も知っているだろう!?)」
話が理解出来ないな。
僕がこの人の仲間であったと勘違いをしているようだし、まずはその誤解を解かないとな。
「ガーガー(すいません。僕はあなたの仲間ではありません。外からやってきた部外者です)」
「ガー?(部外者、なのか?ならどうしてこんな所に来たんだ?)」
「ウーガー(葉崎、という自衛隊員をご存じでしょうか?僕達はその人達から話を聞いて―――)」
「ガァァァァァ!?(葉崎、だと!?お前達はあいつらの仲間なのか!?そうなんだな!?)」
「ガ、ウガ!(ち、違います!僕達は久野という女の子が死還人に襲われた時の悲鳴と葉崎が撃った銃声を聞いてこのビルまで来て、その後にこの部屋のことと他の部屋にある死還人の遺骸の背中にある傷を調べに来たんです!」
なんだ!?
どうして急にここまで過剰に反応するんだ!?
あいつらの仲間……?
葉崎と久野の仲間と言うことか?
話が見えてこないな。
「ガウガァァ!?(久野、だと!?……や、た、止めてくれ、助けてくれ、俺は何もしないから、俺は何も悪くないから殺さないでくれ頼む……お願いだ……!)」
僕の発した久野という言葉に男はまた酷く怯え、命乞いを始める。
僕達が……個体にもよるのかも知れないが、僕達が恐怖という感情を抱くのはとても珍しい例だと僕は考えている。
基本的に僕達は死還人になった時点で何かしらの感情を欠落させるが、それと同時に人間の最大の恐怖である「死」からも事実上解放されているので恐怖という感情は欠落しやすいのだ。
なのでこんな世界になってしまってものほほんと過ごせる死還人が殆どで、僕のように遊びを充実させる者も入れば生前の趣味や好きだったことに没頭する。
言ってしまえばやりたい放題だからな。
だから、僕はこの男の死に対する怯えようは異常なものであるように思えて仕方が無い。
ただ単に極端に怖がりな人だったのかもしれないけれど、葉崎と久野の二人の名前に反応してこうなった以上何かしらの理由がそこにある筈だ。
「ガーウアー(大丈夫です。僕はあなたを殺しません。殺すつもりなら既にやっています。そうでしょう?」
「ガ、ガ(ほ、本当だな?信用していいんだな?」
「ガウ(勿論です。だから、教えてくれませんか?このビルで何が起こったのかを。そして、何故あなたがそんなにも怯えているのかを)」
「ガウガウ(あの女は……久野という女は化け物だ。俺を含めた仲間は皆あいつに殺されてしまった)」
男の久野に対する奇妙なカミングアウト。
何を信じて何を疑えばいいのかは分からないが、まずは男の話を聞いてからそれを判断することにしよう。




