中に入ります。
「なんともまぁ……よくも数十分足らずでここまでガッチリ入口を固めたものね」
「この病院には現在87名の人間が居る。うち36名は手術後でかろうじて動ける人か、女子供の負傷者か一般人。それを差し引いても51人の万全に動ける人材が居るんだ。これぐらいは出来てもらわないと私が困る」
いや、そんな次元じゃ無いだろう?
窓は鉄板のようなもので塞がれ、玄関などの入口は机や椅子などの大型の機材をパズルのように組み合わせて強固なバリケードが作られている。
こっそりどれくらいの強度なのかなーって気付かれないように全力で引っ張ってみたけど、ほんの少し揺れたぐらいでビクともしなかった。
僕の全力でこれなら確かに中に居る彼等ゾンビは捨て身で破壊しに行かなければ出ることは敵わないだろう。
可哀想に。
いや、間抜けな陽動に引っ掛かったんだから自業自得か?
まぁべつにどちらでもいいのだけど。
「……でもこれどうやって中に入るつもりなの?見た感じかなり緻密に計算してバリケードを組んでいるのでしょう?強度もそれなりにある筈だし、そう簡単に解くようなことが出来るとは思わないのだけど?」
「それは問題無い。松本君」
「……分かりました」
松本と呼ばれる男が黒衣の男に指示を出されると、バリケードの左下の隅にしゃがみこみ、そこにあった椅子を引っこ抜く。
え!?
そんな簡単に抜けんの!?
「随分と脆い穴があるのね」
「簡単に棟内に出入りが出来るようにする為さ。どこの出入口も同じように左下の隅は簡単に人一人が抜けられるような穴を隠してある」
「へぇ?でもいいのかしら?これが死還人ゾンビに見つけられちゃったらゾロゾロと出てくるわよ?」
「はっはっはっは!美桜君ともあろうものが面白い冗談を言ってくれる」
「どういうこと?」
「死還人に知能は無い。あるのは人間を喰いたいという獣じみた本能だけだ。仮に奴らがこれを見つけたとしても、ここから抜け出ることは出来ないさ。死還人に知能が無いことは証明されている。そうだろう?」
そう言えば美桜も初めに出会った時もそんなことを言っていたな。
でも、実際には僕達には知能はある。
確かに決定的に知能が欠如している僕達も居るが、全部が全部じゃない。
そんなのはほんの少しだ。
僕達は考えることが出来るし記憶することも出来る。
決して人間を喰らうだけが取り柄の獣じゃない。
……こいつらは一体何を基準に死還人の生態……死態?を、証明したんだ?
「死還人に知能が無い、ね。……ふぅ。あなたの言う通りね。私としたことが変なことに憂うれいてしまったわ」
「何、気にすることは無い。こんな世界で常に冷静を保っていろという方が無茶な要求さ。それでは中に入ろうか」
美桜も僕達に知能があることは分かっている筈だが、そのことについては追求しないみたいだな。
何か考えがあるのか?
……まぁ別にどうでもいいか。
「待って。中には複数の死還人が閉じ込められているのよね?そんな所に何の用意も無く入ったらあなたは勿論、私達だって速効で襲われるわよ?しかも彼のような怪我人も居るのよ?」
「大丈夫。何も問題は無い。そうだろう?松本君?」
「……はい」
「あなた正気……?」
厳密に言えば死還人である僕と、半死還人の美桜はそんな心配をする必要は無い。
けれども、この神崎という男は僕が死還人であることも美桜が半死還人だということにも気付いていないようだ。
その上でこんなことを言われれば、僕だってこいつの頭が正気かどうか疑ってしまう。
「勿論正気さ!私は襲われない。松本君も、美桜君も、少年もだ。怪しいと思うのなら私が一番に行こう。着いてきてくれ。案内しよう」
「意味が分からないわ……」
神崎の真意が僕には分からないが、嘘を言っているようには思えない。
とりあえず僕達は神崎の言葉に従うまま、第三外科病棟の中へと入っていった。




